逆行令嬢と転生ヒロイン

未羊

文字の大きさ
上 下
199 / 443
第八章 二年次

第196話 成り代わり

しおりを挟む
「ただいま戻りました、ロゼリア様」
 ロゼリアの部屋へやって来たシアンは、そう挨拶をする。
「ええ、お疲れ様、シアン」
 ロゼリアは普通にシアンを労う。後ろではチェリシアと別の使用人が、クッキーと紅茶を準備している。
 お茶の準備が整うと、準備を手伝っていた使用人が頭を下げて「ごゆっくり」と言って部屋を出ていく。
 三人が腰を掛けたところで、
「チェリシア」
 とロゼリアが言う。すると、チェリシアが人差し指を立てて手を振るう。ぽおっと淡い光が出て、部屋に防音魔法が掛けられた。
「念の為の防音魔法よ、シアン」
 ロゼリアがすまし顔で言う。
「では、アクアマリンでの報告を聞かせてもらえるかしら」
「畏まりました」
 シアンは鞄から紙の束を取り出した。その束を受け取ったロゼリアは、じっくりと目を通していく。
「……シアンのお兄様は、あの魔物氾濫を感知してましたのね」
「……はい。あまりの規模なので、すぐに私兵を編成しようとなさりました」
 ロゼリアはその答えを聞きながらも、書類に次々と目を通していく。自領で起きた魔物氾濫ではあるが、その発生の仕方に違和感を感じて、すぐに内部調査を行ったようである。
 シアンが言うには、魔物氾濫がすぐに収まるのを感じ取ると、すぐさま内部の調査に乗り出したらしい。
 さすがは魔法に長けた一族である。人工的な魔物氾濫である事を見抜いていた。直前まで感じられなかった事で、内部に関わった人物が居る事まで見抜き、その摘発に動いたそうだ。
「でも、内部犯は見つけられなかったのね」
「はい、残念ながら……」
 シアンからの報告書を見る限り、見つけられなかったようだ。相手は魔法のエキスパートすら欺いてみせたというわけだ。これは厄介すぎる相手である。
「こっちはあの一件でカーボニル家が断絶になったけど、パープリアとの繋がりは見出せなかったわ。ここのところの失敗で焦っているはずなのに、なかなか尻尾を掴めないなんて、本当に厄介な相手だわ」
「つまり、子爵様の元にもパープリアの手の者が紛れているとお考えですか?」
「ええ。少なくとも私たちはそう考えているわ」
 無表情で尋ねてくるシアンに、ロゼリアは同じように無表情で返す。
「しかし、甘く見られたものね、
 次の瞬間、ロゼリアの瞳が鋭く光る。それと同時に、近くのクローゼットの扉が開き、誰かが飛び出してきた。
「なっ、なぜ生きている!」
 シアンが驚いて問い掛ける。
 ……が、そこに居たのはシアンだった。
「あの程度で私を殺せると思ってましたか?」
「えっ、えっ、シアンさんが二人?」
 チェリシアが面食らっていた。二人のシアンをそれぞれ見比べている。
「シアンは前日に帰って来てたのよ。途中で刺客に襲われて、鞄を奪われたって言ってね」
「ええ?!」
 チェリシアが驚き声を上げる。
「普通ならそう言ってきたら怪しむところだけど、すぐに本物のシアンと分かったわ。チェリシアの魔法が掛かっているからね」
「あっ!」
 どうやらチェリシアは、自分が掛けた防護魔法の事を忘れていたらしい。チェリシアの反応に、ロゼリアは額を手で押さえていた。
 なるほど、チェリシアの防護魔法は、気付かれにくい場所に魔道具のアクセサリーとして身に付けていたので、成り代わった人物も気付けなかったというわけなのだ。これには偽者のシアンはガックリと項垂れた。
「くっ、もはやこれまでか」
 やけになって何かを試みる偽シアン。しかし、
「なっ、ばかな、魔法が発動しない!」
 そう、使おうとした魔法が発動しないのだ。あまりのお間抜けっぷりに、ロゼリアの顔が悪く微笑む。
「チェリシアに仕掛けてもらったのが、ただの防音魔法とお思いで?」
「なんだと?!」
 偽シアンが驚くのも仕方がない。
 チェリシアが仕掛けた魔法は、ただの防音魔法ではなかった。密談の場という事で、邪魔されるのは困るので、悪意も排除するためにそういった類を封じ込めるという防護魔法も掛けられていたのだ。なので、刺客の明確な悪意の乗った魔法は、詠唱も発動も妨げられたのである。
「報告書自体は弄られたところは無いし、シアンが集めた物で間違いないわね。というわけで、あなたにはこの報告書以上の情報を期待するわね」
 ロゼリアはにっこりと笑う。その姿に、チェリシアは寒気がして身震いをする。笑顔なのにまったく笑っていないのだ。そして、偽シアンは本物のシアンが魔法で出したロープにぐるぐる巻きにされた上、念の為に猿ぐつわと目隠しもされて牢へと連れられていった。
「……多分、あいつがアクアマリン子爵への認識阻害を仕掛けてた犯人ね」
 ロゼリアは犯人が送られていく様を見ながら、そう漏らす。
「私を確実に狙っていたので、私もそのように思います」
 シアンは命を狙われたのに、冷静にロゼリアに同意を示した。うん、これは間違いなくシアンさんだと、チェリシアは感じた。
「それでは、改めて報告を聞きましょうか。チェリシアの焼いたクッキーでも頂きながらでも」
「はい、畏まりました」
 こうして、本物のシアンによる、アクアマリン子爵邸での報告が始まった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

