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第六章 一年次・夏
第106話 信じ難い事
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合宿に来ている学生たちが魔物に襲われたという報せは、アクアマリン子爵の耳にもすぐに入った。しかし、魔物たちはすぐに全て討伐され、学生や付き添いの大人たちにも怪我人は居ない事が分かると、アクアマリン子爵は安心したようだった。
「我が領地内で魔物の大量発生が起きるとは……。油断していたわけではないが、どうにも気が落ち着かぬものよな」
アクアマリン子爵は、椅子に深く腰掛けると、頭を押さえながら首を左右に振る。
普段から子爵本人やお抱えの魔法使いで、魔物の活動を抑える魔法陣を展開している。それでありながら領内で魔物の大群を出現させられたとあっては、アクアマリン子爵の名に傷が付くというものである。なので、この件に関しては、子爵としても何かしら処罰に関与せねばならぬというものである。
「それにしても、パープリア男爵か。普段からにこやかにしていたが、このような腹積もりがあろうとはな……」
アクアマリン子爵は、報告書を見ながら呟く。あまり接点の無い相手ではあるが、夜会などの場で見かけた時は、常に笑顔を絶やさない人物であった。しかし、その笑顔の裏には腹黒い一面が隠されていたのだ。
「我が名に泥を塗ったお礼をしてあげねばならぬな。王都に住むセルリナとは連絡は取れるか?」
「はっ、毎日のように研究棟に篭っておられるそうです」
「そうか、すぐに使いを出せ」
「はっ、畏まりました」
アクアマリン子爵の私兵は、子爵の手紙を受け取って部屋を出ていくと、すぐに馬を走らせる。
セルリナとは、マーリンとシアンの姉にあたるアクアマリン前子爵の長女である。長女でありながら魔力はそれほどでもなかったが、それ故に、魔法に対する飽くなき研究心を持っていた。
今ではそれが高じて、王宮魔術師にまで昇り詰めている。ちなみにマゼンダ商会の魔道具にも関わりのある人物だ。
今回の襲撃は、シルヴァノとペイルという二国の王子が狙われている。王族を狙った事件であるし、何より召喚陣や魔物を使役する魔道具が使われたのだ。興味をそそるには充分であろう。
伝令を見送ったアクアマリン子爵は、大きなため息をつく。
「あら、お兄様。ため息とは何か心配事でもおありですか?」
シアンが部屋に入ってきた。
「心配事というか厄介ごとだな」
「そうですか。サファイア湖に魔物が出たのですから、気を揉むのも仕方ありませんわね」
「なっ!」
適当にあしらおうとしたマーリンは、シアンの発した言葉に驚いた。
サファイア湖に魔物が現れたという報は、つい今しがた伝えられた情報だ。屋敷の中でほぼ閉じ籠っていたシアンが手に入れられる情報ではない。
それをなぜ知っているのか。マーリンの頭の中では、様々な考えが巡っている。
だが、マゼンダ侯爵令嬢のロゼリア付の侍女であるシアンが、主人を危険な目に遭わせる理由がない。王子たちも同様だ。
ここでマーリンは、シアンの失われた魔力の事を思い出す。そして、思い当たった結論があった。
「お前、まさか……」
その結論は、そうだとしても信じ難いし、否定したい結論だった。マーリンの額に冷や汗が浮かぶ。
焦るマーリンの様子を見ても、シアンの表情はまったく変わらないし、取り乱す様子もない。ただただ、平然と立っている。
「……あの家に仕えると決めた時から、私の思いはひとつも変わっていません。今はロゼリア様の幸せをただ願うだけですわ」
シアンは淡々と語り始める。
「その為ならば、私の命も惜しくはありません。お兄様、ご理解下さいませ」
シアンはそう言い切ると、マーリンに向けて深く頭を下げた。
マーリンは、その静かな覚悟に身震いをする。だが、自分の中に出た結論が事実ならば、この後に待ち構えているものは悲劇しかない。マーリンはそれを受け入れる事ができるはずもなかった。
「……後悔は、無いのだな?」
「あるわけもありませんわ」
「……そうか、なら私から言う事は何もあるまい」
マーリンも、何かを覚悟したらしい。
しばらくの沈黙の後、マーリンはシアンに声を掛ける。
「今回の件で、姉のセルリナにも協力を仰ぐ。シアンも無理のない範囲で手伝ってくれ」
「セルリナ姉様のお手伝いですか。……なるほど、分かりましたわ。お任せ下さいませ」
