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第八章 二年次
第193話 確認のはずが……
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王宮の厨房に魔石による調理窯を設置してから、チェリシアはペシエラに付き添っては厨房に行き、窯のチェックとメンテナンスを行っていた。なにせ新しい技術を詰め込んだ大きな魔道具だ。未知な事が多すぎて、どうなるのかまったく想像できなかったからだ。
それにしても、あの厳しいと聞いている女王教育を受けているペシエラは、終わった後はいつもケロッとした顔をしている。二度目とはいえかなりタフだ。
「ペシエラ、大丈夫? 無理そうだったら早めに言ってね?」
チェリシアは帰りに合流する時に、そうペシエラに声を掛ける。するとペシエラは、
「お姉様、ご心配ありがとうございます。ですが、まったくもって平気ですのでご安心下さいませ」
やはり問題ないという答えが返ってきた。
「妹が頑丈すぎる……」
「お姉様? それ、褒めてませんわよ」
ショックの大きな青ざめた顔をしながら言うので、ペシエラがチェリシアを諌めていた。
「あら、お姉様、それ……」
ペシエラは、凹みまくるチェリシアが手に持つ物に気が付いた。
実はこれ、調理窯の確認ついでに焼いたフルーツケーキである。チェリシアが持ち込んだ異世界の知識である生クリームとジャムに、マゼンダ領特産のフルーツをふんだんに盛り付けた甘いケーキなのである。ペシエラが疲れていたら食べてもらおうと思って、チェリシアは焼いていたようだ。
「……本当にお姉様は、変なところで頑張るんですのね」
ペシエラは呆れていたが、
「しかし、せっかくのお姉様のお手製ですもの。ちょっと殿下に声を掛けてきますわ」
そう言って、シルヴァノの居る部屋へと歩き始めた。
「ちょっと、ペシエラ、待って」
チェリシアは慌てて収納魔法にケーキをしまうと、ペシエラの後を追いかけた。
「やあ、よく来てくれたね。ペシエラ、それにチェリシアも」
シルヴァノが笑顔で出迎えてくる。
「私と殿下は婚約者ですもの。頻繁とまではいかなくても、時々出会うのは当然ではありませんか」
すまし顔で話すペシエラだが、どこか照れくさそうなのは気のせいだろうか。
「あ、あの、調理窯の件、本当にありがとうございました」
チェリシアは慌て気味に頭を下げて礼を言う。すると、シルヴァノはこれに対しても柔らかい笑みを浮かべて、
「当然だよ。君たちがする事は国のために、そして民のためになる。だからこそ協力は惜しまないよ」
さも当然と言い切った。いや、本当に笑顔が眩しい。これが王子様スマイルというやつなのだ。破壊力が凄まじい。
(本当に私もですが、殿下も逆行前とは随分と変わりましたのね。こんなに落ち着いた雰囲気なんてありませんでしたのに)
目の前のシルヴァノを見ながら、ペシエラは逆行前との違いに単純に驚くしかなかった。
ひと通り挨拶が終わったところで、チェリシアが話を切り出す。
「あ、あの。先程、調理窯の確認を兼ねてケーキを焼きましたので、いかがでしょうか」
チェリシアは収納魔法から、さっき焼いたケーキを取り出した。ふんだんに果物を盛り付けた、真っ白なケーキだ。
「すごい、こんなケーキは見た事がないね」
シルヴァノは目を丸くした。
「はい。カイスで飼い始めた牛の乳を使ったクリームを使いました。それに加えて、マゼンダ領で採れた果物をジャムにして挟み込んだり、細かに切り分けて盛り付けたものになります」
以前と比べて安全性が増したため、家畜を飼い始めたカイス。牛と豚と鶏そのもの、または似た動物が居たので畜産業を始めていたのだ。学園に入学前の話だったので、今ではすっかり定着しており、シェリアくらいまでなら卵や肉、牛乳などが流通するようになっていた。だが、鮮度の関係でそれ以上の輸送は困難なので、コーラル領以外への流通は、今のところ牛乳を加工したチーズくらいである。
「これは、私たち三人で食べるにはちょっと大きいですね。父上、母上たちに声を掛けてきましょう」
「えっえっ、あの、殿下?」
シルヴァノが立ち上がって出て行ったので、チェリシアは混乱していていた。
「……お姉様。これは覚悟を決めておいた方がいいですわ。きっと夜会などでも出す事になりますから、王宮料理人たちに作り方を教えておいた方がいいですわよ」
