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第六章 一年次・夏
第121話 シェリア視察二日目
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前日の視察を踏まえて二日目。この日はシェリアの町長との会談が予定されている。
実は一昨日たどり着いた時点で、町長に面会して予定をねじ込んでいたのだ。町長を招いて、伯爵の別邸で会議は行われる。
ここでの議題は海洋資産の活用だ。
昨日のプライベートビーチでの一件を踏まえて、その辺を町長に打診してみる。
「アイヴォリー王国で海を持つ唯一の領地として、やはり、それを前面に出した売り込みは必要だと思うのです」
チェリシアが珍しく積極的に意見を出す。
元々転生前は日本人だったので、どこか事なかれ主義的な部分があった。だが、今はコーラル伯爵の娘として、領地の事を本気で考えているようである。元々農業志望なので、本来の志向とは違うが、チェリシアはかなりやる気のようだ。
まずは、魚の骨や貝殻を加工した装飾品だ。
プラティナは個人的に貝細工を買おうとしていたし、ブラッサはドール商会に取り扱わせて欲しいと打診している。コーラル伯爵領の街がゆえに、その申し出に町長はチェリシアとペシエラの顔色を窺った。二人は気にしていないので、表情だけで「いいよ」と伝える。
マゼンダ商会は、会長としてマゼンダ侯爵とコーラル伯爵が就任しているが、実際はロゼリア、チェリシア、ペシエラの三人が権限の多くを持っている。大人が居ないと話にならない事が多いので、このような形になっているのだ。
ところが、今回の大人の同行はプラティナとブラッサの使用人の二人だけ。実質、子どもばかりの一団だ。なのに、町長の額には言い知れぬ汗が滲み出ていた。まぁ、マゼンダ商会とドール商会の実質権威と言ってもいい人物が勢揃いなのだから、仕方のない事と言える。
「船に観光客を乗せる、ですか……?」
シェリアの観光地化の目玉としてチェリシアから提案されたのは、実に考えつかなかった事である。そもそもが、海に面していながらも漁業すら行われていなかった場所だ。
五年前から漁業を行うようになり、その過程で従来より大きな船も建造された。職人が一ヶ月掛けて建造した、二十人ほどが乗れる小型船舶より少し大きな船が、今では十隻が港に係留されている。
現在の操舵士は風か水の魔法の使える者が担当している。帆を張って自然の力だけで運航するには、まだまだ経験も技術も未熟なのだ。チェリシアだって前世で船を操ったわけではない。操舵技術が確立するには、まだ時間が掛かりそうである。
しかし、海の素晴らしさを知るには、やはり船に乗ってもらう事が重要だ。どこまでも広がる海原と、果てに見える水平線はとても魅力的なはずなのだ。これからのシェリアの発展を思えば、必要な事である。
その一方、海洋調査も進んでいる。シェリアの近郊数十キロの生態や海底の地形など、実は王宮の学者などを派遣して調査してもらっている。魔物の生息域や発生地域があれば、それだけで危険だからである。シェリアで安定した漁業が営めるのも、この調査のおかげなのである。
というわけで、シェリアを海洋観光都市にする計画は大体まとまった。観光はマゼンダ商会が、工芸品はドール商会がそれぞれ取引を行う事となり、浜辺の散策や釣り体験などを取り入れ、さらに温暖な気候を活かして避寒地として売り出す事が決まった。
こうしてみると、五年前まで細々と暮らしていたのが嘘のようである。
結局のところ、この会議だけで午前中が終わってしまい、昼食には最近考案された新作料理が振る舞われる事になった。
出てきた料理は、湯通しした魚を揚げて、それを酢と砂糖で味付けした南蛮漬けもどきだ。素揚げした野菜も一緒に添えられており、これはこの後向かうカイスの産物である。
この料理も概ね好評を得たようで、チェリシアも「かなり再現してる」と評価していた。醤油や片栗粉はまだ無いので、小麦粉を溶いたものを使っている。
まあこれも、プラウスに寄せられた相談を元に、チェリシアが提案した料理だった。手間はかかるが、生臭いという評判の魚を覆すには有効な料理となりそうだった。