あなた方はよく「平民のくせに」とおっしゃいますが…誰がいつ平民だと言ったのですか?

水姫
ファンタジー
頭の足りない王子とその婚約者はよく「これだから平民は…」「平民のくせに…」とおっしゃられるのですが… 私が平民だとどこで知ったのですか?

拝啓、お父様お母様 勇者パーティをクビになりました。

ちくわ feat. 亜鳳
ファンタジー
弱い、使えないと勇者パーティをクビになった 16歳の少年【カン】 しかし彼は転生者であり、勇者パーティに配属される前は【無冠の帝王】とまで謳われた最強の武・剣道者だ これで魔導まで極めているのだが 王国より勇者の尊厳とレベルが上がるまではその実力を隠せと言われ 渋々それに付き合っていた… だが、勘違いした勇者にパーティを追い出されてしまう この物語はそんな最強の少年【カン】が「もう知るか!王命何かくそ食らえ!!」と実力解放して好き勝手に過ごすだけのストーリーである ※タイトルは思い付かなかったので適当です ※5話【ギルド長との対談】を持って前書きを廃止致しました 以降はあとがきに変更になります ※現在執筆に集中させて頂くべく 必要最低限の感想しか返信できません、ご理解のほどよろしくお願いいたします ※現在書き溜め中、もうしばらくお待ちください

異世界転生してしまったがさすがにこれはおかしい

増月ヒラナ
ファンタジー
不慮の事故により死んだ主人公 神田玲。 目覚めたら見知らぬ光景が広がっていた 3歳になるころ、母に催促されステータスを確認したところ いくらなんでもこれはおかしいだろ!

ねえ、今どんな気持ち?

かぜかおる
ファンタジー
アンナという1人の少女によって、私は第三王子の婚約者という地位も聖女の称号も奪われた 彼女はこの世界がゲームの世界と知っていて、裏ルートの攻略のために第三王子とその側近達を落としたみたい。 でも、あなたは真実を知らないみたいね ふんわり設定、口調迷子は許してください・・・

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

スキルポイントが無限で全振りしても余るため、他に使ってみます

銀狐
ファンタジー
病気で17歳という若さで亡くなってしまった橘 勇輝。 死んだ際に3つの能力を手に入れ、別の世界に行けることになった。 そこで手に入れた能力でスキルポイントを無限にできる。 そのため、いろいろなスキルをカンストさせてみようと思いました。 ※10万文字が超えそうなので、長編にしました。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

処理中です...