ため息混じりにペシエラはアドバイスをしておく。
結局のところ、実際に王宮料理として採用され、事あるごとに振る舞われるようになったのは言うまでもない話であった。
それにしても、あの厳しいと聞いている女王教育を受けているペシエラは、終わった後はいつもケロッとした顔をしている。二度目とはいえかなりタフだ。
「ペシエラ、大丈夫? 無理そうだったら早めに言ってね?」
チェリシアは帰りに合流する時に、そうペシエラに声を掛ける。するとペシエラは、
「お姉様、ご心配ありがとうございます。ですが、まったくもって平気ですのでご安心下さいませ」
やはり問題ないという答えが返ってきた。
「妹が頑丈すぎる……」
「お姉様? それ、褒めてませんわよ」
ショックの大きな青ざめた顔をしながら言うので、ペシエラがチェリシアを諌めていた。
「あら、お姉様、それ……」
ペシエラは、凹みまくるチェリシアが手に持つ物に気が付いた。
実はこれ、調理窯の確認ついでに焼いたフルーツケーキである。チェリシアが持ち込んだ異世界の知識である生クリームとジャムに、マゼンダ領特産のフルーツをふんだんに盛り付けた甘いケーキなのである。ペシエラが疲れていたら食べてもらおうと思って、チェリシアは焼いていたようだ。
「……本当にお姉様は、変なところで頑張るんですのね」
ペシエラは呆れていたが、
「しかし、せっかくのお姉様のお手製ですもの。ちょっと殿下に声を掛けてきますわ」
そう言って、シルヴァノの居る部屋へと歩き始めた。
「ちょっと、ペシエラ、待って」
チェリシアは慌てて収納魔法にケーキをしまうと、ペシエラの後を追いかけた。
「やあ、よく来てくれたね。ペシエラ、それにチェリシアも」
シルヴァノが笑顔で出迎えてくる。
「私と殿下は婚約者ですもの。頻繁とまではいかなくても、時々出会うのは当然ではありませんか」
すまし顔で話すペシエラだが、どこか照れくさそうなのは気のせいだろうか。
「あ、あの、調理窯の件、本当にありがとうございました」
チェリシアは慌て気味に頭を下げて礼を言う。すると、シルヴァノはこれに対しても柔らかい笑みを浮かべて、
「当然だよ。君たちがする事は国のために、そして民のためになる。だからこそ協力は惜しまないよ」
さも当然と言い切った。いや、本当に笑顔が眩しい。これが王子様スマイルというやつなのだ。破壊力が凄まじい。
(本当に私もですが、殿下も逆行前とは随分と変わりましたのね。こんなに落ち着いた雰囲気なんてありませんでしたのに)
目の前のシルヴァノを見ながら、ペシエラは逆行前との違いに単純に驚くしかなかった。
ひと通り挨拶が終わったところで、チェリシアが話を切り出す。
「あ、あの。先程、調理窯の確認を兼ねてケーキを焼きましたので、いかがでしょうか」
チェリシアは収納魔法から、さっき焼いたケーキを取り出した。ふんだんに果物を盛り付けた、真っ白なケーキだ。
「すごい、こんなケーキは見た事がないね」
シルヴァノは目を丸くした。
「はい。カイスで飼い始めた牛の乳を使ったクリームを使いました。それに加えて、マゼンダ領で採れた果物をジャムにして挟み込んだり、細かに切り分けて盛り付けたものになります」
以前と比べて安全性が増したため、家畜を飼い始めたカイス。牛と豚と鶏そのもの、または似た動物が居たので畜産業を始めていたのだ。学園に入学前の話だったので、今ではすっかり定着しており、シェリアくらいまでなら卵や肉、牛乳などが流通するようになっていた。だが、鮮度の関係でそれ以上の輸送は困難なので、コーラル領以外への流通は、今のところ牛乳を加工したチーズくらいである。
「これは、私たち三人で食べるにはちょっと大きいですね。父上、母上たちに声を掛けてきましょう」
「えっえっ、あの、殿下?」
シルヴァノが立ち上がって出て行ったので、チェリシアは混乱していていた。
「……お姉様。これは覚悟を決めておいた方がいいですわ。きっと夜会などでも出す事になりますから、王宮料理人たちに作り方を教えておいた方がいいですわよ」
ため息混じりにペシエラはアドバイスをしておく。
結局のところ、実際に王宮料理として採用され、事あるごとに振る舞われるようになったのは言うまでもない話であった。
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