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第八章 二年次
第201話 ライの潜入生活
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「あの新人、しっかり働くねぇ」
「本当。雰囲気が軽いからすぐ辞めると思ったのにね」
ベテラン侍女が噂をしている。
その視線の先で、一人の薄ピンクの髪の少女が洗濯物を干していた。
ハイスプライトのライである。
彼女は今、パープリアの屋敷で働いている。ペシエラたちの命を受けての潜入調査だ。
ハイスプライトはイタズラ妖精であるスプライトの上位種で、豊富な魔力を持つ若い姿をした人間ほどの大きさを持つ妖精である。もちろん、男女どちらも存在しているが、あの一件で巻き込まれたライは子ども体型の女性型妖精である。
とはいえ、普通の妖精とは違い、イタズラという単語に違わず悪さばかりをするので魔物扱いで討伐対象にされるくらいの存在である。
しかし、ライは従魔となってからはすっかりイタズラは鳴りを潜めた。ちなみにライは土と闇の適性があり、念動力と催眠系の魔法を得意としている。そういう事もあって、仕事は結構手を抜きつつ、よく見せていた。
(新人って事だから、まあ雑用ばかりなのは当然かしら。こんな事したくはないけど、主人様の命令だから仕方ないわね)
という感じに、使用人としての仕事はやりたくないという気持ちでいっぱいだった。それでもその雑用をこなすのは、主人であるアイリスが文句も言わずにしている事である上に、なによりあのペシエラが怖かったのだ。上級の魔物であるライはなんとか凌いだものの、何百という魔物を一瞬で葬り去ったあの少女に逆らう気が起こらなかったのだ。逆らえば殺される。それがライのペシエラへの印象である。
ライが住み込みで働くようになってから、掃除と称して屋敷の中を見て回ったが、これといって怪しい点はない。使用人たちも待遇は悪くないようで、文句の一つも転がってこない。ただ、奥方と呼ばれている男爵夫人アメジスタの姿だけは見た事がない。使用人の話では病弱で面会できないそうだ。
しかし、それは嘘だと、ライは知っている。というのも、幻獣であるニーズヘッグが接触しているからだ。そのニーズヘッグはライとも接触しており、屋敷の情報をペシエラたちに流している。こういう重要な任務があるからこそ、気ままな妖精であるライがひと所に留まっていられるのだ。
(何かやらかせば、ペシエラ様にどんな目に遭わされるか……)
ライたち従魔の行動原理は、すべてアイリスのためである。そこにペシエラが怖いという感情が加わる事で、彼女たちの意図の通りに動かざるを得ないのである。ライは今回従魔となった魔物の中では最弱なので、仕方のない事だ。
(うう、ルゼみたいに好き勝手やりたいわよー)
ライは少々ストレスを溜め始めていた。
とはいえ、両親を亡くした子どもという設定で使用人となった事で、一部の使用人からは同情を買っており、やたらと親切にされる。そこに不満はないので、魔物としての性質との間で、複雑な心情を抱えているようだった。
こういうのが人間なんだなと割り切ったライ。とりあえずは一週間の潜入結果を、ニーズヘッグを蒼鱗魚を通じてアイリスに伝える。
屋敷の使用人は、パープリア男爵の裏の顔を知らないという事。それと、アイリスの母である男爵夫人のアメジスタの詳細を、使用人の誰も知らない事など、知り得た事はすべて伝えた。ライの報告に、中に居たはずのアイリスは驚きを隠せないようだったが、調査を続けるように落ち着いて話していた。
それと、ニーズヘッグに会った際に、身に付けていた魔石も渡すように伝えておいた。この魔石はアイリス自身も身に付けている、見聞きした事をそのまま記録できる撮影魔法の込められた魔石である。プライバシー完全無視な代物だが、ライの行動範囲の全てが証拠になる。この魔法を使えるのはチェリシアとペシエラだけだし、記録されたものを魔法で改竄する事もできないので、これほどまでの証拠などあり得ない話なのだ。
アイリスとの定期通信を終えたライは、使用人の部屋のベッドの上に転がる。明日からはパープリア男爵邸内での仕事の幅が増える事になっている。試用期間が終わって、本格的な雇用となるのだ。
(さーて、これでいよいよ屋敷の中でも動きやすくなる。主人様のためだ。面倒だけど精一杯やらせてもらおうかな)
ライはそう考えると、翌日に備えて眠りにつくのだった。
「本当。雰囲気が軽いからすぐ辞めると思ったのにね」
ベテラン侍女が噂をしている。
その視線の先で、一人の薄ピンクの髪の少女が洗濯物を干していた。
ハイスプライトのライである。
彼女は今、パープリアの屋敷で働いている。ペシエラたちの命を受けての潜入調査だ。
ハイスプライトはイタズラ妖精であるスプライトの上位種で、豊富な魔力を持つ若い姿をした人間ほどの大きさを持つ妖精である。もちろん、男女どちらも存在しているが、あの一件で巻き込まれたライは子ども体型の女性型妖精である。
とはいえ、普通の妖精とは違い、イタズラという単語に違わず悪さばかりをするので魔物扱いで討伐対象にされるくらいの存在である。
しかし、ライは従魔となってからはすっかりイタズラは鳴りを潜めた。ちなみにライは土と闇の適性があり、念動力と催眠系の魔法を得意としている。そういう事もあって、仕事は結構手を抜きつつ、よく見せていた。
(新人って事だから、まあ雑用ばかりなのは当然かしら。こんな事したくはないけど、主人様の命令だから仕方ないわね)
という感じに、使用人としての仕事はやりたくないという気持ちでいっぱいだった。それでもその雑用をこなすのは、主人であるアイリスが文句も言わずにしている事である上に、なによりあのペシエラが怖かったのだ。上級の魔物であるライはなんとか凌いだものの、何百という魔物を一瞬で葬り去ったあの少女に逆らう気が起こらなかったのだ。逆らえば殺される。それがライのペシエラへの印象である。
ライが住み込みで働くようになってから、掃除と称して屋敷の中を見て回ったが、これといって怪しい点はない。使用人たちも待遇は悪くないようで、文句の一つも転がってこない。ただ、奥方と呼ばれている男爵夫人アメジスタの姿だけは見た事がない。使用人の話では病弱で面会できないそうだ。
しかし、それは嘘だと、ライは知っている。というのも、幻獣であるニーズヘッグが接触しているからだ。そのニーズヘッグはライとも接触しており、屋敷の情報をペシエラたちに流している。こういう重要な任務があるからこそ、気ままな妖精であるライがひと所に留まっていられるのだ。
(何かやらかせば、ペシエラ様にどんな目に遭わされるか……)
ライたち従魔の行動原理は、すべてアイリスのためである。そこにペシエラが怖いという感情が加わる事で、彼女たちの意図の通りに動かざるを得ないのである。ライは今回従魔となった魔物の中では最弱なので、仕方のない事だ。
(うう、ルゼみたいに好き勝手やりたいわよー)
ライは少々ストレスを溜め始めていた。
とはいえ、両親を亡くした子どもという設定で使用人となった事で、一部の使用人からは同情を買っており、やたらと親切にされる。そこに不満はないので、魔物としての性質との間で、複雑な心情を抱えているようだった。
こういうのが人間なんだなと割り切ったライ。とりあえずは一週間の潜入結果を、ニーズヘッグを蒼鱗魚を通じてアイリスに伝える。
屋敷の使用人は、パープリア男爵の裏の顔を知らないという事。それと、アイリスの母である男爵夫人のアメジスタの詳細を、使用人の誰も知らない事など、知り得た事はすべて伝えた。ライの報告に、中に居たはずのアイリスは驚きを隠せないようだったが、調査を続けるように落ち着いて話していた。
それと、ニーズヘッグに会った際に、身に付けていた魔石も渡すように伝えておいた。この魔石はアイリス自身も身に付けている、見聞きした事をそのまま記録できる撮影魔法の込められた魔石である。プライバシー完全無視な代物だが、ライの行動範囲の全てが証拠になる。この魔法を使えるのはチェリシアとペシエラだけだし、記録されたものを魔法で改竄する事もできないので、これほどまでの証拠などあり得ない話なのだ。
アイリスとの定期通信を終えたライは、使用人の部屋のベッドの上に転がる。明日からはパープリア男爵邸内での仕事の幅が増える事になっている。試用期間が終わって、本格的な雇用となるのだ。
(さーて、これでいよいよ屋敷の中でも動きやすくなる。主人様のためだ。面倒だけど精一杯やらせてもらおうかな)
ライはそう考えると、翌日に備えて眠りにつくのだった。
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