8 / 433
第二章 ロゼリアとチェリシア
第8話 相談
しおりを挟む
「お邪魔致します、ロゼリア様」
玄関で淑女挨拶をするチェリシア。家庭教師による教育の成果が出ているようで、その所作は整っていた。
「連絡が来てからほんの数十分。お早いですわね、チェリシア嬢」
ロゼリアは、格下相手の態度で応対する。二人きりの時は対等の対応をするが、ここはマゼンダ侯爵邸の玄関先。なので、相応の対応で出迎えたわけである。
すぐさまロゼリアの部屋に移動する。
中に入れば、お互い椅子に座って力を抜く。
「チェリシア、どうしたの。まだ交流の日ではないわよ」
「ごめんなさい。ただ、領地の事を考えると、すぐに行動した方がいいと思って……。先触れは出しましたよ?」
チェリシアは謝罪しながら、上目遣いでロゼリアを見る。あまりの健気さに、未来で自分を計略に嵌めた人物と同一人物とは到底思えない可愛さを爆発させていた。
「と、とりあえず分かったわ。で、要件をまず聞きましょう」
ロゼリアは落ち着いて、両腕を組んでチェリシアを見る。チェリシアもまた、とても落ち着いてロゼリアを見ている。そして、一回息を飲むと、要件を話し始めた。
「……海水から塩を作る、ね。それは、どうやって作るのかしら」
ロゼリアは意地悪く尋ねる。でも、チェリシアは引かない。
「海水から砂などの不純物を濾して、水分を蒸発させるんです。そうすると、海水に溶け込んでいた成分が、結晶となって現れるのです」
「蒸発ってどうさせるの?」
「鍋でお湯を沸かすのと同じ方法です。もしくは、天日に晒して自然蒸発させる方法ですね」
チェリシアの説明した方法に、ロゼリアは感心する。そして、
「それは、あなたの前世の知識かしら」
そう尋ねる。すると、チェリシアは黙って頷いた。
「なるほど。しかし、それには多くの時間と労力を伴いそうね」
「はい。ですので、せっかく魔法もあるので、海水から塩の成分だけを魔法で取り出せないかと考えているのです」
チェリシアの発想に、ロゼリアは目を丸くした。
確かにこの世界には魔法がある。しかし、その多くは日常生活とはかけ離れた使い方しかない。その理由は、魔物が存在するからだ。一般的な動物とはかけ離れた体躯と能力を持ち、一個体だけでも大きな被害をもたらす存在、それが魔物である。それゆえに、魔法は魔物対策の中心として発展してきたのだった。
その魔法を、対魔物以外の場で活用する。これは死に戻り前のロゼリアも思いつかなかった使用方法だった。
「なるほど。しかし、使えたとしても海に使えるわけではないのよ。どれだけ大きいと思っているの」
ロゼリアの反応は織り込み済みだった。チェリシアはすぐに方法を説明する。
「桶に汲み取って、一杯ずつ施すのです。すると、塩を取り除いた水はただの水となって、生活用水などに活用できるわけです」
チェリシアの説明に、ロゼリアは感心した。
「それ以外にもあります。コーラル領では、海からの風にも多くの塩分を含みます。その風からも塩を除く事ができれば、領地の塩害も減らせるはずなんです」
チェリシアの顔は真剣だった。その上、まだ話は終わらない。
「問題なのは、コーラル領には魔法使いがまったく居ない事です。いずれ私が覚醒する事が分かっているとは言っても、コーラル領の惨状はとても猶予があるとは言えません」
チェリシアは胸の前で手を強く握る。
「そこで、ロゼリアの方から魔法使いを融通させてもらえませんか? もちろん、そのための費用は払います。塩が売れれば、塩害が解消されれば……。元々コーラル領の土壌は肥沃ですから、作物が育てられるようになるはずなんです」
チェリシアは必死だった。その様子は、ロゼリアにも十分伝わっている。だが、ロゼリアの顔は悩ましげだった。
「チェリシアの言いたい事は分かりました。ですが、こればかりは私の一存では決められません。お互いのお父様を交えて話をしませんと」
ロゼリアが渋ったのはそういう事だ。さすがに領地の問題ともなれば、統治者である領主の判断を仰がねばならない。
「まずは私のお父様とお話ししましょう。それからコーラル子爵に話を致しましょう。それでよろしいですね?」
ロゼリアが持ちかける。チェリシアはすぐに納得して頷く。
「ですが、あなたからも父親であるコーラル子爵に話をしておいて下さい。その方があなたからの話をどう捉えたとしても、その後の話を通しやすくなります」
「分かりました。頼る事になって申し訳ありません」
チェリシアはまごまごとしていたが、ロゼリアは笑ってみせた。
「……前回も早めに交流していれば、あそこまで恨まれずに済んだかも知れないわね」
ロゼリアは、チェリシアに聞こえないくらいの声で、ボソリと呟いたのだった。
玄関で淑女挨拶をするチェリシア。家庭教師による教育の成果が出ているようで、その所作は整っていた。
「連絡が来てからほんの数十分。お早いですわね、チェリシア嬢」
ロゼリアは、格下相手の態度で応対する。二人きりの時は対等の対応をするが、ここはマゼンダ侯爵邸の玄関先。なので、相応の対応で出迎えたわけである。
すぐさまロゼリアの部屋に移動する。
中に入れば、お互い椅子に座って力を抜く。
「チェリシア、どうしたの。まだ交流の日ではないわよ」
「ごめんなさい。ただ、領地の事を考えると、すぐに行動した方がいいと思って……。先触れは出しましたよ?」
チェリシアは謝罪しながら、上目遣いでロゼリアを見る。あまりの健気さに、未来で自分を計略に嵌めた人物と同一人物とは到底思えない可愛さを爆発させていた。
「と、とりあえず分かったわ。で、要件をまず聞きましょう」
ロゼリアは落ち着いて、両腕を組んでチェリシアを見る。チェリシアもまた、とても落ち着いてロゼリアを見ている。そして、一回息を飲むと、要件を話し始めた。
「……海水から塩を作る、ね。それは、どうやって作るのかしら」
ロゼリアは意地悪く尋ねる。でも、チェリシアは引かない。
「海水から砂などの不純物を濾して、水分を蒸発させるんです。そうすると、海水に溶け込んでいた成分が、結晶となって現れるのです」
「蒸発ってどうさせるの?」
「鍋でお湯を沸かすのと同じ方法です。もしくは、天日に晒して自然蒸発させる方法ですね」
チェリシアの説明した方法に、ロゼリアは感心する。そして、
「それは、あなたの前世の知識かしら」
