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第九章 大いなる秘密
第268話 食えない奴
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その日の夜、ケットシーは地下牢に足を運んでいた。
「ほほぉ、これは見事なまでの”凍れる時”ですな。術者が解かない限り、この二人は動き出す事はないでしょう」
ケットシーが見ているのは、パープリア男爵とその配下である執事長インディの二人だ。この二人はサンフレア学園で起きた人工魔物氾濫の容疑者として手配されたものの、翌日に地下牢で動かなくなっているところが発見されたのだ。どうやって地下牢に侵入したかは分からないが、それ以上に不可解だったのが、完全に動きが止まっている事だった。
「話ではデーモンハートを用いて、魔力吸収を使っていたらしいですね」
ケットシーが二人の姿を見ながら、ちらりと後ろに視線を遣る。
「隠れてないで出てきたらどうですか、幻獣クロノア」
いつもの揚々とした喋り方ではなく、重くドスの利いた声を響かせるケットシー。
すると、この声に反応したのか、物陰から一人の女性が出てきた。
「さすがは元獣の幻獣、鼻が利きますね」
「いやぁ? 君の魔力は独特だからね。分からない方がおかしいと思うんだが?」
睨むようにしながら喋るクロノアに、ケットシーは低い声のまま言葉を返す。
「くっくっ、なるほど」
急に笑い始めるケットシー。その姿にクロノアは半身に構えて警戒する。
「いやぁ、悪い悪い。ロゼリア嬢とペシエラ嬢の時戻りの原因は君だったんだね。なるほど、こいつら以外にも禁法を使った者が居たのか」
けらけらと笑うケットシー。その姿にクロノアは警戒を解く事はできなかった。。
「……君の依頼主が誰かは詮索しないよ。もっとも、大体の見当はついているが、この禁法の代償を考えれば、ここではっきりさせるのは危険極まりないからね」
「くそっ、相変わらず食えん猫だな」
「はっはっはっ、ボクは食べたっておいしくないよ」
余裕しゃくしゃくのケットシーに比べれば、クロノアは言葉を荒げるなど、とても落ち着きを無くしていた。
ここでケットシーは、クロノアから視線を外す。
「それよりも、これらはどうするつもりなんだい? いつまでも彫刻にしておくわけにもいかないだろう?」
ケットシーは固まって動かないパープリア男爵たちを、こんこんと肉球で叩いた。時が止まっているとだけあって、柔らかいはずの肉や布が石のような音を立てている。本当に不思議な光景である。
「まぁそれはそうですね。人間が起こした事は人間でケリをつける、これが基本方針ですからね」
「そうそう。本来ボクたちは不可侵なんだよ。だが、こいつらはちょっとこっち側に足を踏み入れすぎたからね。人間たちの裁きが始まった時には、ちょっとばかり手心を加えてあげたいね」
無表情で話すクロノアに対して、ケットシーは非常に悪い顔をしていた。その表情に、クロノアは身震いをして危うく飲まれかけた。
「ボクたちにとっては大切な、初代神獣使いのベルに関わるものを、こいつらは浅ましくも踏みにじってくれた。それだけで十分だろう?」
「……本当に何を考えてるのか分かりませんね、あなたは」
クロノアは身構えながら、ケットシーを睨み続けている。そうでもしないと、この道化猫の雰囲気に完全に飲まれてしまうからだ。
「ベルの子孫であるアイリスくんは、本当に運が良かったと思えるよ。そういう意味では、君とその雇い主には感謝したい限りだ」
ケットシーはごろごろと顔を洗っている。
「こいつらに支配された時間軸じゃ、無惨にも殺されてたからねえ」
くるりとクロノアを見たケットシーの顔は、普段のニコニコ顔に戻っていた。
「ふふっ。今日はハウライトの中を歩いてきたけど、パーティーが近いとあって、兵士があちこち忙しなく動いてたね。あと、変わったお客さんも居たから、どうにかしないといけないね」
「……はぁ、面倒だわね」
クロノアはそう呟くと、くるりと階段へと歩き出す。
「おや、どこに行くんだい?」
「どこだっていいでしょう? こんな辛気臭いところから、早く出たいだけよ」
クロノアは振り返ってそうとだけ答えると、能力を使って一気にその場から掻き消えた。地下牢には、ケットシーと時の止まったパープリア男爵たちだけが残された。
「くっくっくっ、本当に素直じゃないねぇ。子どもの頃からずっとあの調子なんだから、ボクたちには変化は乏しいのかも知れないね」
