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第六章 一年次・夏
第126話 浄化されし暗龍
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厄災の暗龍として恐れられていたのは、実は幻獣と呼ばれる存在だった。……驚きの事実である。
元々は瘴気を食し、浄化するために生まれた存在だったらしいのだが、いつしか瘴気を消化しきれずに、逆に瘴気に飲まれては世界を破壊する存在となってしまったようである。なんとも間抜けなお話である。
「まったく同情のできないお話ですわね」
「いやはや、面目ない」
ペシエラがすっぱり一刀両断にすると、ニーズヘッグは力無く頭を下げた。
しかし、頷ける点もある。大きさである。
三年前に厄災の暗龍を見た時は、今の何倍も大きかった。湖となった凹地にある、この浮島の面積の倍に匹敵するくらいは大きかった。
それが今はどうだろう。ただでさえ小さいペシエラのほんの数倍程度の大きさなのだ。見上げる程度の大きさではあるが、威圧感たるものはほとんど感じさせるものではなかった。
「そこの小さいの、あの時は世話になったな。あとの二人は来ておらぬのか?」
「お姉様たちでしたら、お客人をもてなしている最中でしてよ? 私とアイリスだけがここに来たのは、そこのレイニのご指名だからですわ」
ペシエラの返答に、ニーズヘッグはアイリスを見る。眼鏡にメイド服の出立ちのアイリスではあるが、ニーズヘッグは確かな懐かしさを感じていた。
「懐かしいな。我と友誼を結んだ、神獣使いの娘のベルを思い出す」
ニーズヘッグの瞳が光ったように見える。どうやら懐かしさのあまりに、涙が出たようだ。
「そのベルという方は、どういった方ですの?」
聞き逃さずにペシエラは尋ねてみる。
「あぁ、ベル・フラウアードという人物でな、我が契約した最初で最後の人間の少女だよ」
このフラウアードという単語が出た瞬間、アイリスに変化が起こる。
「どうされたのです、アイリス?」
体が震えて立っていられないのか、アイリスは膝をつく。戸惑うペシエラだったが、ニーズヘッグは冷静だった。
「やはり、その娘はフラウアードの末裔か。道理で懐かしく感じるわけよな」
「そんな事より、これはどういう事ですの? 光魔法も効果がありませんわ」
のんびりとした物言いのニーズヘッグに、ペシエラは声を荒げる。しかし、ニーズヘッグは意に介さなかった。
「慌てるな。おそらく何かが引き金となって、その娘の魔力に変化が起きているのだろう。……じきに治まる」
ニーズヘッグにそう言われて、ペシエラはそっとアイリスを抱きしめる。顔色が少し悪くはなっているが、呼吸は落ち着いているので、おそらく大丈夫だろう。
「やはり、蒼鱗魚の言った通り、アイリスは神獣使いの子孫という事なのですわね?」
「ああ、そうだ。しかし、あの魚くれと会ったのか。妙な魔力も感じると思ったら、そういう事なのか」
「本当にね。あののんびりした年寄りたちの力を感じると思ったら、……理解できたよ」
ニーズヘッグとレイニは、アイリスの右手の甲を見て何か納得したようだった。
アイリスは本来ならパープリア男爵の手先として、魔物に襲われて死ぬはずだった。しかし、ペシエラたちの活躍で死ぬどころか、歴史に埋もれた真実まで持ち合わせる事になってしまった。
アイリスにも幸せになる権利はある。ペシエラがそう考えるようになったのは、きっとチェリシアの影響だろう。
「しかし、厄災の暗龍だと言われて警戒してましたが、これほど穏やかな性格だとは思いませんでしたわ」
「多分、お主の力のせいだろう」
「私の?」
「あぁ、三年前の我にとどめを刺したのは、お主の魔法だろう?」
「あぁ、そういえばそうでしたわね」
そう、チェリシアが二重に張った防壁の中に光属性の魔法を充填したのは、間違いなくペシエラだった。その時の厄災の暗龍と化したニーズヘッグを倒したのは、その光の魔法だったのだ。
今のニーズヘッグが穏やかなのは、その時の影響だという。なんとも信じられない話だ。
