198 / 431
第八章 二年次
第195話 マゼンダ邸にて
しおりを挟む
依頼の報酬の交渉も終わり、ストンが持ってきた調理窯を持って、チェリシアはマゼンダ侯爵家を訪れた。今日のロゼリアは、屋敷で勉強しているはずだからだ。
チェリシアがマゼンダ家を訪れた理由は一つ。マゼンダ商会の仕事を一人で決めるわけにはいかなかったからだ。ペシエラも含めて三人での共同経営が、マゼンダ商会の実態だ。もちろん、ヴァミリオやプラウス、その妻たち、両家の使用人たちも関わっているが、実質的な経営者は、ロゼリア、チェリシア、ペシエラの三人なのである。
「あら、チェリシア。今日は商会で新しい商品の開発をしてるんじゃなかったの?」
ロゼリアが勉強に一段落つけて、やって来たチェリシアを出迎えた。
「いや、ね。ストンさんが調理窯の改良品を持ってきてくれたから、ロゼリアにも見せておこうと思って」
「調理窯の改良品?」
ちょっと焦り気味に言うチェリシアの言葉に、ロゼリアは食いついた。
「うん。とは言っても重量面の話なんだけど、ストンさんが両手で抱えて持てるくらいだから、だいぶ軽くなってるよ」
チェリシアが説明すると、ロゼリアは椅子に深く腰掛け直す。
「腕っ節のある職人が両手で抱える……か。でも、確かに前回は二人がかりだったから、軽くなったと言えばそうね」
ロゼリアも納得したようだ。そして、背もたれから少し体を離すと、
「で、これからそれを使おうって話よね。いいわよ、ちょうど息抜きしたいところだったから」
チェリシアの意図を汲んで、ロゼリアは椅子から立ち上がった。
「わあーい、あり……」
「ただし、終わったらあなたも勉強よ、チェリシア。赤点寸前だった事を忘れないでよ?」
「うっ……」
喜ぼうとしたのも束の間、ロゼリアによって差し込まれた言葉に、チェリシアは一気に現実に引き戻されたのだった。
「ううっ……、頑張ります」
チェリシアは力無くしょぼくれる。赤点を取りかける方が悪いので、ロゼリアはその点に関しては厳しい。
「まったく。領地改革に新しい発明をあれこれしてる人が、普通の貴族なら必須の項目で落第してたのでは、示しがつきませんからね。貴族はそういう点に重きを置く者が多いのです。気をつけて下さいな」
「はい、ロゼリア様……」
チェリシアは完全に俯いて沈み込んでいる。
「まっ、お説教はこのくらいにしておいて、お腹ぎ空きましたし、その小型調理窯でおやつでも作ってくれないかしら」
ロゼリアは言いたい事だけ言い終わると、ウインクしてチェリシアの方をチラチラと見る。その姿がおかしくて、チェリシアはつい笑顔になってしまった。
厨房に移動したチェリシアは、収納魔法から改良された調理窯を取り出す。最初の物とは違い、銀色に輝くその窯は、どこか洗練された美しさを持っているように見えた。
おやつとして焼き上げたのは、イチゴのジャムを乗せたクッキーだった。調理窯の大きさはそれほどでもないが、一度に十数枚を焼き上げられる。焼き上がりの見た目は申し分ないし、薪を使った窯に比べても遜色のない仕上がりである。
「私の居た世界には家庭用のこういった物が普及してたから、一家に一台レベルで存在してたわね」
「へぇ、それはすごいわね」
クッキーを二度焼き上げながら、チェリシアとロゼリアは会話を交わす。
さて、クッキーを食べようとしたその時だった。突然、厨房の扉が叩かれる。
「どうしました」
「ロゼリア様、シアンが戻られました」
ここまで姿を見せなかったシアン。実は合宿後もしばらくアクアマリン邸に残っていたのだ。というのも、アクアマリン子爵の近くに怪しい存在が居る疑いが出たため。それを調べるために残留していたのだ。そして、その任務が落ち着いたために、今戻ってきたというわけである。
「そう、戻ってきたのね。通してちょうだい」
「畏まりました」
ここではたっとロゼリアは一瞬動きを止める。
「いや、厨房でする話ではないわね、シアンに私の部屋に来るように伝えて」
「はっ、畏まりました」
使用人が厨房を出ていく。
きょとんとしていたチェリシアだったが、ロゼリアの表情を見て察したのか、調理窯と焼き上げたクッキーを収納魔法にしまって立ち上がる。
そして、紅茶を用意するように厨房に居た使用人に伝えると、ロゼリアとチェリシアは部屋へと移動するのだった。
チェリシアがマゼンダ家を訪れた理由は一つ。マゼンダ商会の仕事を一人で決めるわけにはいかなかったからだ。ペシエラも含めて三人での共同経営が、マゼンダ商会の実態だ。もちろん、ヴァミリオやプラウス、その妻たち、両家の使用人たちも関わっているが、実質的な経営者は、ロゼリア、チェリシア、ペシエラの三人なのである。
「あら、チェリシア。今日は商会で新しい商品の開発をしてるんじゃなかったの?」
ロゼリアが勉強に一段落つけて、やって来たチェリシアを出迎えた。
「いや、ね。ストンさんが調理窯の改良品を持ってきてくれたから、ロゼリアにも見せておこうと思って」
「調理窯の改良品?」
ちょっと焦り気味に言うチェリシアの言葉に、ロゼリアは食いついた。
「うん。とは言っても重量面の話なんだけど、ストンさんが両手で抱えて持てるくらいだから、だいぶ軽くなってるよ」
チェリシアが説明すると、ロゼリアは椅子に深く腰掛け直す。
「腕っ節のある職人が両手で抱える……か。でも、確かに前回は二人がかりだったから、軽くなったと言えばそうね」
ロゼリアも納得したようだ。そして、背もたれから少し体を離すと、
「で、これからそれを使おうって話よね。いいわよ、ちょうど息抜きしたいところだったから」
チェリシアの意図を汲んで、ロゼリアは椅子から立ち上がった。
「わあーい、あり……」
「ただし、終わったらあなたも勉強よ、チェリシア。赤点寸前だった事を忘れないでよ?」
「うっ……」
喜ぼうとしたのも束の間、ロゼリアによって差し込まれた言葉に、チェリシアは一気に現実に引き戻されたのだった。
「ううっ……、頑張ります」
チェリシアは力無くしょぼくれる。赤点を取りかける方が悪いので、ロゼリアはその点に関しては厳しい。
「まったく。領地改革に新しい発明をあれこれしてる人が、普通の貴族なら必須の項目で落第してたのでは、示しがつきませんからね。貴族はそういう点に重きを置く者が多いのです。気をつけて下さいな」
「はい、ロゼリア様……」
チェリシアは完全に俯いて沈み込んでいる。
「まっ、お説教はこのくらいにしておいて、お腹ぎ空きましたし、その小型調理窯でおやつでも作ってくれないかしら」
ロゼリアは言いたい事だけ言い終わると、ウインクしてチェリシアの方をチラチラと見る。その姿がおかしくて、チェリシアはつい笑顔になってしまった。
厨房に移動したチェリシアは、収納魔法から改良された調理窯を取り出す。最初の物とは違い、銀色に輝くその窯は、どこか洗練された美しさを持っているように見えた。
