逆行令嬢と転生ヒロイン

未羊

文字の大きさ
上 下
201 / 433
第八章 二年次

第198話 手練れの暗殺者

しおりを挟む
 ロゼリアと別れたチェリシアたちは、マゼンダ商会の事務室に足を運んでいた。キャノルを見るシアンの目が、ずっと厳しいままである。とはいえ、チェリシアも複雑な気持ちの状態のままであり、とても心許せる状況ではなかった。
「……二人がそういう目で見るのは分かる。ただあたいは割り切るのは得意だから、今のあたいはあんたたちの下につく人間だよ」
 キャノルは目を伏せて頭をぽりぽり掻きながら言う。アイリスも言っていた事だが、本当に裏稼業の人間は、こういう切り替えが早いのだ。
「口の固さと割り切りの良さは、あたいら裏稼業の人間ならほぼ当たり前のように持ってる。あたいの今の雇い主はあんたらなんだ。いいようにこき使ってくれよ」
 キャノルが騒ぐので、シアンの方がいち早く諦めたようだ。チェリシアは諦めとかそういう事以前に、よく分かっていないようだが。
「まあそこまで言うのでしたら、暗殺の件はひとまず忘れておきましょう。ですが、私が信用できないと判断したら……、分かりますよね?」
 シアンの目がギラリと光る。
「はー、怖い怖い。そんなに心配しなくとも、あたいは主人とした人物には忠誠を誓う。あのロゼリアって嬢ちゃんは面白そうだからね、よっぽどでもない限り裏切るつもりはないさ」
 両手を突き出して、キャノルはシアンに言い訳をしている。根は悪い人ではなさそうだ。
「ふん、暗殺者なんてしている人物、そう簡単に信用されるとお思いで?」
「まあ無理だろうね。でも、ここで働くとなったからには、しっかりと働かせてもらうよ。このチェリシアって嬢ちゃんの作る魔道具も興味あるしね」
 キャノルはちらりとチェリシアを見る。その視線に、シアンはどういうわけか怒りを覚えた。
 ぐうううー……。
 大きなお腹の音が、部屋に響き渡る。
「あ、ごめんなさい。お腹空いたみたい」
 チェリシアのお腹の音だった。
「そうだ。私の魔道具をこの際、実際に見てもらおうかな」
 自分がお腹を鳴らした事を誤魔化そうとして、チェリシアは収納魔法から小型調理窯とトッピング済の焼く前のピザを取り出した。
「……収納魔法?! この魔法はそう使い手の居ない魔法だぞ。……いや、殺せなくて正解だったな」
「キャノル、あなたはただの暗殺者ではなさそうですね」
 キャノルの独り言に、シアンが反応する。
「基本的には報酬を貰ってるんだけどな。時には相手の懐に入ってしばらく過ごす事もある。対象が有能過ぎて、渋る事も度々あったんだ。暗殺者というには、情も厚いんだよ、あたいはさ」
「それにしては、私に対しては随分とあっさり殺しに掛かりましたね」
 シアンがこう言ってきたので、キャノルはスッとシアンに顔を近づけた。
「あんた、アクアマリンの妹だろ。……なんで魔力が無いんだ? ちなみに、それが殺そうとした理由さ」
 耳元で囁くキャノル。この言葉にシアンは動揺する。
「……根拠は?」
「暗殺者としての能力さ。相手の能力はある程度までなら測る事ができる。鑑定魔法の一種さ」
「……なるほど。ですが、ロゼリア様や他の方への口外は禁じます。知られるわけにはいかないですから」
「どうやら深い事情がありそうだね。いいよ、今のあたいはあんたらの部下だ。部下は上司に従うもんだろ?」
 どうにも、このキャロルという口の悪い女は食えない人物のようである。ロゼリアやチェリシア、それにペシエラには気付かれず、兄に疑われた程度の事実に気付いているのだから。
「本当に、あなたは油断ならない人だわ。裏切れないくらいに使用人根性を叩き込んでやりますよ」
「ははっ、お手柔らかに頼む」
 シアンとキャノルが話をしていると、何やらいい匂いが部屋に漂い始めた。
「へえ、あの魔道具から臭うな。何だい、あれ」
「あれは、パンなどを焼く窯を小型化した魔道具ですよ。ただ重量があるので、チェリシア様の収納魔法以外では持ち運びが難しい代物ですよ」
 キャノルが訊くので、シアンは答える。キャノルはとても興味深そうに見ている。
「ふーん。って事は、あの箱の素材が問題って事か」
 昼前まで牢に放り込まれていたとは思えないくらい、キャノルはチェリシアやシアンたちと馴染んでいるような感じだった。
 アイリスの時もそうだったが、このキャノルも長い付き合いになりそうな雰囲気だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

元悪役令嬢はオンボロ修道院で余生を過ごす

こうじ
ファンタジー
両親から妹に婚約者を譲れと言われたレスナー・ティアント。彼女は勝手な両親や裏切った婚約者、寝取った妹に嫌気がさし自ら修道院に入る事にした。研修期間を経て彼女は修道院に入る事になったのだが彼女が送られたのは廃墟寸前の修道院でしかも修道女はレスナー一人のみ。しかし、彼女にとっては好都合だった。『誰にも邪魔されずに好きな事が出来る!これって恵まれているんじゃ?』公爵令嬢から修道女になったレスナーののんびり修道院ライフが始まる!

拾ったメイドゴーレムによって、いつの間にか色々されていた ~何このメイド、ちょっと怖い~

志位斗 茂家波
ファンタジー
ある日、ひょんなことで死亡した僕、シアンは異世界にいつの間にか転生していた。 とは言え、赤子からではなくある程度成長した肉体だったので、のんびり過ごすために自給自足の生活をしていたのだが、そんな生活の最中で、あるメイドゴーレムを拾った。 …‥‥でもね、なんだろうこのメイド、チートすぎるというか、スペックがヤヴァイ。 「これもご主人様のためなのデス」「いや、やり過ぎだからね!?」 これは、そんな大変な毎日を送る羽目になってしまった後悔の話でもある‥‥‥いやまぁ、別に良いんだけどね(諦め) 小説家になろう様でも投稿しています。感想・ご指摘も受け付けますので、どうぞお楽しみに。

放置された公爵令嬢が幸せになるまで

こうじ
ファンタジー
アイネス・カンラダは物心ついた時から家族に放置されていた。両親の顔も知らないし兄や妹がいる事は知っているが顔も話した事もない。ずっと離れで暮らし自分の事は自分でやっている。そんな日々を過ごしていた彼女が幸せになる話。

処理中です...