さあ、食事を終えれば、シェリアでの視察のラストを飾る乗船体験である。
ロゼリアたちは別邸を出て、港へと向かうのだった。
実は一昨日たどり着いた時点で、町長に面会して予定をねじ込んでいたのだ。町長を招いて、伯爵の別邸で会議は行われる。
ここでの議題は海洋資産の活用だ。
昨日のプライベートビーチでの一件を踏まえて、その辺を町長に打診してみる。
「アイヴォリー王国で海を持つ唯一の領地として、やはり、それを前面に出した売り込みは必要だと思うのです」
チェリシアが珍しく積極的に意見を出す。
元々転生前は日本人だったので、どこか事なかれ主義的な部分があった。だが、今はコーラル伯爵の娘として、領地の事を本気で考えているようである。元々農業志望なので、本来の志向とは違うが、チェリシアはかなりやる気のようだ。
まずは、魚の骨や貝殻を加工した装飾品だ。
プラティナは個人的に貝細工を買おうとしていたし、ブラッサはドール商会に取り扱わせて欲しいと打診している。コーラル伯爵領の街がゆえに、その申し出に町長はチェリシアとペシエラの顔色を窺った。二人は気にしていないので、表情だけで「いいよ」と伝える。
マゼンダ商会は、会長としてマゼンダ侯爵とコーラル伯爵が就任しているが、実際はロゼリア、チェリシア、ペシエラの三人が権限の多くを持っている。大人が居ないと話にならない事が多いので、このような形になっているのだ。
ところが、今回の大人の同行はプラティナとブラッサの使用人の二人だけ。実質、子どもばかりの一団だ。なのに、町長の額には言い知れぬ汗が滲み出ていた。まぁ、マゼンダ商会とドール商会の実質権威と言ってもいい人物が勢揃いなのだから、仕方のない事と言える。
「船に観光客を乗せる、ですか……?」
シェリアの観光地化の目玉としてチェリシアから提案されたのは、実に考えつかなかった事である。そもそもが、海に面していながらも漁業すら行われていなかった場所だ。
五年前から漁業を行うようになり、その過程で従来より大きな船も建造された。職人が一ヶ月掛けて建造した、二十人ほどが乗れる小型船舶より少し大きな船が、今では十隻が港に係留されている。
現在の操舵士は風か水の魔法の使える者が担当している。帆を張って自然の力だけで運航するには、まだまだ経験も技術も未熟なのだ。チェリシアだって前世で船を操ったわけではない。操舵技術が確立するには、まだ時間が掛かりそうである。
しかし、海の素晴らしさを知るには、やはり船に乗ってもらう事が重要だ。どこまでも広がる海原と、果てに見える水平線はとても魅力的なはずなのだ。これからのシェリアの発展を思えば、必要な事である。
その一方、海洋調査も進んでいる。シェリアの近郊数十キロの生態や海底の地形など、実は王宮の学者などを派遣して調査してもらっている。魔物の生息域や発生地域があれば、それだけで危険だからである。シェリアで安定した漁業が営めるのも、この調査のおかげなのである。
というわけで、シェリアを海洋観光都市にする計画は大体まとまった。観光はマゼンダ商会が、工芸品はドール商会がそれぞれ取引を行う事となり、浜辺の散策や釣り体験などを取り入れ、さらに温暖な気候を活かして避寒地として売り出す事が決まった。
こうしてみると、五年前まで細々と暮らしていたのが嘘のようである。
結局のところ、この会議だけで午前中が終わってしまい、昼食には最近考案された新作料理が振る舞われる事になった。
出てきた料理は、湯通しした魚を揚げて、それを酢と砂糖で味付けした南蛮漬けもどきだ。素揚げした野菜も一緒に添えられており、これはこの後向かうカイスの産物である。
この料理も概ね好評を得たようで、チェリシアも「かなり再現してる」と評価していた。醤油や片栗粉はまだ無いので、小麦粉を溶いたものを使っている。
まあこれも、プラウスに寄せられた相談を元に、チェリシアが提案した料理だった。手間はかかるが、生臭いという評判の魚を覆すには有効な料理となりそうだった。
さあ、食事を終えれば、シェリアでの視察のラストを飾る乗船体験である。
ロゼリアたちは別邸を出て、港へと向かうのだった。
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