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第七章 一年次・後半
第144話 フェンリルと契約
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「やはり、呼んでいたのは貴公か」
フェンリルは静かに言う。
混乱していたアイリスだったが、フェンリルの言葉で我に返ると、光の溢れる胸ポケットから、先日購入したペンダントを取り出した。そう、光っているのはこのペンダントだ。
「ペンダントが光ってる……。どういう事?」
アイリスには理解できなかったが、目の前のフェンリルはこれがどういう事か分かっているようだ。
「懐かしいな……。そのペンダントは、間違いなく我とベルとの間に交わされた契約の証だ」
「えっ? あの店の品は駆け出し職人の作った物を売っていたはず……」
アイリスの言う通りだ。あのドール商会の出店は、半人前職人の作ったアクセサリーを売っていた。しかし、どういう経緯でか、骨董品が紛れ込んでいたようだ。
「おそらく誰かがこっそりと紛れさせたのだろう。魔力鑑定も目利きもできなければ、その宝石はただの水晶にしか思えんだろうからな」
「この宝石が……?」
フェンリルの言葉に、アイリスはペンダントをぎゅっと握る。
「うむ。我とベルとの魔力で作り上げたフローズンクリスタルだ。神獣や幻獣と契約する際、その証として様々な装飾が与えられる。そこな未熟者との契約でも、授かったであろう?」
フェンリルの言葉で、使役の宝珠が変化したネックレスの事を思い出した。
「さぁ、そのペンダントを着けてくれ。それをもって我との契約としようぞ」
「えっ?!」
「ベルとの約束だからな」
フェンリルの顔と言葉は、とても穏やかだった。その雰囲気に押されるように、アイリスはペンダントを首に掛ける。
「貴公、名は?」
「アイリス」
「そうか。では、アイリス。汝の名の下に、我フェンリルは契約を交わす」
フェンリルがそう言うと、二人が同時に光る。これで契約が終わったようだ。
「召喚されたのは不本意だが、ベルの子孫と会えた事は幸運と思おう」
穏やかにそう言ったフェンリルは、ぐるりとスノーフィールド公爵やペシエラの方を見る。
「して、我をここに呼んだ者に心当たりは?」
脅しを効かせるように睨みつけるフェンリル。アイリスと話している間の雰囲気とは雲泥の差であった。
このドスの利いた声に反応したのはペシエラだった。
「神狼フェンリルよ。申し訳ございませんが、私共には正確な心当たりはございません。ただ……」
「ただ?」
「数ヶ月前に召喚陣を用いた魔物襲撃が起きており、その際に疑わしき人物の名が挙がっております」
「ほう……」
ペシエラの説明に、フェンリルは興味を示す。
「して、その者の名は?」
「そこにおります、アイリスの実の父親、パープリア男爵でございます」
「なんだと?!」
疑わしきはベルの子孫として認めた少女の父親と言われ、フェンリルはひどく驚いた。
「ベル様はアイリスの母方の血筋でございます。おそらく、何らかの形で神獣使いの存在を知り、うまく取り込んだのでしょう。……あくまで推測でしかございませんが」
さすがに神獣を目の前にしては、ペシエラも正直怖がっている。だが、それを微塵も表に出す事なく応対してみせるあたり、女王の経験は無駄ではなかった。
そして、パープリア男爵とアイリスの事を、フェンリルに近付いて包み隠さずペシエラは説明する。すると、フェンリルの表情は険しくなった。
「おのれっ! ベルの血筋を汚しただけに飽き足らず、自らの子を犠牲にまでしようとはっ!」
フェンリルは、今にもパープリア男爵を滅ぼさんとする勢いである。それが証拠に、武術大会の会場の中には、また吹雪が起こる始末だ。
「落ち着いて下さい。パープリア男爵を始末したところで、その息のかかった者が跡を継ぐだけです。非常に面倒だとは思われますが、その賊たちを一網打尽にするしかないのです」
「むうう……、仕方あるまい。そういう事ならば、我も協力しよう」
ペシエラの意見に、フェンリルはあっさり従った。ベルの子孫のアイリスが、ペシエラの意見に頷いていたからだ。なんだかんだで、やはり犬である。
「そこの者共も、命拾いしたな。ベルの子孫とそこの小娘が居なければ、今頃氷の残骸と化しておったぞ」
フェンリルが凄めば、場の誰からも返事はなかった。観客席では、唯一残っていたチェリシアが目を輝かせており、ロゼリアはその横で泣きそうになっていた。
「この姿は目立つな。少し待っておれ」
フェンリルはそう言って、一般的な大きさの犬へと姿を変えた。
「そこの駄龍よりは、役に立ってやるぞ」
「この犬コロがっ!」
フェンリルとニーズヘッグが睨み合っている。その様子を見ながら、ようやくアイリスは笑みを浮かべていた。
さてさて、場の状況は最悪なのに、平穏に終わったと言っていいのだろうか?
フェンリルは静かに言う。
混乱していたアイリスだったが、フェンリルの言葉で我に返ると、光の溢れる胸ポケットから、先日購入したペンダントを取り出した。そう、光っているのはこのペンダントだ。
「ペンダントが光ってる……。どういう事?」
アイリスには理解できなかったが、目の前のフェンリルはこれがどういう事か分かっているようだ。
「懐かしいな……。そのペンダントは、間違いなく我とベルとの間に交わされた契約の証だ」
「えっ? あの店の品は駆け出し職人の作った物を売っていたはず……」
アイリスの言う通りだ。あのドール商会の出店は、半人前職人の作ったアクセサリーを売っていた。しかし、どういう経緯でか、骨董品が紛れ込んでいたようだ。
「おそらく誰かがこっそりと紛れさせたのだろう。魔力鑑定も目利きもできなければ、その宝石はただの水晶にしか思えんだろうからな」
「この宝石が……?」
フェンリルの言葉に、アイリスはペンダントをぎゅっと握る。
「うむ。我とベルとの魔力で作り上げたフローズンクリスタルだ。神獣や幻獣と契約する際、その証として様々な装飾が与えられる。そこな未熟者との契約でも、授かったであろう?」
フェンリルの言葉で、使役の宝珠が変化したネックレスの事を思い出した。
「さぁ、そのペンダントを着けてくれ。それをもって我との契約としようぞ」
「えっ?!」
「ベルとの約束だからな」
フェンリルの顔と言葉は、とても穏やかだった。その雰囲気に押されるように、アイリスはペンダントを首に掛ける。
「貴公、名は?」
「アイリス」
「そうか。では、アイリス。汝の名の下に、我フェンリルは契約を交わす」
フェンリルがそう言うと、二人が同時に光る。これで契約が終わったようだ。
「召喚されたのは不本意だが、ベルの子孫と会えた事は幸運と思おう」
穏やかにそう言ったフェンリルは、ぐるりとスノーフィールド公爵やペシエラの方を見る。
「して、我をここに呼んだ者に心当たりは?」
脅しを効かせるように睨みつけるフェンリル。アイリスと話している間の雰囲気とは雲泥の差であった。
このドスの利いた声に反応したのはペシエラだった。
「神狼フェンリルよ。申し訳ございませんが、私共には正確な心当たりはございません。ただ……」
「ただ?」
「数ヶ月前に召喚陣を用いた魔物襲撃が起きており、その際に疑わしき人物の名が挙がっております」
「ほう……」
ペシエラの説明に、フェンリルは興味を示す。
「して、その者の名は?」
「そこにおります、アイリスの実の父親、パープリア男爵でございます」
「なんだと?!」
疑わしきはベルの子孫として認めた少女の父親と言われ、フェンリルはひどく驚いた。
「ベル様はアイリスの母方の血筋でございます。おそらく、何らかの形で神獣使いの存在を知り、うまく取り込んだのでしょう。……あくまで推測でしかございませんが」
さすがに神獣を目の前にしては、ペシエラも正直怖がっている。だが、それを微塵も表に出す事なく応対してみせるあたり、女王の経験は無駄ではなかった。
そして、パープリア男爵とアイリスの事を、フェンリルに近付いて包み隠さずペシエラは説明する。すると、フェンリルの表情は険しくなった。
「おのれっ! ベルの血筋を汚しただけに飽き足らず、自らの子を犠牲にまでしようとはっ!」
フェンリルは、今にもパープリア男爵を滅ぼさんとする勢いである。それが証拠に、武術大会の会場の中には、また吹雪が起こる始末だ。
「落ち着いて下さい。パープリア男爵を始末したところで、その息のかかった者が跡を継ぐだけです。非常に面倒だとは思われますが、その賊たちを一網打尽にするしかないのです」
「むうう……、仕方あるまい。そういう事ならば、我も協力しよう」
ペシエラの意見に、フェンリルはあっさり従った。ベルの子孫のアイリスが、ペシエラの意見に頷いていたからだ。なんだかんだで、やはり犬である。
「そこの者共も、命拾いしたな。ベルの子孫とそこの小娘が居なければ、今頃氷の残骸と化しておったぞ」
フェンリルが凄めば、場の誰からも返事はなかった。観客席では、唯一残っていたチェリシアが目を輝かせており、ロゼリアはその横で泣きそうになっていた。
「この姿は目立つな。少し待っておれ」
フェンリルはそう言って、一般的な大きさの犬へと姿を変えた。
「そこの駄龍よりは、役に立ってやるぞ」
「この犬コロがっ!」
フェンリルとニーズヘッグが睨み合っている。その様子を見ながら、ようやくアイリスは笑みを浮かべていた。
さてさて、場の状況は最悪なのに、平穏に終わったと言っていいのだろうか?
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