311 / 473
第十章 乙女ゲーム最終年
第307話 小さな誤算
しおりを挟む
決勝トーナメントが行われている頃、チェリシアはカーマイルと一緒にマゼンダ商会の出店で商売に勤しんでいた。決勝トーナメントに出てくる学生は強い人ばかりなので、チェリシアはペシエラが無事か気になって仕方なかった。カーマイルもそれは察しているようで、写真撮影以外は休んでいろとチェリシアに強く言っていた。できる男は気遣いもできるのだ。
そんな時に、ロゼリアからチャットフォンに連絡が入る。
「もしもし?」
前世の癖でつい言ってしまう四文字である。
『チェリシア、そっちの状況はどう?』
ロゼリアは華麗にスルーして、出店の状況を確認してきた。
「うん、売れ行きはまあまあ、写真撮影はさすがに落ち着いてきたから暇よ。カーマイル様に奥に引っ込めさせられちゃったわ」
チェリシアは状況を説明しながらため息を吐いている。ドクターストップを掛けられたような状態だから、少し不満があるのだろう。
『そう、さすがお兄様ね。それよりだけど、ペシエラはオフライト様に勝利して初戦突破よ。次の相手はペイル殿下だから気は抜けないけれど』
「そっか。ペイル殿下との対戦かぁ。オフライト様で消耗しているのなら、厳しいでしょうね」
『ペシエラも覚悟しているみたいよ。本人が努力しているのは知っているし、過去勝っているとはいえ、油断はできないわ』
「うんうん。心配でそっちに行きたいけれど、私の分も観戦してきてね、ロゼリア」
『ええ。アイリスとライの二人は例の撮影魔法を使っているから、後で見せてもらえばいいわよ』
「うん、そうする」
そう言って、チェリシアはロゼリアとの会話を終了させた。
ふぅっとひとつ深呼吸をしたロゼリアは、ちょうど記念撮影の注文が入った事で表へ出て行った。
その撮影が終わると、チェリシアに一人の女性が近付いてきた。その女性にチェリシアは見覚えがあった。
「あ……れ? 確かカイスの村に居た、スミレさんですよね?」
濃い紫の髪をした女性など、そう多くはないのですぐに思い出したチェリシアは、驚いた反応をしている。
「よく覚えておいでですね。今日はカイスの村の特産を売りに来たついでに、学園祭が行われていると聞いてお伺いした次第です、チェリシアお嬢様」
事情を説明しながら、頭を下げて挨拶をするスミレ。
「あれ? その特産品は?」
「オーカー商会の方に寄って、全部押し付けてきました。今は何も持っておりません」
スミレは村人の割に落ち着いていて、チェリシアに対して淡々と対応している。わき目に見ていたカーマイルが疑いの眼差しを向けている。
「そうなんだ。それにしてもわざわざここまで来たのですね」
「はい、領主様のされる事には興味がございますからね。元気そうで何よりです」
簡単に言葉を交わすと、
「それでは、せっかく王都に来たのですから、もう少し見学していきます。失礼します」
頭を下げてくるりと振り返って、あっという間に見えなくなってしまった。
「うーん、元気そうね」
「あれは誰だ?」
しれっと見送るチェリシアに、カーマイルが声を掛けてきた。
「カーマイル様。あの人はカイスの村でお世話になったスミレさんです」
チェリシアが素直に答えると、カーマイルが難しい顔をする。
「村人なのか?」
「はい、そうですけれど?」
確認するような質問に、チェリシアはこてんと首を傾げる。
「だとしたらおかしいな」
「どうしてです?」
「一介の村人がここまで一人で来たというのか? 大体カイスから馬車で二十日掛かる場所だぞ?」
「あっ!」
カーマイルの言葉に、声を上げて驚く。チェリシアはすっかり忘れていたのだ。王都とカイスの村の位置関係を。
確かにスミレには同行者がいるような雰囲気はなかった。だが、普通の村人がわざわざこんな離れた場所に姿を見せに来るだろうか。スミレの言う通り行商だとしても、不可解な点が多い。後でオーカー商会からも証言を取る必要がありそうだ。
「む、シアンはどうした」
チェリシアが考え事をしていると、後ろからカーマイルの声が聞こえてきた。
「お花摘みだと言われておりました。カーマイル様には後で報告すると、慌てていました」
「そうか。まぁ仕方ないな」
どうやらお手洗いに行ったらしい。シアンほどのできた侍女が急とは珍しいものである。
しかし、シアンが戻ってきたのは、一時間は経った頃だった。
「申し訳ございません。混んでいた上にスミレが迷っていたようなので、出入り口まで送り届けて参りました」
「そうか。まぁいい、その分、午後もしっかり働いてくれ」
「畏まりました」
カーマイルは怪しんでいたが、商談に来る人物も居て忙しそうにしていたので、この場での追及はなかった。
ちなみにチェリシアも、この時のシアンの事は少し怪しいと思った。だが、それよりもペシエラの試合の方が気になっていたので、そっちに気を取られてしまってすっかり忘れてしまった。
「ふぅ、完全にしくじったわね。カーマイル様がいらっしゃるとは……」
学園から外に出たスミレは、変装を解く。ところどころに歯車の意匠をあしらったショートマントの少女クロノアが姿を現した。
「私一人でカイスから来た事を完全に怪しんでいたわね。次は気を付けなければ」
