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第七章 一年次・後半
第146話 不穏な動き
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「くそっ! なんだあのバカでかい狼はっ! 仕掛けておいた罠も潰されて、無駄打ちになったではないかっ!」
三十代半ばの貴族の男が喚いている。
「アイリスは役立たずな上に死におって……。ヴィオレスは楯突いて出ていきおった。まったく、我が子ながらクズだなっ!」
頭を抱えたり、部屋をうろうろしたりして騒いでいるのはパープリア男爵だった。
王子を殺そうとして策略を立てたにもかかわらず、ことごとく失敗。学園の行事に乗っかって事を運ぼうとしたのだが、そのすべてを阻まれて怒り心頭なのである。
それにしても、我が子をクズ呼ばわりとは、父親はろくでもない男のようだ。
「マゼンダとコーラルの小娘共がっ!!!」
その失敗の影に、ロゼリア、チェリシア、ペシエラの三人が居る事は、パープリア男爵は密偵の報告で把握していた。しかし、邪魔な三人を葬ろうにも、隙が無さすぎて実行できないでいた。なにせ近付く事すらできないのだから。
だからといって、その近辺にも工作を仕掛けようと試みた。しかし、そちらもうまくいかない。話術で巧みに騙そうとしても、どういうわけか看破されるわ論破されるわである。
こうなってくると、裏社会のボスたる男のプライドはズタズタであった。
パープリア男爵家は、何代か前の当主が武勲を上げた事により誕生した、比較的若い叩き上げの家柄である。しかし、その時の当主も含め、野心の高い血脈でもあった。
男爵位を得た男も、本来はアイヴォリー王国を滅ぼすつもりだったはずの傭兵崩れである。それなのに何を間違ったか、偶然が重なって当時の王国を救う事になり、男爵位を得たというわけだ。
なので、外聞では忠誠を誓っているように見せかけて、その実は国家転覆を諦めていない、というわけである。
「伝手を使っていろいろと魔法装具も手に入れたが、まったく、使う奴がカスだと意味がないな……」
パープリアは男爵は爪を噛んでいる。相当にイラついている事が分かる。
「まったく、偶然知ったとはいえ、これでは何のために神獣使いの血筋を引き入れたのかも分からぬ。あやつもまったく邪魔せぬとはいえ協力もせぬし、何を考えておるのだ……」
パープリア男爵はイライラを募らせている。
証拠は何も残してはいないし、自分が疑われる可能性は無いだろうが、次の策略を巡らせるには時間が必要だ。パープリア男爵は腕組みをし、椅子に深くもたれ掛かって考え込んだ。
その時不意に、部屋の扉が叩かれる。
「誰だ」
「旦那様、わたくしめにございます」
「インディか、入れ」
「失礼致します」
扉が開き、初老で執事姿の男が入ってきた。
この男はインディ。パープリア男爵家に仕える執事で、男爵の腹心でもある。彼の家系も男爵と同じ傭兵崩れで、しかもアイヴォリー王国を滅ぼそうとした同士であった。
「旦那様、お耳に入れておきたい事がございます。よろしいでしょうか?」
インディはあえて断りを入れる。よっぽどの事なのだろう。
「なんだ、言ってみろ」
男爵は間髪入れずに発言を許可する。
「実は、アイリスお嬢様が生きていらっしゃるようなのです」
「なんだと?!」
インディの言葉に、男爵は立ち上がって叫んだ。
だが、インディは落ち着いて言葉を続ける。
「確定とは言えませぬが、眼鏡を掛けた桃色の髪の学生がアイリスと呼ばれているようです」
「同名の他人ではないのか?」
「わたくしも疑いましたが、背丈はほぼ同じですし、顔立ちもよく似ています。なにより、そのアイリスという学生は、あのコーラル家の令嬢の侍女らしいのです」
人違いとばっさり切ろうとした男爵だったが、コーラル家の令嬢の侍女と聞いた瞬間に、眉を動かして反応する。
「……確かに怪しいな。方法は問わん、裏を取れ」
「はっ、畏まりました」
男爵がひと睨みすると、インディは静かに部屋を出ていった。
インディが部屋を出ていってしばらく、男爵は再び椅子に深く腰掛ける。
「……コーラルの娘共と行動を共にしているとか、役立たずが裏切ったか?」
男爵は呟く。
「欺いた上で裏切ったというのなら……、次の標的は決まりだな」
