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第三章 ロゼリア9歳
第27話 事は大きく
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あれから一年が経った。
ロゼリアとチェリシアは九歳、ペシエラは六歳となっていた。
しかし、シルヴァノ殿下からのお誘いはないし、遊びに来る事もない。本当に婚約者候補なのか怪しいところである。
この日も、チェリシアとペシエラが王都のマゼンダ侯爵邸に足を運んでいた。
「ついに、ついにできたわ。これが!」
チェリシアが叫ぶ。どうやら厨房に居るらしいが、何ができたと言うのだろうか。
「なんなのです、このドロドロした液体は」
ロゼリアが顔を顰めて、目の前の液体を見ている。
「そうよ、お姉様。説明して下さい」
ペシエラは急かしてくる。
「ふふっ、とりあえず一口ずつ舐めてみて」
チェリシアはそう言って、スプーンにひとすくい取って、二人に手渡した。
「んっ、これはっ!」
「なに、この変な味」
未知の味覚に対して、二人の反応は微妙だった。それに対してチェリシアは自信たっぷりである。
「これは、私の前世で一般的な調味料の“ソース”よ。お酢と塩、それを野菜を使った汁に混ぜ合わせて熟成させた物なのよ。甘辛い味なんだけど、主に用途は肉料理の添え物ね」
そう言って、チェリシアは別に用意していたボア肉のステーキを取り出した。ロゼリアとペシエラと共に、マゼンダ侯爵邸の料理人たちにも味わってもらうためだ。
「本当はドレッシングとマヨネーズも作りたかったんだけど、油と卵の入手が難しいでしょ。ボアの脂身があればラードが作れるかと思ったんだけど、思った以上に脂身が無いものね」
盛り付けをしながら、チェリシアは何か言っている。チェリシアの愚痴が続いている間に、試食の盛り付けが終わった。
焼き上がった一口大の肉の塊の上に、赤茶色のどろっとした液体がかかっている。チェリシアは自信満々にしているが、さすがに初めて見た物に対して、料理人たちは怖気付いていた。
その様子に構う事なく、チェリシアはフォークで突き刺して口へと運ぶ。口に入れた瞬間、チェリシアの目は見開き、そして、恍惚とした表情を浮かべながら、
「そう、この味、この味よ。やっと辿り着いたのね」
満足気に呟いていた。あまりに幸せそうな顔をしているので、ロゼリアが続いて口に入れる。
「んっ、これは」
「どうなの、ロゼリア……様」
ロゼリアの反応に、ペシエラが気になって声を掛ける。料理人たちが居る手前んなので“様”を抵抗を感じながら付け加えていた。
「これは、肉の味とケンカするかと思ったけど、逆。意外と合うわね」
ロゼリアが好意的な感想を述べれば、ペシエラとマゼンダ侯爵家の料理人たちも、おそるおそるソースのかかった肉を口へと運んだ。
結果としては好評。チェリシアはとても満足した笑みを浮かべて、ロゼリアに話し掛ける。
「ねえ、マゼンダ侯爵家とコーラル子爵家で合同の商社でも立ち上げない? これをきっかけに食文化が豊かになるかも知れないわよ?」
この時のチェリシアは、九歳とは思えない悪い顔をしていた。
「んー、お父様に相談する価値はあるわね。ワインビネガーも意図的な生産に入ったし、流通させるには商会は必要だものね。塩の件があるから、最終的には王家の承認は必要だろうけど」
ロゼリアは肯定的のようだ。
「私も賛成。場末の辺境領なんて言われ方、とっとと返上してやりたいわ」
ペシエラも前の時間軸での苦い経験からか、商会の立ち上げには積極的なようだ。
コーラル子爵領は、塩の生産が始まってからというもの、経営は持ち直し始めていた。しかし、王家が買い上げて販売という形なので、売上の半分あるかどうかという分配になっていて、持ち直し始めたのは事実だが、まだまだこれからといった感じなのだ。
「こうなると、お兄様も巻き込んだ方がいいかしら」
大規模な事業になるので、ロゼリアは兄のカーマイルも参画させようと考えた。
「ですね。さすがに仲間外れでは拗ねます」
「その方がいいわ。前に拗ねたあの方がどうしたか、忘れたわけではないでしょう?」
「……そうね。あれを繰り返すのだけは勘弁願いたいわ」
あれとは、王国滅亡の引き金となった、カーマイルの裏切りの件である。妹ロゼリアの才能に嫉妬し、家の中で疎外感を覚えたカーマイルが、同じように劣等感を持ったチェリシアと結託して起こした冤罪事件。当の事件を引き起こした片割れが、こうやって忠告しているのである。ロゼリアは、身が引き締まる思いだ。
「今夜の食事の席で話題に出してみますわ。チェリシアとペシエラも、同じようにして頂けるかしら」
