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第二章 ロゼリアとチェリシア
第26話 ワインビネガー
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その日の午後、王都のマゼンダ侯爵邸に二つのワイン樽が届けられた。
当主付きの執事であるハイビス立会のもと、中身の確認が行われる。侯爵家といえば公爵に次ぐ爵位の家柄。万が一があってはいけないからだ。
樽には蛇口のような突起が付いており、それが栓となっているようだ。そして、一方の樽の栓を少し緩める。鼻をつくような臭いが広がり、赤みがかった液体がコップに注がれる。
そのコップをチェリシアが受け取り、臭いを確認。そして、少し口に含む。そして、飲み込まないようにして、別の容器に吐いた。
「うん、お酢ですね。まだ少しお酒が残っている感じはしますが、私の知るお酢です」
チェリシアは断言した。
ちなみに、この世界でも子どもにお酒はご法度だ。学園を卒業するまでは飲む事が許されていない。今回は確認のための特殊な事情があったので、八歳のチェリシアは口に含む事ができた。なにせ、酢を知る者は彼女だけだからだ。
「この風味を覚えれば、魔法で醸造する事も可能なはずです」
チェリシアはそう呟くと、
「というわけで、ロゼリア様。この味を覚えて下さい」
ロゼリアを見てにっこりと微笑む。
「ちょっと、料理人でもいいでしょ。なんで私なの」
「ロゼリア様、料理人が自由に動けないのはご存じでしょう? ロゼリア様のお父様の領地まで自由に動けるのは、ロゼリア様だけです」
「うぐっ!」
ロゼリアの反論をあっさり封じるチェリシア。後ろでペシエラが笑っている。
「ですが、領地の方にこの味を覚えて頂ければよろしいのです。そうすれば、ロゼリア様の負担は最初のうちだけで済みますから」
チェリシアは微笑んでいた。
しかし、ロゼリアの家の使用人たちは、怒るどころかこのやり取りを黙って見ていた。ハイビスやシアンもである。どうやら、お友だちと仲良くしている様子に見惚れてしまったようだ。
お酢の精製の話がついたところで、チェリシアは次の作業に取り掛かる。
チェリシアが取り出したのは肉。ありふれたボアの肉だった。
チェリシアはそれを酢を張った容器に漬け込む。その間に煮込みの方も行う。玉ねぎや人参といった、前世でもおなじみの野菜を切り刻み。それを水を張った鍋にぶつ切りトマトと酢を入れ、肉と一緒に煮込み始めた。
「灰汁取りをお願いします。浮かんできた灰色の泡をすくって取り除いて下さい」
チェリシアは近くに居た料理人に頼むと、十分浸した肉を取り出して、煮込みの釜戸とは別の釜戸に火を入れて肉を焼き始めた。
しばらくすると、両面が焼き上がった肉を皿に取って切り分ける。それが終われば、煮込みの鍋を確認。灰汁も出なくなったスープの中の人参に、味見用のスプーンを突き刺すと抵抗もなく簡単に切れたのだった。
「よし、完成だわ」
出来上がったのはボア肉のステーキとスープ。チェリシアは、その場に居た全員に小分けにして試食してもらった。
「ん、肉が……、柔らかい!」
「筋が多くて固い物を用意するよう言われてどういう事かと思ったけど、なるほど、こういう事なのね」
今回の料理は、概ね好評のようである。
「私でも肉が簡単に噛み切れる。これは素晴らしいわ、お姉様」
ペシエラも驚いて目を見開いている。
今回のチェリシアの計画は、大成功に終わった。ロゼリアとハイビスは、マゼンダ侯爵領の問題が一つ解決できたとして、チェリシアにお礼を言っていた。
この時、ハイビスはチェリシアに、思いついた理由を尋ねたが、チェリシアは、
「変な夢を見ただけです」
と、唇に人差し指を当ててごまかしていた。確かに、転生者で前世の知識と言っても信じられないだろう。しかし、これはこれで変人としか思われないのではないのだろうか。
「女性に秘密はつきものなのですよ」
チェリシアはこうとだけ付け加えていた。
試食会が終わったところで、チェリシアとペシエラは帰宅の時間を迎えてしまったので、この日はここでお開きとなったのだった。
その日の夜の事……。
「まさか、あのような事態になっているなんて、予想外だったわ。前回居なかった子が出てくるなんて」
薄暗くてよく分からないが、部屋の片隅で呟く声が聞こえる。
「我が家にあった古文書から時を戻す禁忌の魔法を見つけ出して使用してみたのはいいけど、見守る事しかできないなんてもどかし過ぎるわ」
声の主は、ベッドの上で寝返りを打つ。
「昼のあの様子を見る限り、あの子たちも記憶を持ったまま戻ってきているのは確か。前回のようにはならないかも知れない……」
仰向けになり、手を天井に伸ばす。
「なんとかして、間接的にでも改変させる事はできないかしら。王国が滅ぶ未来は、何としても避けなきゃいけない」