マーリンから頼ませたシアンは、やはり顔色ひとつ変えずに、二つ返事で了承する。
すべてはロゼリアのために。
シアンは一礼すると、マーリンの執務室を後にするのだった。
「我が領地内で魔物の大量発生が起きるとは……。油断していたわけではないが、どうにも気が落ち着かぬものよな」
アクアマリン子爵は、椅子に深く腰掛けると、頭を押さえながら首を左右に振る。
普段から子爵本人やお抱えの魔法使いで、魔物の活動を抑える魔法陣を展開している。それでありながら領内で魔物の大群を出現させられたとあっては、アクアマリン子爵の名に傷が付くというものである。なので、この件に関しては、子爵としても何かしら処罰に関与せねばならぬというものである。
「それにしても、パープリア男爵か。普段からにこやかにしていたが、このような腹積もりがあろうとはな……」
アクアマリン子爵は、報告書を見ながら呟く。あまり接点の無い相手ではあるが、夜会などの場で見かけた時は、常に笑顔を絶やさない人物であった。しかし、その笑顔の裏には腹黒い一面が隠されていたのだ。
「我が名に泥を塗ったお礼をしてあげねばならぬな。王都に住むセルリナとは連絡は取れるか?」
「はっ、毎日のように研究棟に篭っておられるそうです」
「そうか、すぐに使いを出せ」
「はっ、畏まりました」
アクアマリン子爵の私兵は、子爵の手紙を受け取って部屋を出ていくと、すぐに馬を走らせる。
セルリナとは、マーリンとシアンの姉にあたるアクアマリン前子爵の長女である。長女でありながら魔力はそれほどでもなかったが、それ故に、魔法に対する飽くなき研究心を持っていた。
今ではそれが高じて、王宮魔術師にまで昇り詰めている。ちなみにマゼンダ商会の魔道具にも関わりのある人物だ。
今回の襲撃は、シルヴァノとペイルという二国の王子が狙われている。王族を狙った事件であるし、何より召喚陣や魔物を使役する魔道具が使われたのだ。興味をそそるには充分であろう。
伝令を見送ったアクアマリン子爵は、大きなため息をつく。
「あら、お兄様。ため息とは何か心配事でもおありですか?」
シアンが部屋に入ってきた。
「心配事というか厄介ごとだな」
「そうですか。サファイア湖に魔物が出たのですから、気を揉むのも仕方ありませんわね」
「なっ!」
適当にあしらおうとしたマーリンは、シアンの発した言葉に驚いた。
サファイア湖に魔物が現れたという報は、つい今しがた伝えられた情報だ。屋敷の中でほぼ閉じ籠っていたシアンが手に入れられる情報ではない。
それをなぜ知っているのか。マーリンの頭の中では、様々な考えが巡っている。
だが、マゼンダ侯爵令嬢のロゼリア付の侍女であるシアンが、主人を危険な目に遭わせる理由がない。王子たちも同様だ。
ここでマーリンは、シアンの失われた魔力の事を思い出す。そして、思い当たった結論があった。
「お前、まさか……」
その結論は、そうだとしても信じ難いし、否定したい結論だった。マーリンの額に冷や汗が浮かぶ。
焦るマーリンの様子を見ても、シアンの表情はまったく変わらないし、取り乱す様子もない。ただただ、平然と立っている。
「……あの家に仕えると決めた時から、私の思いはひとつも変わっていません。今はロゼリア様の幸せをただ願うだけですわ」
シアンは淡々と語り始める。
「その為ならば、私の命も惜しくはありません。お兄様、ご理解下さいませ」
シアンはそう言い切ると、マーリンに向けて深く頭を下げた。
マーリンは、その静かな覚悟に身震いをする。だが、自分の中に出た結論が事実ならば、この後に待ち構えているものは悲劇しかない。マーリンはそれを受け入れる事ができるはずもなかった。
「……後悔は、無いのだな?」
「あるわけもありませんわ」
「……そうか、なら私から言う事は何もあるまい」
マーリンも、何かを覚悟したらしい。
しばらくの沈黙の後、マーリンはシアンに声を掛ける。
「今回の件で、姉のセルリナにも協力を仰ぐ。シアンも無理のない範囲で手伝ってくれ」
「セルリナ姉様のお手伝いですか。……なるほど、分かりましたわ。お任せ下さいませ」
マーリンから頼ませたシアンは、やはり顔色ひとつ変えずに、二つ返事で了承する。
すべてはロゼリアのために。
シアンは一礼すると、マーリンの執務室を後にするのだった。
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