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第六章 一年次・夏
第99話 アクアマリン子爵
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ロゼリアと分かれて、シアンは約二十年ぶりに生家であるアクアマリン子爵邸へと戻ってきた。
全体的に青色を基調としたその建物は、今も昔も変わらない外観を保っている。
合宿に使う別荘から、馬車でわずか一時間程度という至近距離にあるアクアマリン子爵邸。その懐かしさに、シアンは少し瞳が潤んだようにも見えた。
「子爵様、ただ今戻りました」
「ご苦労、入れ」
「はっ、失礼致します」
学園の合宿の迎え入れに出向いていた使用人が、アクアマリン子爵の執務室に入る。ところが、その使用人の後ろについていた人物を見て、アクアマリン子爵の表情が固まった。
「お前、……もしかしてシアンか」
「お久しぶりですわね、お兄様」
二十年ぶりの兄妹の再会である。二人ともほとんど当時の姿のまま齢を重ねた感じで、一目で分かるほどであった。
先代のアクアマリン子爵には、子どもが六人居た。二男四女というなかなかな子沢山である。
シアンはその中の四女であり、末子であった。それ故に継承権は低いと考えていたので、当時から交流のあった今のマゼンダ侯爵夫人レドリスについて、侯爵家に使用人として出向いたのだ。
一方、現アクアマリン子爵の名前は“マーリン・アクアマリン”といい、先代子爵の次男である。生まれた時から魔力量が多く、アクアマリン家の始祖とも言われる人物の名を付けられた。
その次男マーリンと四女シアンの久々の再会である。普通なら再会を喜ぶところであろうが、二人の間に流れたのは、どことなく険悪な雰囲気と沈黙だけであった。
実はこれには理由があった。
アクアマリン子爵の家系は魔法が得意な家系であるが故に、その継承の仕方が特殊だった。
王家自体が男女共に王位を継承するように、貴族たちも男女問わずに家督を相続できるのだ。
そのため、アクアマリン子爵の家系は、子どものうち最も魔力が多く、魔法の扱いに長けた者が継ぐようになっていたのだ。
実はこの二男四女のうち、それに最も該当していたのがシアンだったのだ。そのために、シアンが家を出て行った事で、シアンとそれ以外の家族の間に不和が生まれたのである。
そういった経緯があったがために、二人の間には重苦しい空気が漂っている。その様子を見ていた使用人たちは、どう振る舞えばいいのか分からずに、右往左往している。
しかし、その沈黙は突然終わりを告げる。
「ロゼリアお嬢様のせっかくのご好意で戻ってきましたので、合宿の間、こちらでご厄介になりますわ。使用人部屋でも構いませんし、何も言われないのでしたら勝手にさせて頂きますが、よろしいでしょうか?」
長旅の疲れというのもあるので、シアンは昔みたいに少しわがままを言ってみせた。
「ああ、お前も一応はこの家の者だ。好きにし……ろ?」
冷たくあしらおうとしたマーリンだったが、その瞬間、妙な違和感を感じた。
「待てっ!」
気が付くと、大声でシアンを呼び止めていた。
「どうかされましたか、お兄様?」
立ち上がっていたシアンは、急に呼び止められたにも関わらず、表情も変えず淡々と振り返る。
「お前、魔力は一体どうした……。私を遥かに凌ぐ程あったであろう?」
マーリンの顔色が悪い。
それにも理由はある。シアンの幼少時に彼女が操るとんでもない魔法を目撃していたからだ。天才的な才能を持つ末の妹に、言い知れぬ恐怖を感じた瞬間でもあった。
ところが、シアンは物心がつくと、全く魔法を使わなくなった。しかし、魔力が尽きたわけでもなく、その状態にマーリンは首を捻ったものだった。
しかし、今度は別の理由で妹のシアンの状態に首を捻る事になる。膨大な魔力が完全に消失していたのだ。相手の持つ魔力を感知する事など、アクアマリンの一族にとって造作もない事なのだから。
「お兄様、何を仰っていらっしゃるのかしら。私は昔から魔力など尽きてましたわよ?」
「シアン、とぼけるな!」
シアンが白々しく言うので、マーリンは怒鳴り声を上げる。また使用人たちが驚いて身震いする。
「私、長旅で疲れております故、本日は休ませて頂きます。食事は要りません。では」