伸ばした手を引き寄せ、強く握る。
「必ずお救いしますから、お嬢様」
当主付きの執事であるハイビス立会のもと、中身の確認が行われる。侯爵家といえば公爵に次ぐ爵位の家柄。万が一があってはいけないからだ。
樽には蛇口のような突起が付いており、それが栓となっているようだ。そして、一方の樽の栓を少し緩める。鼻をつくような臭いが広がり、赤みがかった液体がコップに注がれる。
そのコップをチェリシアが受け取り、臭いを確認。そして、少し口に含む。そして、飲み込まないようにして、別の容器に吐いた。
「うん、お酢ですね。まだ少しお酒が残っている感じはしますが、私の知るお酢です」
チェリシアは断言した。
ちなみに、この世界でも子どもにお酒はご法度だ。学園を卒業するまでは飲む事が許されていない。今回は確認のための特殊な事情があったので、八歳のチェリシアは口に含む事ができた。なにせ、酢を知る者は彼女だけだからだ。
「この風味を覚えれば、魔法で醸造する事も可能なはずです」
チェリシアはそう呟くと、
「というわけで、ロゼリア様。この味を覚えて下さい」
ロゼリアを見てにっこりと微笑む。
「ちょっと、料理人でもいいでしょ。なんで私なの」
「ロゼリア様、料理人が自由に動けないのはご存じでしょう? ロゼリア様のお父様の領地まで自由に動けるのは、ロゼリア様だけです」
「うぐっ!」
ロゼリアの反論をあっさり封じるチェリシア。後ろでペシエラが笑っている。
「ですが、領地の方にこの味を覚えて頂ければよろしいのです。そうすれば、ロゼリア様の負担は最初のうちだけで済みますから」
チェリシアは微笑んでいた。
しかし、ロゼリアの家の使用人たちは、怒るどころかこのやり取りを黙って見ていた。ハイビスやシアンもである。どうやら、お友だちと仲良くしている様子に見惚れてしまったようだ。
お酢の精製の話がついたところで、チェリシアは次の作業に取り掛かる。
チェリシアが取り出したのは肉。ありふれたボアの肉だった。
チェリシアはそれを酢を張った容器に漬け込む。その間に煮込みの方も行う。玉ねぎや人参といった、前世でもおなじみの野菜を切り刻み。それを水を張った鍋にぶつ切りトマトと酢を入れ、肉と一緒に煮込み始めた。
「灰汁取りをお願いします。浮かんできた灰色の泡をすくって取り除いて下さい」
チェリシアは近くに居た料理人に頼むと、十分浸した肉を取り出して、煮込みの釜戸とは別の釜戸に火を入れて肉を焼き始めた。
しばらくすると、両面が焼き上がった肉を皿に取って切り分ける。それが終われば、煮込みの鍋を確認。灰汁も出なくなったスープの中の人参に、味見用のスプーンを突き刺すと抵抗もなく簡単に切れたのだった。
「よし、完成だわ」
出来上がったのはボア肉のステーキとスープ。チェリシアは、その場に居た全員に小分けにして試食してもらった。
「ん、肉が……、柔らかい!」
「筋が多くて固い物を用意するよう言われてどういう事かと思ったけど、なるほど、こういう事なのね」
今回の料理は、概ね好評のようである。
「私でも肉が簡単に噛み切れる。これは素晴らしいわ、お姉様」
ペシエラも驚いて目を見開いている。
今回のチェリシアの計画は、大成功に終わった。ロゼリアとハイビスは、マゼンダ侯爵領の問題が一つ解決できたとして、チェリシアにお礼を言っていた。
この時、ハイビスはチェリシアに、思いついた理由を尋ねたが、チェリシアは、
「変な夢を見ただけです」
と、唇に人差し指を当ててごまかしていた。確かに、転生者で前世の知識と言っても信じられないだろう。しかし、これはこれで変人としか思われないのではないのだろうか。
「女性に秘密はつきものなのですよ」
チェリシアはこうとだけ付け加えていた。
試食会が終わったところで、チェリシアとペシエラは帰宅の時間を迎えてしまったので、この日はここでお開きとなったのだった。
その日の夜の事……。
「まさか、あのような事態になっているなんて、予想外だったわ。前回居なかった子が出てくるなんて」
薄暗くてよく分からないが、部屋の片隅で呟く声が聞こえる。
「我が家にあった古文書から時を戻す禁忌の魔法を見つけ出して使用してみたのはいいけど、見守る事しかできないなんてもどかし過ぎるわ」
声の主は、ベッドの上で寝返りを打つ。
「昼のあの様子を見る限り、あの子たちも記憶を持ったまま戻ってきているのは確か。前回のようにはならないかも知れない……」
仰向けになり、手を天井に伸ばす。
「なんとかして、間接的にでも改変させる事はできないかしら。王国が滅ぶ未来は、何としても避けなきゃいけない」
伸ばした手を引き寄せ、強く握る。
「必ずお救いしますから、お嬢様」
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