「もちろん」
ロゼリアが言えば、二人揃って返事をする。
こうして、子どもたちだけで考えたとんでもない計画が、実行に移されようとしていくのだった。
ロゼリアとチェリシアは九歳、ペシエラは六歳となっていた。
しかし、シルヴァノ殿下からのお誘いはないし、遊びに来る事もない。本当に婚約者候補なのか怪しいところである。
この日も、チェリシアとペシエラが王都のマゼンダ侯爵邸に足を運んでいた。
「ついに、ついにできたわ。これが!」
チェリシアが叫ぶ。どうやら厨房に居るらしいが、何ができたと言うのだろうか。
「なんなのです、このドロドロした液体は」
ロゼリアが顔を顰めて、目の前の液体を見ている。
「そうよ、お姉様。説明して下さい」
ペシエラは急かしてくる。
「ふふっ、とりあえず一口ずつ舐めてみて」
チェリシアはそう言って、スプーンにひとすくい取って、二人に手渡した。
「んっ、これはっ!」
「なに、この変な味」
未知の味覚に対して、二人の反応は微妙だった。それに対してチェリシアは自信たっぷりである。
「これは、私の前世で一般的な調味料の“ソース”よ。お酢と塩、それを野菜を使った汁に混ぜ合わせて熟成させた物なのよ。甘辛い味なんだけど、主に用途は肉料理の添え物ね」
そう言って、チェリシアは別に用意していたボア肉のステーキを取り出した。ロゼリアとペシエラと共に、マゼンダ侯爵邸の料理人たちにも味わってもらうためだ。
「本当はドレッシングとマヨネーズも作りたかったんだけど、油と卵の入手が難しいでしょ。ボアの脂身があればラードが作れるかと思ったんだけど、思った以上に脂身が無いものね」
盛り付けをしながら、チェリシアは何か言っている。チェリシアの愚痴が続いている間に、試食の盛り付けが終わった。
焼き上がった一口大の肉の塊の上に、赤茶色のどろっとした液体がかかっている。チェリシアは自信満々にしているが、さすがに初めて見た物に対して、料理人たちは怖気付いていた。
その様子に構う事なく、チェリシアはフォークで突き刺して口へと運ぶ。口に入れた瞬間、チェリシアの目は見開き、そして、恍惚とした表情を浮かべながら、
「そう、この味、この味よ。やっと辿り着いたのね」
満足気に呟いていた。あまりに幸せそうな顔をしているので、ロゼリアが続いて口に入れる。
「んっ、これは」
「どうなの、ロゼリア……様」
ロゼリアの反応に、ペシエラが気になって声を掛ける。料理人たちが居る手前んなので“様”を抵抗を感じながら付け加えていた。
「これは、肉の味とケンカするかと思ったけど、逆。意外と合うわね」
ロゼリアが好意的な感想を述べれば、ペシエラとマゼンダ侯爵家の料理人たちも、おそるおそるソースのかかった肉を口へと運んだ。
結果としては好評。チェリシアはとても満足した笑みを浮かべて、ロゼリアに話し掛ける。
「ねえ、マゼンダ侯爵家とコーラル子爵家で合同の商社でも立ち上げない? これをきっかけに食文化が豊かになるかも知れないわよ?」
この時のチェリシアは、九歳とは思えない悪い顔をしていた。
「んー、お父様に相談する価値はあるわね。ワインビネガーも意図的な生産に入ったし、流通させるには商会は必要だものね。塩の件があるから、最終的には王家の承認は必要だろうけど」
ロゼリアは肯定的のようだ。
「私も賛成。場末の辺境領なんて言われ方、とっとと返上してやりたいわ」
ペシエラも前の時間軸での苦い経験からか、商会の立ち上げには積極的なようだ。
コーラル子爵領は、塩の生産が始まってからというもの、経営は持ち直し始めていた。しかし、王家が買い上げて販売という形なので、売上の半分あるかどうかという分配になっていて、持ち直し始めたのは事実だが、まだまだこれからといった感じなのだ。
「こうなると、お兄様も巻き込んだ方がいいかしら」
大規模な事業になるので、ロゼリアは兄のカーマイルも参画させようと考えた。
「ですね。さすがに仲間外れでは拗ねます」
「その方がいいわ。前に拗ねたあの方がどうしたか、忘れたわけではないでしょう?」
「……そうね。あれを繰り返すのだけは勘弁願いたいわ」
あれとは、王国滅亡の引き金となった、カーマイルの裏切りの件である。妹ロゼリアの才能に嫉妬し、家の中で疎外感を覚えたカーマイルが、同じように劣等感を持ったチェリシアと結託して起こした冤罪事件。当の事件を引き起こした片割れが、こうやって忠告しているのである。ロゼリアは、身が引き締まる思いだ。
「今夜の食事の席で話題に出してみますわ。チェリシアとペシエラも、同じようにして頂けるかしら」
「もちろん」
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