逆行令嬢と転生ヒロイン

未羊

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第十章 乙女ゲーム最終年

第309話 武術大会・決勝戦

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 決勝戦の相手はまさかのシルヴァノだった。下馬評では接戦、どちらが勝ってもおかしくないというものだった。
「はぁはぁ、間に合ったわね」
「チェリシア、商会は?」
「カーマイル様に見て来いって言われたので、お言葉に甘えて任せて来てしまったわ」
「……お兄様がいいって言うのなら仕方ないわね」
 チェリシアが駆け付けた事で、武術大会の会場に役者が勢ぞろいした。
 会場は決勝戦を迎えて、盛り上がりは最高潮を迎えていた。そして、ついに司会による前口上が始まった。
「さぁ今年のサンフレア学園武術大会も、残すところ決勝戦だけでございます」
 この言葉だけで歓声が飛び交う。どれだけの期待が寄せられているのかが分かる。
「さぁ、両者の準備は整いましたでしょうか?」
 武台の上に視線が注がれる。
「やぁ、ペシエラ嬢」
「あら、殿下。何でございましょうか」
 シルヴァノが語り掛ければ、ペシエラは返事をする。
「婚約者だからといって手加減はしないですよ」
「それは私とて同じですわ。未来の伴侶となれば、お互いの実力をその身で知っておくのも、悪くはないと思いますわよ」
 この会話で両者が構えを取る。その動作を見た観客たちは、世紀の一戦を今か今かと更なる盛り上がりを見せる。
「始め!」
 審判の声が響くと、ペシエラもシルヴァノも同時に動いた。
 カキーンと剣がぶつかる音が響き渡る。今回も正々堂々と真正面からぶつかり合った。一種の礼儀のようなものでもあるし、相手の出方を窺う探りの手でもあった。
「初めて受けたけど、なるほど、オフライトもペイルも手放しで褒めるわけだ」
「あら、殿下にまで褒められるなんて嬉しい限りですわね」
 剣をぶつけ合ったまま、二人は会話している。こんな所でいちゃつくんじゃない。
「ですが、それだけだなんて思わないで下さいませ」
 ペシエラの右足が上がる。
「おっと!」
 そのまま繰り出されたペシエラの蹴りを、シルヴァノは見事とっさの動きで躱してみせた。ここでペシエラの軸足を蹴れれば良かったのだが、不意を突かれた事と、ペシエラの見事な動きが相まって、距離を取られてしまった。それにしてもペシエラ、ピンヒールで婚約者の腹を蹴ろうとしてはいけない。
「あっ、惜しい」
 相手がシルヴァノだという事を忘れて、チェリシアはペシエラの攻撃が躱された事を悔しがった。その横ではアイリスも祈るような気持ちで試合を見守っている。
 さて、ペシエラとシルヴァノとの間に距離ができた。次に動くのはどちらだろうか。
「うーん、そんな動きをされるとは予想外だったかな。私の腕では、せいぜい引き分けに持ち込むのが精一杯かも知れないな」
 シルヴァノも鍛えてきたつもりだったが、ペシエラの腕前はそれ以上だった。なるほど、オフライトが負けたのも納得できるといった感じである。
「だけど、この国を背負う王子として、簡単に負けるわけにはいきません」
「そうこなくては、ね」
 両者睨み合った状態で、しばらく膠着状態が続く。その状態を観客たちは息を飲んで見守った。
 しばらくして動いたのはシルヴァノだった。白系統の髪を持つとは言っても、使える魔法は光属性ではない。シルヴァノの周りに浮かんだのは氷の粒だった。シルヴァノは牽制として水魔法を使ったのである。
 ペシエラに襲い掛かる氷の粒の嵐。しかし、ペシエラはその動きにくい格好で軽快に避けていく。
「まったく、甘いですわよ!」
 避ける事に飽きたペシエラは、一気に火魔法で氷の粒を蒸発させる。これによって武台の上が水蒸気で包まれた。氷の粒に隠れて一撃を狙うつもりだったシルヴァノは、予想外の事で動きを止めてしまった上にペシエラを見失ってしまった。
 次の瞬間、背中に何かがぶつかるような衝撃が走る。
「ぐはっ!」
「策士策に溺れる、ですわよ、殿下」
 ペシエラの声が聞こえて、シルヴァノは自分を襲った衝撃がペシエラの蹴りである事を理解した。
「ペシ……エラ?」
「この程度、目くらましにもなりませんわよ」
「やっぱり、君は強いな……」
 水蒸気が晴れていく。そこから姿を現したのは、仁王立ちするペシエラと、片膝をついたシルヴァノだった。ペシエラの蹴りをまともに食らってしまったシルヴァノは動けそうになかった。
「はぁ、本当に君が婚約者でよかったよ……。私の負けだね」
「ふふっ、賢明な判断ですわね、殿下」
 呆然としていた審判だったが、この二人の会話を聞いて我に返った。そして、
「勝者、ペシエラ選手!」
 高らかにこう宣言したのだった。
 こうして、ロゼリアたち三年次の武術大会は、ペシエラの優勝で幕を閉じたのだった。

 その頃、王都の一画では……。
「ぐはっ!」
「がっ!」
 壁に叩きつけられる男たち。その目の前には漆黒の髪の執事が立っていた。
「し、使用人風情に、我らの計画が阻止されるなんて……」
 唯一吹き飛ばされなかった女も、脇腹を押さえてうずくまっている。
「まったく、諦めの悪い連中だな。我が主人たちの平穏をまだ脅かそうとするとは……」
 ニーズヘッグが蔑むように睨みつける。
「ひっ!」
 その瞬間、女は恐ろしい物を見てしまった。ニーズヘッグから伸びる影が、龍の形をしていたのだ。それを見た女は逃げようとするが、動けなかった。
「逃げようとしても無駄だ。お前たちの影を縛っておいたからな」
 ニーズヘッグはそう言って後ろを振り向く。
「じきに兵士どもが来る。おとなしくしているんだな」
 あまりの恐怖に、女どもは静かに項垂れた。
 三年次の学園祭は無事に終わったが、その陰にはニーズヘッグたちの奮闘があったのだった。
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