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第五章 学園編
第82話 試験 その4
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さて、場所は武術試験の会場へと移っていた。
魔法試験では男女の比が女性に傾いていたが、武術試験ではすっかりひっくり返り、八~九割方が男性だった。
その少ない女性陣の姿を確認する。鍛冶屋の娘であるグレイアの姿があり、なんならロゼリアたちだって居る。しかし、ロゼリアたち三人以外には、貴族は居ないようだった。
武術試験の方法は一対一による模擬戦だ。魔法試験の会場同様に防護の魔法が掛けられており、装備品にも負傷を抑える魔法が掛けられている。それによって、死亡事故どころか負傷すらも起こる事は稀となっている。
武術試験の一番手は、どういうわけかペシエラとなった。最初の番手で十歳の子を出させるのか。周りからは「可哀想」だとか「鬼だ」とか声が飛んでいる。
しかし、当のペシエラは物怖じしていない。
というのも、逆行前の亡国の戦いの際には魔法剣士として前線に立ったくらいだ。あの時の戦いは、国王や女王とて戦いの場に出なければならない程の一方的な激戦だったのだ。サーベルを振るい、果敢に戦いながらも敗走。護衛の犠牲の上でなんとか生き延びたが、その後は悲惨の一言だった。
そういった経緯もあり、ペシエラの目は十歳の少女とは思えないくらい鋭いものだった。
模擬戦の相手は十三歳。しかも、筋肉自慢のいかにも脳筋そうな男爵家の子息だ。あまりにも体格差があり過ぎる相手だ。
ところが、模擬戦が始まれば、決着は一瞬だった。あまりの速さに、誰もが声を上げる事ができなかった。気が付いたら、ペシエラは男爵家の少年の背後に居たのだ。
「まったく、口ほどにもありませんわね」
ペシエラはそう言って、剣をひと薙ぎする。その次の瞬間、筋肉自慢の男爵家の少年が突然倒れた。
これには、ロゼリアとチェリシアも驚きで開いた口が塞がらなかった。
「みっともないですわ、お姉様、ロゼリア様」
涼しい顔をしたペシエラが戻って来る。さすがに他人が居るからか、ロゼリアに様を付けている。
「これでも、アイヴォリー王国の女王を経験した身でしてよ?」
周りには聞こえないようにと、小声ながらふんすと両手を腰に当ててドヤ顔を決めるペシエラ。年齢のせいで可愛く見える。そのせいで、チェリシアはついついペシエラの頭を撫でてしまった。
「や、やめて下さいませ、お姉様。人前ですよ!」
窘めつつも照れるペシエラ。周りはどちらか言うと、姉妹の仲の良さにほっこりしているようだ。
それにしても、ペシエラの剣の腕前に一番驚いているのはロゼリアだ。学園を卒業した時点までしか知らないが、その時のペシエラは魔法こそかなりの腕前だったが、武術はほとんどできない状態だった。なので、その後に相当の苦労をしたのだなと、ペシエラの言葉に納得していた。
ところが、このほのぼのとした雰囲気に、水を差す者が居た。
「おい、そこの小娘」
ペシエラがくるりと振り返る。
声の主は、ペイル・モスグリネ殿下だった。
ペイルとは、前回の時間軸で因縁のある相手らしく、ペシエラの表情が強張る。
「ほう、いい表情をするな。相手にとって不足なし、俺と勝負しろ!」
くじで決めた順番を無視して発言するペイル王子だが、他国の王族とあって誰も異を唱えようとはしなかった。
ついでに、ペシエラも断る気配が無い。
「……いいですわよ」
ゆらりと体をペイルの方に向けるペシエラ。そして、続け様に煽りを入れる。
「私はまだ十歳。しかも女性です。もし、私に負けるような事があれば、モスグリネ王国にとって不名誉ではございません?」
めちゃくちゃペシエラが不機嫌である。可憐な美少女と見せかけて、中身は修羅だった。
両者の睨み合いが続くが、どうにも止められそうにないので、教官は両者の対戦を認めざるを得なかった。
「大丈夫なの? ペシエラ」
チェリシアが小声で尋ねると、
「ええ、大丈夫ですよ、お姉様。ちょっと逆行前の恨みを晴らしたいだけですから」
青筋を立てて怖い笑顔を見せている。ロゼリアもチェリシアも、この言葉で察した。逆行前のアイヴォリー王国を滅ぼしたのは、モスグリネ王国だったと。
「ペシエラ、逆行前は逆行前よ。今のペイル殿下とは無関係なのよ?」
「分かっていますわ、お姉様。でも、あの顔を見るとどうしても怒りが込み上げてきますの」