そう言いながら、クロノアは王都の雑踏の中へと姿をかき消していった。
そんな時に、ロゼリアからチャットフォンに連絡が入る。
「もしもし?」
前世の癖でつい言ってしまう四文字である。
『チェリシア、そっちの状況はどう?』
ロゼリアは華麗にスルーして、出店の状況を確認してきた。
「うん、売れ行きはまあまあ、写真撮影はさすがに落ち着いてきたから暇よ。カーマイル様に奥に引っ込めさせられちゃったわ」
チェリシアは状況を説明しながらため息を吐いている。ドクターストップを掛けられたような状態だから、少し不満があるのだろう。
『そう、さすがお兄様ね。それよりだけど、ペシエラはオフライト様に勝利して初戦突破よ。次の相手はペイル殿下だから気は抜けないけれど』
「そっか。ペイル殿下との対戦かぁ。オフライト様で消耗しているのなら、厳しいでしょうね」
『ペシエラも覚悟しているみたいよ。本人が努力しているのは知っているし、過去勝っているとはいえ、油断はできないわ』
「うんうん。心配でそっちに行きたいけれど、私の分も観戦してきてね、ロゼリア」
『ええ。アイリスとライの二人は例の撮影魔法を使っているから、後で見せてもらえばいいわよ』
「うん、そうする」
そう言って、チェリシアはロゼリアとの会話を終了させた。
ふぅっとひとつ深呼吸をしたロゼリアは、ちょうど記念撮影の注文が入った事で表へ出て行った。
その撮影が終わると、チェリシアに一人の女性が近付いてきた。その女性にチェリシアは見覚えがあった。
「あ……れ? 確かカイスの村に居た、スミレさんですよね?」
濃い紫の髪をした女性など、そう多くはないのですぐに思い出したチェリシアは、驚いた反応をしている。
「よく覚えておいでですね。今日はカイスの村の特産を売りに来たついでに、学園祭が行われていると聞いてお伺いした次第です、チェリシアお嬢様」
事情を説明しながら、頭を下げて挨拶をするスミレ。
「あれ? その特産品は?」
「オーカー商会の方に寄って、全部押し付けてきました。今は何も持っておりません」
スミレは村人の割に落ち着いていて、チェリシアに対して淡々と対応している。わき目に見ていたカーマイルが疑いの眼差しを向けている。
「そうなんだ。それにしてもわざわざここまで来たのですね」
「はい、領主様のされる事には興味がございますからね。元気そうで何よりです」
簡単に言葉を交わすと、
「それでは、せっかく王都に来たのですから、もう少し見学していきます。失礼します」
頭を下げてくるりと振り返って、あっという間に見えなくなってしまった。
「うーん、元気そうね」
「あれは誰だ?」
しれっと見送るチェリシアに、カーマイルが声を掛けてきた。
「カーマイル様。あの人はカイスの村でお世話になったスミレさんです」
チェリシアが素直に答えると、カーマイルが難しい顔をする。
「村人なのか?」
「はい、そうですけれど?」
確認するような質問に、チェリシアはこてんと首を傾げる。
「だとしたらおかしいな」
「どうしてです?」
「一介の村人がここまで一人で来たというのか? 大体カイスから馬車で二十日掛かる場所だぞ?」
「あっ!」
カーマイルの言葉に、声を上げて驚く。チェリシアはすっかり忘れていたのだ。王都とカイスの村の位置関係を。
確かにスミレには同行者がいるような雰囲気はなかった。だが、普通の村人がわざわざこんな離れた場所に姿を見せに来るだろうか。スミレの言う通り行商だとしても、不可解な点が多い。後でオーカー商会からも証言を取る必要がありそうだ。
「む、シアンはどうした」
チェリシアが考え事をしていると、後ろからカーマイルの声が聞こえてきた。
「お花摘みだと言われておりました。カーマイル様には後で報告すると、慌てていました」
「そうか。まぁ仕方ないな」
どうやらお手洗いに行ったらしい。シアンほどのできた侍女が急とは珍しいものである。
しかし、シアンが戻ってきたのは、一時間は経った頃だった。
「申し訳ございません。混んでいた上にスミレが迷っていたようなので、出入り口まで送り届けて参りました」
「そうか。まぁいい、その分、午後もしっかり働いてくれ」
「畏まりました」
カーマイルは怪しんでいたが、商談に来る人物も居て忙しそうにしていたので、この場での追及はなかった。
ちなみにチェリシアも、この時のシアンの事は少し怪しいと思った。だが、それよりもペシエラの試合の方が気になっていたので、そっちに気を取られてしまってすっかり忘れてしまった。
「ふぅ、完全にしくじったわね。カーマイル様がいらっしゃるとは……」
学園から外に出たスミレは、変装を解く。ところどころに歯車の意匠をあしらったショートマントの少女クロノアが姿を現した。
「私一人でカイスから来た事を完全に怪しんでいたわね。次は気を付けなければ」
そう言いながら、クロノアは王都の雑踏の中へと姿をかき消していった。
0
お気に入りに追加
87
あなたにおすすめの小説
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~
雪月 夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。
辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。
しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。
他作品の詳細はこちら:
『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』
【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】
『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】
『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』
【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】
捨てられた転生幼女は無自重無双する
紅 蓮也
ファンタジー
スクラルド王国の筆頭公爵家の次女として生を受けた三歳になるアイリス・フォン・アリステラは、次期当主である年の離れた兄以外の家族と兄がつけたアイリスの専属メイドとアイリスに拾われ恩義のある専属騎士以外の使用人から疎まれていた。
アイリスを疎ましく思っている者たちや一部の者以外は知らないがアイリスは転生者でもあった。
ある日、寝ているとアイリスの部屋に誰かが入ってきて、アイリスは連れ去られた。
アイリスは、肌寒さを感じ目を覚ますと近くにその場から去ろうとしている人の声が聞こえた。
去ろうとしている人物は父と母だった。
ここで声を出し、起きていることがバレると最悪、殺されてしまう可能性があるので、寝たふりをして二人が去るのを待っていたが、そのまま本当に寝てしまい二人が去った後に近づいて来た者に気づくことが出来ず、また何処かに連れていかれた。
朝になり起こしに来た専属メイドが、アイリスがいない事を当主に報告し、疎ましく思っていたくせに当主と夫人は騒ぎたて、当主はアイリスを探そうともせずに、その場でアイリスが誘拐された責任として、専属メイドと専属騎士にクビを言い渡した。
クビを言い渡された専属メイドと専属騎士は、何も言わず食堂を出て行き身支度をして、公爵家から出ていった。
しばらく歩いていると、次期当主であるカイルが後を追ってきて、カイルの腕にはいなくなったはずのアイリスが抱かれていた。
アイリスの無事に安心した二人は、カイルの話を聞き、三人は王城に向かった。
王城で、カイルから話を聞いた国王から広大なアイリス公爵家の領地の端にあり、昔の公爵家本邸があった場所の管理と魔の森の開拓をカイルは、国王から命られる。
アイリスは、公爵家の目がなくなったので、無自重でチートし続け管理と開拓を命じられた兄カイルに協力し、辺境の村々の発展や魔の森の開拓をしていった。
※諸事情によりしばらく連載休止致します。
※小説家になろう様、カクヨム様でも掲載しております。
【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!
暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい!
政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。
三度目の嘘つき
豆狸
恋愛
「……本当に良かったのかい、エカテリナ。こんな嘘をついて……」
「……いいのよ。私に新しい相手が出来れば、周囲も殿下と男爵令嬢の仲を認めずにはいられなくなるわ」
なろう様でも公開中ですが、少し構成が違います。内容は同じです。
転生令嬢の食いしん坊万罪!
ねこたま本店
ファンタジー
訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。
そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。
プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。
しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。
プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。
これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。
こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。
今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。
※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。
※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる