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第八章 二年次
第206話 その時閃いた
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ロゼリアがブローゼンを圧倒したその時、応接間にチェリシアがやって来た。
「ああ、よかった。ブローゼンさん、お久しぶりです」
「おお、これはチェリシアお嬢様、お久しぶりでございます」
ロゼリアに一方的にやり込められていたブローゼンは、助かったとばかりに表情を緩めている。それとは対照的に、ロゼリアはまだ険しい表情をしている。
「チェリシア、どうしたのかしら」
「小型調理窯の調整ができたので、ブローゼンさんが来られているというのを思い出したので、ご一緒に見て頂こうとやって来ました」
「あぁ、なるほど。それで、どんな感じなのかしら」
ロゼリアに尋ねられたチェリシアは、収納魔法から皿に乗せられた三枚おろしの魚を出して調理窯に入れた。
「百八十度、五分っと……」
チェリシアはぶつぶつと言いながら、調理窯を操作する。待つ事五分、ピーピーと焼き上がりを知らせる音が鳴り響いた。
「びっくりしたわ。何なの、この音」
「調理が終わった合図よ。タイマー機能を持たせても、調理が済んだ事を忘れてしまっては意味がないから。これ付けるだけでも結構苦戦したのよ」
チェリシアが説明しながら、中から焼いた魚を取り出す。軽くフォークで身をほぐしてみたところ、ちゃんと中まで熱が伝わっているようだ。
これを見ていたブローゼンは、目を見開いていた。それもそうだろう。応接間のような調理場でもない場所で、火を使う事なく魚を焼く事ができたのだから。これが普及すれば、どこでも料理ができる事になる。ブローゼンは商人らしく頭の中で想像を広げ始めた。
「あらあら、ブローゼンさんの商人魂に火が付いてしまったみたいね。ロゼリア、どうする?」
ぶつくさ言い始めたブローゼンを見て、チェリシアはロゼリアに話を振った。
「どうするもこうするも、とにかく学園祭に必要な食材を納めてもらうだけよ。それがちゃんと実行できたなら、この小型調理窯の件を進めてもらっても大丈夫よ。オーカー商会は食材メインだから、食材の売り込みの手段の一つとして、この調理窯は使えるでしょうからね」
ロゼリアは冷静だった。そっかーというような顔で、チェリシアはブローゼンを見ている。軽い打ち合わせのつもりだったが、ブローゼンは大きな収穫を得たようだった。
どうやら妄想が終わったらしく、ブローゼンはロゼリアとチェリシアへと振り向く。
「いや、実に素晴らしい魔道具を見せて頂き、大いに感謝申し上げます。学園祭への食材の納入はきちんと履行致しますので、その後は是非ともその魔道具についてお聞かせ下さい」
ブローゼンの目が輝いていた。小太りの中年おじさんは、まだ少年の心を忘れたわけではなさそうだった。
「ペシエラお嬢様にもよろしくお伝え下さい。何かご入用の時は、全力で対応させて頂きますとも!」
ロゼリアに言いくるめられた直後とは、打って変わって生き生きとしている。これにはロゼリアもチェリシアも、少し引いていた。
「え、ええ。とにかく来月の学園祭の件はよろしくお願いしますわ」
「ははは、お任せ下さい」
この後、書面での契約確認を終えると、ブローゼンは上機嫌でマゼンダ商会を後にした。
「凄いわね。私にやられて悔しそうな顔をしていたのが嘘のようだわ」
「ロゼリア様、あれはさすがでございましたよ」
ロゼリアが呆れていると、シアンからは賞賛の言葉が出てきた。
「そして、その空気を一変させたチェリシア様もさすがでございます」
すかさずチェリシアも褒めるシアン。
部屋の入り口付近で、壁にもたれているキャノル。
「へぇ、やっぱり面白いな、このお嬢様たちは。あれだけ大人を手玉に取るなんざ、できたんもんじゃない。精々わがまま言って振り回すくらいだからなぁ。……あたいはなかなか面白い家に拾われたもんだ」
雇い主である令嬢たちの姿を見て、暗殺者だった頃には感じた事のない高揚感に打ち震えている。この令嬢たちについて行けば、きっとこの先も楽しめそうだと感じたキャノルは、
「チェリシア様、ちょっくら調べ物がしたいんで、あたいはここで失礼するよ。今夜は戻らないかも知れないんで、よろしく」
「……仕方ないわね。無茶はしないでよ」
「ちゃんと戻って来ますって。では」
そう言い残して、さっと姿を消してしまった。
この時は知らなかった事だが、キャノルが依頼以外で自発的に動いたのは、実はこれが初めてだった。そのくらい、ロゼリアやチェリシアたちの行動が新鮮で、そして危なっかしく見えたのだろう。
結局キャノルは、翌日のお昼前に戻ってきたのだった。この行動の意図は、後日明かされる事になるのだった。
「ああ、よかった。ブローゼンさん、お久しぶりです」
「おお、これはチェリシアお嬢様、お久しぶりでございます」
ロゼリアに一方的にやり込められていたブローゼンは、助かったとばかりに表情を緩めている。それとは対照的に、ロゼリアはまだ険しい表情をしている。
「チェリシア、どうしたのかしら」
「小型調理窯の調整ができたので、ブローゼンさんが来られているというのを思い出したので、ご一緒に見て頂こうとやって来ました」
「あぁ、なるほど。それで、どんな感じなのかしら」
ロゼリアに尋ねられたチェリシアは、収納魔法から皿に乗せられた三枚おろしの魚を出して調理窯に入れた。
「百八十度、五分っと……」
チェリシアはぶつぶつと言いながら、調理窯を操作する。待つ事五分、ピーピーと焼き上がりを知らせる音が鳴り響いた。
「びっくりしたわ。何なの、この音」
「調理が終わった合図よ。タイマー機能を持たせても、調理が済んだ事を忘れてしまっては意味がないから。これ付けるだけでも結構苦戦したのよ」
チェリシアが説明しながら、中から焼いた魚を取り出す。軽くフォークで身をほぐしてみたところ、ちゃんと中まで熱が伝わっているようだ。
これを見ていたブローゼンは、目を見開いていた。それもそうだろう。応接間のような調理場でもない場所で、火を使う事なく魚を焼く事ができたのだから。これが普及すれば、どこでも料理ができる事になる。ブローゼンは商人らしく頭の中で想像を広げ始めた。
「あらあら、ブローゼンさんの商人魂に火が付いてしまったみたいね。ロゼリア、どうする?」
ぶつくさ言い始めたブローゼンを見て、チェリシアはロゼリアに話を振った。
「どうするもこうするも、とにかく学園祭に必要な食材を納めてもらうだけよ。それがちゃんと実行できたなら、この小型調理窯の件を進めてもらっても大丈夫よ。オーカー商会は食材メインだから、食材の売り込みの手段の一つとして、この調理窯は使えるでしょうからね」
ロゼリアは冷静だった。そっかーというような顔で、チェリシアはブローゼンを見ている。軽い打ち合わせのつもりだったが、ブローゼンは大きな収穫を得たようだった。
どうやら妄想が終わったらしく、ブローゼンはロゼリアとチェリシアへと振り向く。
「いや、実に素晴らしい魔道具を見せて頂き、大いに感謝申し上げます。学園祭への食材の納入はきちんと履行致しますので、その後は是非ともその魔道具についてお聞かせ下さい」
ブローゼンの目が輝いていた。小太りの中年おじさんは、まだ少年の心を忘れたわけではなさそうだった。
「ペシエラお嬢様にもよろしくお伝え下さい。何かご入用の時は、全力で対応させて頂きますとも!」
ロゼリアに言いくるめられた直後とは、打って変わって生き生きとしている。これにはロゼリアもチェリシアも、少し引いていた。
「え、ええ。とにかく来月の学園祭の件はよろしくお願いしますわ」
「ははは、お任せ下さい」
この後、書面での契約確認を終えると、ブローゼンは上機嫌でマゼンダ商会を後にした。
「凄いわね。私にやられて悔しそうな顔をしていたのが嘘のようだわ」
「ロゼリア様、あれはさすがでございましたよ」
ロゼリアが呆れていると、シアンからは賞賛の言葉が出てきた。
「そして、その空気を一変させたチェリシア様もさすがでございます」
すかさずチェリシアも褒めるシアン。
部屋の入り口付近で、壁にもたれているキャノル。
「へぇ、やっぱり面白いな、このお嬢様たちは。あれだけ大人を手玉に取るなんざ、できたんもんじゃない。精々わがまま言って振り回すくらいだからなぁ。……あたいはなかなか面白い家に拾われたもんだ」
雇い主である令嬢たちの姿を見て、暗殺者だった頃には感じた事のない高揚感に打ち震えている。この令嬢たちについて行けば、きっとこの先も楽しめそうだと感じたキャノルは、
「チェリシア様、ちょっくら調べ物がしたいんで、あたいはここで失礼するよ。今夜は戻らないかも知れないんで、よろしく」
「……仕方ないわね。無茶はしないでよ」
「ちゃんと戻って来ますって。では」
そう言い残して、さっと姿を消してしまった。
この時は知らなかった事だが、キャノルが依頼以外で自発的に動いたのは、実はこれが初めてだった。そのくらい、ロゼリアやチェリシアたちの行動が新鮮で、そして危なっかしく見えたのだろう。
結局キャノルは、翌日のお昼前に戻ってきたのだった。この行動の意図は、後日明かされる事になるのだった。
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