シアンはそう言い残すと、マーリンの執務室から出て行く。マーリンはその様子を目を見開いて、歯を食いしばりながら見つめる事しかできなかった。
全体的に青色を基調としたその建物は、今も昔も変わらない外観を保っている。
合宿に使う別荘から、馬車でわずか一時間程度という至近距離にあるアクアマリン子爵邸。その懐かしさに、シアンは少し瞳が潤んだようにも見えた。
「子爵様、ただ今戻りました」
「ご苦労、入れ」
「はっ、失礼致します」
学園の合宿の迎え入れに出向いていた使用人が、アクアマリン子爵の執務室に入る。ところが、その使用人の後ろについていた人物を見て、アクアマリン子爵の表情が固まった。
「お前、……もしかしてシアンか」
「お久しぶりですわね、お兄様」
二十年ぶりの兄妹の再会である。二人ともほとんど当時の姿のまま齢を重ねた感じで、一目で分かるほどであった。
先代のアクアマリン子爵には、子どもが六人居た。二男四女というなかなかな子沢山である。
シアンはその中の四女であり、末子であった。それ故に継承権は低いと考えていたので、当時から交流のあった今のマゼンダ侯爵夫人レドリスについて、侯爵家に使用人として出向いたのだ。
一方、現アクアマリン子爵の名前は“マーリン・アクアマリン”といい、先代子爵の次男である。生まれた時から魔力量が多く、アクアマリン家の始祖とも言われる人物の名を付けられた。
その次男マーリンと四女シアンの久々の再会である。普通なら再会を喜ぶところであろうが、二人の間に流れたのは、どことなく険悪な雰囲気と沈黙だけであった。
実はこれには理由があった。
アクアマリン子爵の家系は魔法が得意な家系であるが故に、その継承の仕方が特殊だった。
王家自体が男女共に王位を継承するように、貴族たちも男女問わずに家督を相続できるのだ。
そのため、アクアマリン子爵の家系は、子どものうち最も魔力が多く、魔法の扱いに長けた者が継ぐようになっていたのだ。
実はこの二男四女のうち、それに最も該当していたのがシアンだったのだ。そのために、シアンが家を出て行った事で、シアンとそれ以外の家族の間に不和が生まれたのである。
そういった経緯があったがために、二人の間には重苦しい空気が漂っている。その様子を見ていた使用人たちは、どう振る舞えばいいのか分からずに、右往左往している。
しかし、その沈黙は突然終わりを告げる。
「ロゼリアお嬢様のせっかくのご好意で戻ってきましたので、合宿の間、こちらでご厄介になりますわ。使用人部屋でも構いませんし、何も言われないのでしたら勝手にさせて頂きますが、よろしいでしょうか?」
長旅の疲れというのもあるので、シアンは昔みたいに少しわがままを言ってみせた。
「ああ、お前も一応はこの家の者だ。好きにし……ろ?」
冷たくあしらおうとしたマーリンだったが、その瞬間、妙な違和感を感じた。
「待てっ!」
気が付くと、大声でシアンを呼び止めていた。
「どうかされましたか、お兄様?」
立ち上がっていたシアンは、急に呼び止められたにも関わらず、表情も変えず淡々と振り返る。
「お前、魔力は一体どうした……。私を遥かに凌ぐ程あったであろう?」
マーリンの顔色が悪い。
それにも理由はある。シアンの幼少時に彼女が操るとんでもない魔法を目撃していたからだ。天才的な才能を持つ末の妹に、言い知れぬ恐怖を感じた瞬間でもあった。
ところが、シアンは物心がつくと、全く魔法を使わなくなった。しかし、魔力が尽きたわけでもなく、その状態にマーリンは首を捻ったものだった。
しかし、今度は別の理由で妹のシアンの状態に首を捻る事になる。膨大な魔力が完全に消失していたのだ。相手の持つ魔力を感知する事など、アクアマリンの一族にとって造作もない事なのだから。
「お兄様、何を仰っていらっしゃるのかしら。私は昔から魔力など尽きてましたわよ?」
「シアン、とぼけるな!」
シアンが白々しく言うので、マーリンは怒鳴り声を上げる。また使用人たちが驚いて身震いする。
「私、長旅で疲れております故、本日は休ませて頂きます。食事は要りません。では」
シアンはそう言い残すと、マーリンの執務室から出て行く。マーリンはその様子を目を見開いて、歯を食いしばりながら見つめる事しかできなかった。
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