パープリア男爵の口が、不気味に弧を描く。そして、静かで狂気を含んだ笑みが、部屋の中にこだまするのであった。
三十代半ばの貴族の男が喚いている。
「アイリスは役立たずな上に死におって……。ヴィオレスは楯突いて出ていきおった。まったく、我が子ながらクズだなっ!」
頭を抱えたり、部屋をうろうろしたりして騒いでいるのはパープリア男爵だった。
王子を殺そうとして策略を立てたにもかかわらず、ことごとく失敗。学園の行事に乗っかって事を運ぼうとしたのだが、そのすべてを阻まれて怒り心頭なのである。
それにしても、我が子をクズ呼ばわりとは、父親はろくでもない男のようだ。
「マゼンダとコーラルの小娘共がっ!!!」
その失敗の影に、ロゼリア、チェリシア、ペシエラの三人が居る事は、パープリア男爵は密偵の報告で把握していた。しかし、邪魔な三人を葬ろうにも、隙が無さすぎて実行できないでいた。なにせ近付く事すらできないのだから。
だからといって、その近辺にも工作を仕掛けようと試みた。しかし、そちらもうまくいかない。話術で巧みに騙そうとしても、どういうわけか看破されるわ論破されるわである。
こうなってくると、裏社会のボスたる男のプライドはズタズタであった。
パープリア男爵家は、何代か前の当主が武勲を上げた事により誕生した、比較的若い叩き上げの家柄である。しかし、その時の当主も含め、野心の高い血脈でもあった。
男爵位を得た男も、本来はアイヴォリー王国を滅ぼすつもりだったはずの傭兵崩れである。それなのに何を間違ったか、偶然が重なって当時の王国を救う事になり、男爵位を得たというわけだ。
なので、外聞では忠誠を誓っているように見せかけて、その実は国家転覆を諦めていない、というわけである。
「伝手を使っていろいろと魔法装具も手に入れたが、まったく、使う奴がカスだと意味がないな……」
パープリアは男爵は爪を噛んでいる。相当にイラついている事が分かる。
「まったく、偶然知ったとはいえ、これでは何のために神獣使いの血筋を引き入れたのかも分からぬ。あやつもまったく邪魔せぬとはいえ協力もせぬし、何を考えておるのだ……」
パープリア男爵はイライラを募らせている。
証拠は何も残してはいないし、自分が疑われる可能性は無いだろうが、次の策略を巡らせるには時間が必要だ。パープリア男爵は腕組みをし、椅子に深くもたれ掛かって考え込んだ。
その時不意に、部屋の扉が叩かれる。
「誰だ」
「旦那様、わたくしめにございます」
「インディか、入れ」
「失礼致します」
扉が開き、初老で執事姿の男が入ってきた。
この男はインディ。パープリア男爵家に仕える執事で、男爵の腹心でもある。彼の家系も男爵と同じ傭兵崩れで、しかもアイヴォリー王国を滅ぼそうとした同士であった。
「旦那様、お耳に入れておきたい事がございます。よろしいでしょうか?」
インディはあえて断りを入れる。よっぽどの事なのだろう。
「なんだ、言ってみろ」
男爵は間髪入れずに発言を許可する。
「実は、アイリスお嬢様が生きていらっしゃるようなのです」
「なんだと?!」
インディの言葉に、男爵は立ち上がって叫んだ。
だが、インディは落ち着いて言葉を続ける。
「確定とは言えませぬが、眼鏡を掛けた桃色の髪の学生がアイリスと呼ばれているようです」
「同名の他人ではないのか?」
「わたくしも疑いましたが、背丈はほぼ同じですし、顔立ちもよく似ています。なにより、そのアイリスという学生は、あのコーラル家の令嬢の侍女らしいのです」
人違いとばっさり切ろうとした男爵だったが、コーラル家の令嬢の侍女と聞いた瞬間に、眉を動かして反応する。
「……確かに怪しいな。方法は問わん、裏を取れ」
「はっ、畏まりました」
男爵がひと睨みすると、インディは静かに部屋を出ていった。
インディが部屋を出ていってしばらく、男爵は再び椅子に深く腰掛ける。
「……コーラルの娘共と行動を共にしているとか、役立たずが裏切ったか?」
男爵は呟く。
「欺いた上で裏切ったというのなら……、次の標的は決まりだな」
パープリア男爵の口が、不気味に弧を描く。そして、静かで狂気を含んだ笑みが、部屋の中にこだまするのであった。
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