おやつとして焼き上げたのは、イチゴのジャムを乗せたクッキーだった。調理窯の大きさはそれほどでもないが、一度に十数枚を焼き上げられる。焼き上がりの見た目は申し分ないし、薪を使った窯に比べても遜色のない仕上がりである。
「私の居た世界には家庭用のこういった物が普及してたから、一家に一台レベルで存在してたわね」
「へぇ、それはすごいわね」
クッキーを二度焼き上げながら、チェリシアとロゼリアは会話を交わす。
さて、クッキーを食べようとしたその時だった。突然、厨房の扉が叩かれる。
「どうしました」
「ロゼリア様、シアンが戻られました」
ここまで姿を見せなかったシアン。実は合宿後もしばらくアクアマリン邸に残っていたのだ。というのも、アクアマリン子爵の近くに怪しい存在が居る疑いが出たため。それを調べるために残留していたのだ。そして、その任務が落ち着いたために、今戻ってきたというわけである。
「そう、戻ってきたのね。通してちょうだい」
「畏まりました」
ここではたっとロゼリアは一瞬動きを止める。
「いや、厨房でする話ではないわね、シアンに私の部屋に来るように伝えて」
「はっ、畏まりました」
使用人が厨房を出ていく。
きょとんとしていたチェリシアだったが、ロゼリアの表情を見て察したのか、調理窯と焼き上げたクッキーを収納魔法にしまって立ち上がる。
そして、紅茶を用意するように厨房に居た使用人に伝えると、ロゼリアとチェリシアは部屋へと移動するのだった。
0
お気に入りに追加
83
あなたにおすすめの小説
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。
克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位
11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位
11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位
11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~
イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」
どごおおおぉっ!!
5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略)
ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。
…だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。
それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。
泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ…
旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは?
更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!?
ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか?
困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語!
※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください…
※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください…
※小説家になろう様でも掲載しております
※イラストは湶リク様に描いていただきました
捨てられた侯爵夫人の二度目の人生は皇帝の末の娘でした。
クロユキ
恋愛
「俺と離婚して欲しい、君の妹が俺の子を身籠った」
パルリス侯爵家に嫁いだソフィア・ルモア伯爵令嬢は結婚生活一年目でソフィアの夫、アレック・パルリス侯爵に離婚を告げられた。結婚をして一度も寝床を共にした事がないソフィアは白いまま離婚を言われた。
夫の良き妻として尽くして来たと思っていたソフィアは悲しみのあまり自害をする事になる……
誤字、脱字があります。不定期ですがよろしくお願いします。
【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断
Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。
23歳の公爵家当主ジークヴァルト。
年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。
ただの女友達だと彼は言う。
だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。
彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。
また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。
エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。
覆す事は出来ない。
溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。
そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。
二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。
これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。
エルネスティーネは限界だった。
一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。
初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。
だから愛する男の前で死を選ぶ。
永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。
矛盾した想いを抱え彼女は今――――。
長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。
センシティブな所へ触れるかもしれません。
これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる