逆行令嬢と転生ヒロイン

未羊

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第八章 二年次

第192話 魔法の調理窯

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 小型の調理窯での実験を終えたチェリシアは、その二日後、ペシエラの女王教育のおまけで王宮を訪れていた。王宮の厨房に新しい調理窯が完成したらしいのだ。ちなみに、お目付役でロゼリアも同行している。
「おう、来たか。一応、嬢ちゃんから受けた説明通りの設計で作ってみたぞ」
 目の前にあるのは、既存の調理窯と同じれんが造りの調理窯だが、煙突が無い。だが、一応匂いが発生するので、それを逃す機構は設けられている。
 窯の中を見てみれば、魔石を埋め込む窪みが確保されており、そこには金属の蓋が設置されていた。しかし、灯りがないと中が見えないくらいに暗い。こればかりはどうしようもなかった。
 チェリシアは光魔法で灯りを取り、魔法銀の台座に魔石を設置していく。内部の魔石は全部で十一個だ。その取り付けが終わると、外側のスイッチ部分にも魔石を取り付けていく。場所と温度によって魔石が異なる。左側から左、奥、手前、右の順に並び、上から二百五十度、百八十度、余熱、切りと並んでいる。
「いやー、これだけの魔法銀を扱うなんてなかなかないから緊張したぞ」
 施工を担当した王国屈指の加工師であるストンが、腰に手を当ててそう言っている。トップクラスの加工師が言うのだから、間違いないのだろう。
「ルゼって子だっけか。ドール商会もなかなかな人員を手に入れたもんだな」
 ガハハっと笑っているが、目の前のチェリシアたちはマゼンダ商会の人間なので、ドール商会の人間ではない。大丈夫か、このおっさん。
「ルゼさんは、私どもマゼンダ商会からドール商会のために派遣した人材です。そのルゼを褒めて頂けた事は嬉しく思います」
 ロゼリアがトゲトゲしく言う。顔が笑ってないし、青筋が出ている。間違いなくこれは怒っている。なので、慌ててチェリシアが前に出る。
「ま、まあ、ここまでの物を作って頂いたので、早速使ってみましょう。ね、ロゼリア」
「……そうね」
 とりあえず気は逸らしたが、ロゼリアの言葉にはまだトゲがあった。
(ロゼリアがこれだけ怒ってるって……。このおじさん、すごいわ)
 チェリシアは正直どうしたらいいか分からなかった。何とも気まずい雰囲気が漏れているが、もう無視して調理窯の試運転をする事にした。
 小型の調理窯の時と同じようにパンとピザを作るが、窯が大きいので左右を同時に使って焼き上げる。厨房に居る少人数相手だからこそできる試運転だ。
 十分後、パンもピザも焼き上がったので試食をする。どちらも程よい焼き目が付いており、双方が適切な温度で調理された事が分かる。焼き上がったパンとピザは、焦げ付いたり生焼けになったりしていなかった。
「すごい。薪を使っていないのにちゃんと焼けている!」
「このピザという物の味、なかなか堪りませんわ」
「はふっはふっ、熱い、熱いぞっ!」
 料理人やストンたちからはそれはそれは好評だった。ちゃんと設定した温度で綺麗に焼き上がっていたし、その温度が干渉し合う事もなかった。
 それ以外にも、容量いっぱいにパンを焼いてみたり、パイを焼いてみたり、クッキーを焼いてみたりしてみたが、どれもこれもいい感じに焼き上がり、しかもおいしかった。
 実験は成功である。
「これはすごいですね。薪を使った窯にも劣らない焼き上がりですし、中まで十分熱が伝わっています」
 王宮調理人から絶賛された。
「薪も使わずに物が焼けるなんてのは驚いたな」
「あら、火の魔法があるのに?」
「長時間、魔法を使い続けようと思う人は居ませんし、できる人も居ませんから」
「あ、そっか」
 チェリシアが疑問をぶつけたら即答された。しかし、その答えはとても納得のいくものだった。
「しかし、こいつを設置しようとしたらいくらかかるのか想像つかねえな。魔石は数が必要だし、この量の魔法銀だ、とんでもない価格になるぞ」
 確かにその通りだ。魔石こそ銀貨数枚から数十枚という価格が主流だが、今回使った魔石は金貨数枚レベルの高級品だ。魔法銀にしても、親指一本分の量で高純度の鉄で打った剣が十本程度は楽に買える。今回使った量は意外と多く、同じ魔力伝導性の高い銅との合金とはいえ、それこそ白金貨級の価格になる。
 ちなみに、銅、銀、金、白金の順に価値が高くなり、百枚集めると上位硬貨になる。つまり、魔法銀の価値だけが明らかにおかしいという事である。それくらいの希少金属なのだ。
「……魔力の伝導方法は、再検討させて頂きます」
 チェリシアの顔が引き攣っていた。
 なにはともあれ、一応魔石を使った調理窯は完成した。しかし、価格が化け物じみた金額になるのはどうにかしたい。なので、改良の余地がたくさんあるようだ。
 ちなみにこの後、試験的に作った小型の調理窯を見たストンが、目を輝かせて走り去っていった。職人魂に火が付いたようだ。
 このほぼ一週間後、軽量化に成功した調理窯をマゼンダ商会に持ち込んできた。これが後々に大活躍するなど、この時点では誰も考えていなかった。
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