「あの時の詫びと言ってはなんだが、我もその娘と契約をしようぞ。ベルの子孫であるなら、なおさらせねばなるまい」
ニーズヘッグはそう言うと、まるで懐かしむように笑うのだった。
元々は瘴気を食し、浄化するために生まれた存在だったらしいのだが、いつしか瘴気を消化しきれずに、逆に瘴気に飲まれては世界を破壊する存在となってしまったようである。なんとも間抜けなお話である。
「まったく同情のできないお話ですわね」
「いやはや、面目ない」
ペシエラがすっぱり一刀両断にすると、ニーズヘッグは力無く頭を下げた。
しかし、頷ける点もある。大きさである。
三年前に厄災の暗龍を見た時は、今の何倍も大きかった。湖となった凹地にある、この浮島の面積の倍に匹敵するくらいは大きかった。
それが今はどうだろう。ただでさえ小さいペシエラのほんの数倍程度の大きさなのだ。見上げる程度の大きさではあるが、威圧感たるものはほとんど感じさせるものではなかった。
「そこの小さいの、あの時は世話になったな。あとの二人は来ておらぬのか?」
「お姉様たちでしたら、お客人をもてなしている最中でしてよ? 私とアイリスだけがここに来たのは、そこのレイニのご指名だからですわ」
ペシエラの返答に、ニーズヘッグはアイリスを見る。眼鏡にメイド服の出立ちのアイリスではあるが、ニーズヘッグは確かな懐かしさを感じていた。
「懐かしいな。我と友誼を結んだ、神獣使いの娘のベルを思い出す」
ニーズヘッグの瞳が光ったように見える。どうやら懐かしさのあまりに、涙が出たようだ。
「そのベルという方は、どういった方ですの?」
聞き逃さずにペシエラは尋ねてみる。
「あぁ、ベル・フラウアードという人物でな、我が契約した最初で最後の人間の少女だよ」
このフラウアードという単語が出た瞬間、アイリスに変化が起こる。
「どうされたのです、アイリス?」
体が震えて立っていられないのか、アイリスは膝をつく。戸惑うペシエラだったが、ニーズヘッグは冷静だった。
「やはり、その娘はフラウアードの末裔か。道理で懐かしく感じるわけよな」
「そんな事より、これはどういう事ですの? 光魔法も効果がありませんわ」
のんびりとした物言いのニーズヘッグに、ペシエラは声を荒げる。しかし、ニーズヘッグは意に介さなかった。
「慌てるな。おそらく何かが引き金となって、その娘の魔力に変化が起きているのだろう。……じきに治まる」
ニーズヘッグにそう言われて、ペシエラはそっとアイリスを抱きしめる。顔色が少し悪くはなっているが、呼吸は落ち着いているので、おそらく大丈夫だろう。
「やはり、蒼鱗魚の言った通り、アイリスは神獣使いの子孫という事なのですわね?」
「ああ、そうだ。しかし、あの魚くれと会ったのか。妙な魔力も感じると思ったら、そういう事なのか」
「本当にね。あののんびりした年寄りたちの力を感じると思ったら、……理解できたよ」
ニーズヘッグとレイニは、アイリスの右手の甲を見て何か納得したようだった。
アイリスは本来ならパープリア男爵の手先として、魔物に襲われて死ぬはずだった。しかし、ペシエラたちの活躍で死ぬどころか、歴史に埋もれた真実まで持ち合わせる事になってしまった。
アイリスにも幸せになる権利はある。ペシエラがそう考えるようになったのは、きっとチェリシアの影響だろう。
「しかし、厄災の暗龍だと言われて警戒してましたが、これほど穏やかな性格だとは思いませんでしたわ」
「多分、お主の力のせいだろう」
「私の?」
「あぁ、三年前の我にとどめを刺したのは、お主の魔法だろう?」
「あぁ、そういえばそうでしたわね」
そう、チェリシアが二重に張った防壁の中に光属性の魔法を充填したのは、間違いなくペシエラだった。その時の厄災の暗龍と化したニーズヘッグを倒したのは、その光の魔法だったのだ。
今のニーズヘッグが穏やかなのは、その時の影響だという。なんとも信じられない話だ。
「あの時の詫びと言ってはなんだが、我もその娘と契約をしようぞ。ベルの子孫であるなら、なおさらせねばなるまい」
ニーズヘッグはそう言うと、まるで懐かしむように笑うのだった。
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