逆行令嬢と転生ヒロイン

未羊

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第八章 二年次

第174話 プラティナの焦り

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 その日はただひたすらに木偶人形に対して剣を振るうだけで終わった。いくらやっても、ペシエラが斬り裂いたような剣筋を、プラティナは再現する事はできなかった。あの剣筋は力任せではない事は見抜けたが、その仕組みがいまいち掴めなかったのだ。
(あれが、婚約者となった者の腕前なのかしら)
 一日の疲れを癒しながら、プラティナは天井を見上げていた。
 騎士団の一員として国を支えるスノーフィールド公爵家。その第二子の長女として生まれたプラティナ。父親のように騎士団に所属し、国を支える一員となる事を夢見たプラティナは、幼少時から剣や魔法の鍛錬に打ち込んだ。そのために同年代では、特に同じ女性の中ではトップクラスの実力になっていた。
 その彼女前に、彗星の如く現れたのが、三つも年下のペシエラだった。桁外れの魔力に並外れた剣術の腕前。自分の遥か上をいくその少女に、プラティナは嫉妬と憧れの感情を抱いた。
 お茶会を開くなどしてペシエラの様子を観察していたプラティナだったが、ペシエラが普段の生活の中で傲慢に振る舞う様子を見る事はなかった。よく一緒に居る姉のチェリシアや姉の友人であるロゼリアとのやり取りを見かける事もあったが、少々偉そうな態度ではあるが、性格に問題がありそうなところを見つける事はできなかった。
 能力があり、それでいて人格的にも成熟しているペシエラだからこそ、己のプライドを捨ててでも手解きを頼み込んだである。
 プラティナがペシエラに頭を下げる理由は他にもある。
 それは、ペシエラの侍女を務めるアイリスの存在だ。父親から武術大会の時の事を聞かされた時、正直耳を疑った。突如として現れた銀色の狼を、アイリスは従えてみせたのだから。
 去年の合宿の時に一緒に居たので、プラティナもあの侍女がアイリス・パープリアである事は知っている。そのアイリスは、ペシエラに対して刃を向けた人物である。それがああもおとなしく侍女に収まっているのだから、プラティナの感覚では不思議でならなかった。
 ペシエラもそうだが、その姉チェリシアと友人のロゼリア、この二人もなかなかに理解し難い人物である。
 ロゼリアは侯爵家の人間であり、幼少時にプラティナは出会った事がある。その時の印象では、相手が格上の公爵家でも遠慮のないわがままお嬢様だったはずなのだが、今はどっちかと言うと遠慮する事もある落ち着いた令嬢のように見える。
 チェリシアは子爵から伯爵に陞爵されたコーラル家の長女で、出会う前の印象は田舎令嬢というものだった。しかし、いざ会ってみれば行動が読めないし、反応もよく分からない。それであって発想も自由でつかみどころのない、何と言うか破天荒ともいえる令嬢だった。だからこそ、ペシエラはそんな姉を見て真面目になったのだろうと、プラティナは考えていた。
 ところがだ。実際に見たペシエラの剣や魔法の腕前は、それだけでは到底説明がつかないレベルのものだった。使う魔法は規格外。それでいて、剣の腕前も年上の男性を圧倒する水準のもの。プラティナはすっかり魅せられていた。ペシエラの剣は、偏見すらも斬り裂いてみせた。
 プラティナは、夕食後、たまらず剣を持って建物の外に出ていた。その日見せられた剣筋を、忘れないうちに自分のものにするためである。振り下ろしや横薙ぎ、プラティナはあらゆる角度に剣を振る。そのどれも体がぶれずにきれいに鋭く放たれている。
「違う。ペシエラ様の剣はこんなものじゃないわ」
 息が上がり、肩で呼吸するプラティナ。自分とペシエラの剣の違いが分からずに、どこか焦りを感じでいる。
「プラティナ様、何のための魔法ですか?」
「えっ?」
 プラティナが振り返ると、そこにはペシエラが立っていた。
「自分の振るう剣に、自身の魔力を上乗せするのですわ。属性に変化する前の、純粋な自分の魔力で覆うのですわ。それが、私の剣の秘密でしてよ」
 ペシエラの言葉は、プラティナにとっては新鮮なものだった。剣を魔力で覆う。真面目なプラティナには思いつかない事だった。
「明日はそこを中心に特訓ですわね。今日はお風呂に入って休んで下さいませ。万全でないと、私の教えにはついて来れませんわよ」
 ペシエラはそう言って、別荘へと入っていく。プラティナはしばらく、その場で剣を眺めていた。
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