ケットシーは足音も立てずに地下牢を出ていく。そうして、地下牢はまた時が止まったように静けさに包まれたのだった。
「ほほぉ、これは見事なまでの”凍れる時”ですな。術者が解かない限り、この二人は動き出す事はないでしょう」
ケットシーが見ているのは、パープリア男爵とその配下である執事長インディの二人だ。この二人はサンフレア学園で起きた人工魔物氾濫の容疑者として手配されたものの、翌日に地下牢で動かなくなっているところが発見されたのだ。どうやって地下牢に侵入したかは分からないが、それ以上に不可解だったのが、完全に動きが止まっている事だった。
「話ではデーモンハートを用いて、魔力吸収を使っていたらしいですね」
ケットシーが二人の姿を見ながら、ちらりと後ろに視線を遣る。
「隠れてないで出てきたらどうですか、幻獣クロノア」
いつもの揚々とした喋り方ではなく、重くドスの利いた声を響かせるケットシー。
すると、この声に反応したのか、物陰から一人の女性が出てきた。
「さすがは元獣の幻獣、鼻が利きますね」
「いやぁ? 君の魔力は独特だからね。分からない方がおかしいと思うんだが?」
睨むようにしながら喋るクロノアに、ケットシーは低い声のまま言葉を返す。
「くっくっ、なるほど」
急に笑い始めるケットシー。その姿にクロノアは半身に構えて警戒する。
「いやぁ、悪い悪い。ロゼリア嬢とペシエラ嬢の時戻りの原因は君だったんだね。なるほど、こいつら以外にも禁法を使った者が居たのか」
けらけらと笑うケットシー。その姿にクロノアは警戒を解く事はできなかった。。
「……君の依頼主が誰かは詮索しないよ。もっとも、大体の見当はついているが、この禁法の代償を考えれば、ここではっきりさせるのは危険極まりないからね」
「くそっ、相変わらず食えん猫だな」
「はっはっはっ、ボクは食べたっておいしくないよ」
余裕しゃくしゃくのケットシーに比べれば、クロノアは言葉を荒げるなど、とても落ち着きを無くしていた。
ここでケットシーは、クロノアから視線を外す。
「それよりも、これらはどうするつもりなんだい? いつまでも彫刻にしておくわけにもいかないだろう?」
ケットシーは固まって動かないパープリア男爵たちを、こんこんと肉球で叩いた。時が止まっているとだけあって、柔らかいはずの肉や布が石のような音を立てている。本当に不思議な光景である。
「まぁそれはそうですね。人間が起こした事は人間でケリをつける、これが基本方針ですからね」
「そうそう。本来ボクたちは不可侵なんだよ。だが、こいつらはちょっとこっち側に足を踏み入れすぎたからね。人間たちの裁きが始まった時には、ちょっとばかり手心を加えてあげたいね」
無表情で話すクロノアに対して、ケットシーは非常に悪い顔をしていた。その表情に、クロノアは身震いをして危うく飲まれかけた。
「ボクたちにとっては大切な、初代神獣使いのベルに関わるものを、こいつらは浅ましくも踏みにじってくれた。それだけで十分だろう?」
「……本当に何を考えてるのか分かりませんね、あなたは」
クロノアは身構えながら、ケットシーを睨み続けている。そうでもしないと、この道化猫の雰囲気に完全に飲まれてしまうからだ。
「ベルの子孫であるアイリスくんは、本当に運が良かったと思えるよ。そういう意味では、君とその雇い主には感謝したい限りだ」
ケットシーはごろごろと顔を洗っている。
「こいつらに支配された時間軸じゃ、無惨にも殺されてたからねえ」
くるりとクロノアを見たケットシーの顔は、普段のニコニコ顔に戻っていた。
「ふふっ。今日はハウライトの中を歩いてきたけど、パーティーが近いとあって、兵士があちこち忙しなく動いてたね。あと、変わったお客さんも居たから、どうにかしないといけないね」
「……はぁ、面倒だわね」
クロノアはそう呟くと、くるりと階段へと歩き出す。
「おや、どこに行くんだい?」
「どこだっていいでしょう? こんな辛気臭いところから、早く出たいだけよ」
クロノアは振り返ってそうとだけ答えると、能力を使って一気にその場から掻き消えた。地下牢には、ケットシーと時の止まったパープリア男爵たちだけが残された。
「くっくっくっ、本当に素直じゃないねぇ。子どもの頃からずっとあの調子なんだから、ボクたちには変化は乏しいのかも知れないね」
ケットシーは足音も立てずに地下牢を出ていく。そうして、地下牢はまた時が止まったように静けさに包まれたのだった。
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