逆行令嬢と転生ヒロイン

未羊

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第六章 一年次・夏

第124話 トマト

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 正直言うと、ただ驚きしかなかった。
 あれだけ貧困に喘いでいたカイスの村は、今はコーラル伯爵領随一の食糧庫なのだ。やはり、近くに出現した水源の恩恵が大きいのだ。
 昨日の到着時点でもある程度聞いてはいたが、村長からの話に加え、実際に村を歩いてみたら実感せざるを得ないのだ。
 野菜どころか果物もある。ただマゼンダ侯爵領とは植生が違うところもあるし、場所も大きくかけ離れている。とても今の保存技術では、王都まで未加工のまま運ぶ事は不可能だろう。
 そこで、チェリシアはマゼンダ領でも行なっているジャムやソース、それとお酒と酢の作り方を教える。これならカイスやシェリアなどで消費する事ができるだろう。加工品の保存性が高まれば、いずれは王都にも出荷できるようになるはずである。
 カイスを見て回るチェリシアが、とある野菜に目を向けた。その野菜は緑の蔓から赤色の実を付けている。間違いない、トマトだ。これならケチャップが作れそうである。
 チェリシアはケチャップの作り方を記憶から引っ張り出す。そうなると、視察はペシエラに任せて、材料をかき集めて村長の家へと引き返していった。
「ちょっ、お姉様!」
 ペシエラが止めるのも聞かず、チェリシアは走り去っていく。ロゼリアは「諦めなさい」と言って、プラティナたちを連れて視察を継続するのだった。
 そして、お昼を迎える。
 視察中は、ブラッサの目が常に光っぱなしだった。さすが商会長の娘である。食材もさる事ながら、植物の蔓や木材にも細かくチェックを入れており、工芸品がメインのドール商会らしさが滲み出ていた。
 お昼は光魔法の防壁ビニールハウスの近くの農作業小屋で取る事になった。
 すると、そこへさっき別行動を取ったチェリシアが合流してきた。手には鍋を持っている。
「瓶詰めまでいきたかったけど、粗熱取るところまでしかできなかったわ。せっかくだから、この調味料も試しましょう」
 この時は誰も、チェリシアが何を持ってきたのか分からなかった。鍋を覗き込めば、何か赤くてどろっとしたものが入っている。
「これはケチャップ。トマトに酢や塩、砂糖を加えて煮詰めたものよ。味のアクセントに玉ねぎのみじん切りも入っているわ」
 トマトに玉ねぎと聞いて、全員が顔を顰める。生食では苦手な人が多い物の組み合わせなのだ、そうなるのも頷ける。ただ、加熱料理にはどちらも使われている。
 お昼の料理として、チェリシアもせっかくなので一品作る。玉ねぎ、じゃがいも、にんじん、そしてカイスに向かう途中で倒したフォレストバードの肉を切ったものを炒めて、そこに先程のケチャップを投入して混ぜ合わせる。
 できあがったのはフォレストバードのケチャップ炒めである。
 昼食の他の組み合わせは、カイス村で採れた食材を使った、パンとスープだ。ほぼ地元で採れたもの、地産地消である。
 ケチャップ炒めは見た目が真っ赤とあって、最初は戸惑っていた模様。前世では時々食べていたチェリシアが気にせずに、貴族らしく上品に食べ始めると、グレイアや案内について来た村人が手をつけ始める。
 こうなると、残った面々も覚悟を決めて食べ始める。
「あっ、おいしい」
 警戒していた酸味も苦味もなく、程よい味に仕上がったケチャップ炒めは、なかなかに好評だった。
「このケチャップ、パスタとも合うんですよ。それ以外にも、薄く伸ばしたパン生地の上に塗って、チーズなどの具材を乗せて窯で焼き上げたのもおいしいですよ」
 チェリシアはちょっと饒舌になっていた。早口で喋るチェリシアに呆れつつも、新しい調味料はカイスで生産される事に決定したのだった。
 さて、午後は村の見学の続きだが、ここでは水源を見に行く事になった。
 三年前の魔物氾濫の後で、突如として出現した湖。この湖の出現によって、カイスを含め、周辺の環境は一変した。
 村では奇跡の湖として、ほとりには小さいながらに祠が作られていた。
 湖を懐かしく見つめているロゼリア、チェリシア、ペシエアの三人だったが、その三人の前に一つの光がふわふわと近付いてきた。
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