チェリシアが必死に止めようとするも、ペシエラの表情は変わらない。これはダメだと悟ったロゼリアとチェリシアは、教官を見て首を横に振った。
こうして誰にも止められなくなった、ペシエラとペイル王子の一戦が始まるのだった。
魔法試験では男女の比が女性に傾いていたが、武術試験ではすっかりひっくり返り、八~九割方が男性だった。
その少ない女性陣の姿を確認する。鍛冶屋の娘であるグレイアの姿があり、なんならロゼリアたちだって居る。しかし、ロゼリアたち三人以外には、貴族は居ないようだった。
武術試験の方法は一対一による模擬戦だ。魔法試験の会場同様に防護の魔法が掛けられており、装備品にも負傷を抑える魔法が掛けられている。それによって、死亡事故どころか負傷すらも起こる事は稀となっている。
武術試験の一番手は、どういうわけかペシエラとなった。最初の番手で十歳の子を出させるのか。周りからは「可哀想」だとか「鬼だ」とか声が飛んでいる。
しかし、当のペシエラは物怖じしていない。
というのも、逆行前の亡国の戦いの際には魔法剣士として前線に立ったくらいだ。あの時の戦いは、国王や女王とて戦いの場に出なければならない程の一方的な激戦だったのだ。サーベルを振るい、果敢に戦いながらも敗走。護衛の犠牲の上でなんとか生き延びたが、その後は悲惨の一言だった。
そういった経緯もあり、ペシエラの目は十歳の少女とは思えないくらい鋭いものだった。
模擬戦の相手は十三歳。しかも、筋肉自慢のいかにも脳筋そうな男爵家の子息だ。あまりにも体格差があり過ぎる相手だ。
ところが、模擬戦が始まれば、決着は一瞬だった。あまりの速さに、誰もが声を上げる事ができなかった。気が付いたら、ペシエラは男爵家の少年の背後に居たのだ。
「まったく、口ほどにもありませんわね」
ペシエラはそう言って、剣をひと薙ぎする。その次の瞬間、筋肉自慢の男爵家の少年が突然倒れた。
これには、ロゼリアとチェリシアも驚きで開いた口が塞がらなかった。
「みっともないですわ、お姉様、ロゼリア様」
涼しい顔をしたペシエラが戻って来る。さすがに他人が居るからか、ロゼリアに様を付けている。
「これでも、アイヴォリー王国の女王を経験した身でしてよ?」
周りには聞こえないようにと、小声ながらふんすと両手を腰に当ててドヤ顔を決めるペシエラ。年齢のせいで可愛く見える。そのせいで、チェリシアはついついペシエラの頭を撫でてしまった。
「や、やめて下さいませ、お姉様。人前ですよ!」
窘めつつも照れるペシエラ。周りはどちらか言うと、姉妹の仲の良さにほっこりしているようだ。
それにしても、ペシエラの剣の腕前に一番驚いているのはロゼリアだ。学園を卒業した時点までしか知らないが、その時のペシエラは魔法こそかなりの腕前だったが、武術はほとんどできない状態だった。なので、その後に相当の苦労をしたのだなと、ペシエラの言葉に納得していた。
ところが、このほのぼのとした雰囲気に、水を差す者が居た。
「おい、そこの小娘」
ペシエラがくるりと振り返る。
声の主は、ペイル・モスグリネ殿下だった。
ペイルとは、前回の時間軸で因縁のある相手らしく、ペシエラの表情が強張る。
「ほう、いい表情をするな。相手にとって不足なし、俺と勝負しろ!」
くじで決めた順番を無視して発言するペイル王子だが、他国の王族とあって誰も異を唱えようとはしなかった。
ついでに、ペシエラも断る気配が無い。
「……いいですわよ」
ゆらりと体をペイルの方に向けるペシエラ。そして、続け様に煽りを入れる。
「私はまだ十歳。しかも女性です。もし、私に負けるような事があれば、モスグリネ王国にとって不名誉ではございません?」
めちゃくちゃペシエラが不機嫌である。可憐な美少女と見せかけて、中身は修羅だった。
両者の睨み合いが続くが、どうにも止められそうにないので、教官は両者の対戦を認めざるを得なかった。
「大丈夫なの? ペシエラ」
チェリシアが小声で尋ねると、
「ええ、大丈夫ですよ、お姉様。ちょっと逆行前の恨みを晴らしたいだけですから」
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「ペシエラ、逆行前は逆行前よ。今のペイル殿下とは無関係なのよ?」
「分かっていますわ、お姉様。でも、あの顔を見るとどうしても怒りが込み上げてきますの」
チェリシアが必死に止めようとするも、ペシエラの表情は変わらない。これはダメだと悟ったロゼリアとチェリシアは、教官を見て首を横に振った。
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