そう尋ねる。すると、チェリシアは黙って頷いた。
「なるほど。しかし、それには多くの時間と労力を伴いそうね」
「はい。ですので、せっかく魔法もあるので、海水から塩の成分だけを魔法で取り出せないかと考えているのです」
チェリシアの発想に、ロゼリアは目を丸くした。
確かにこの世界には魔法がある。しかし、その多くは日常生活とはかけ離れた使い方しかない。その理由は、魔物が存在するからだ。一般的な動物とはかけ離れた体躯と能力を持ち、一個体だけでも大きな被害をもたらす存在、それが魔物である。それゆえに、魔法は魔物対策の中心として発展してきたのだった。
その魔法を、対魔物以外の場で活用する。これは死に戻り前のロゼリアも思いつかなかった使用方法だった。
「なるほど。しかし、使えたとしても海に使えるわけではないのよ。どれだけ大きいと思っているの」
ロゼリアの反応は織り込み済みだった。チェリシアはすぐに方法を説明する。
「桶に汲み取って、一杯ずつ施すのです。すると、塩を取り除いた水はただの水となって、生活用水などに活用できるわけです」
チェリシアの説明に、ロゼリアは感心した。
「それ以外にもあります。コーラル領では、海からの風にも多くの塩分を含みます。その風からも塩を除く事ができれば、領地の塩害も減らせるはずなんです」
チェリシアの顔は真剣だった。その上、まだ話は終わらない。
「問題なのは、コーラル領には魔法使いがまったく居ない事です。いずれ私が覚醒する事が分かっているとは言っても、コーラル領の惨状はとても猶予があるとは言えません」
チェリシアは胸の前で手を強く握る。
「そこで、ロゼリアの方から魔法使いを融通させてもらえませんか? もちろん、そのための費用は払います。塩が売れれば、塩害が解消されれば……。元々コーラル領の土壌は肥沃ですから、作物が育てられるようになるはずなんです」
チェリシアは必死だった。その様子は、ロゼリアにも十分伝わっている。だが、ロゼリアの顔は悩ましげだった。
「チェリシアの言いたい事は分かりました。ですが、こればかりは私の一存では決められません。お互いのお父様を交えて話をしませんと」
ロゼリアが渋ったのはそういう事だ。さすがに領地の問題ともなれば、統治者である領主の判断を仰がねばならない。
「まずは私のお父様とお話ししましょう。それからコーラル子爵に話を致しましょう。それでよろしいですね?」
ロゼリアが持ちかける。チェリシアはすぐに納得して頷く。
「ですが、あなたからも父親であるコーラル子爵に話をしておいて下さい。その方があなたからの話をどう捉えたとしても、その後の話を通しやすくなります」
「分かりました。頼る事になって申し訳ありません」
チェリシアはまごまごとしていたが、ロゼリアは笑ってみせた。
「……前回も早めに交流していれば、あそこまで恨まれずに済んだかも知れないわね」
ロゼリアは、チェリシアに聞こえないくらいの声で、ボソリと呟いたのだった。
2
お気に入りに追加
83
あなたにおすすめの小説
義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。
克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位
11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位
11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位
11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断
Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。
23歳の公爵家当主ジークヴァルト。
年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。
ただの女友達だと彼は言う。
だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。
彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。
また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。
エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。
覆す事は出来ない。
溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。
そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。
二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。
これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。
エルネスティーネは限界だった。
一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。
初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。
だから愛する男の前で死を選ぶ。
永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。
矛盾した想いを抱え彼女は今――――。
長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。
センシティブな所へ触れるかもしれません。
これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
元悪役令嬢はオンボロ修道院で余生を過ごす
こうじ
ファンタジー
両親から妹に婚約者を譲れと言われたレスナー・ティアント。彼女は勝手な両親や裏切った婚約者、寝取った妹に嫌気がさし自ら修道院に入る事にした。研修期間を経て彼女は修道院に入る事になったのだが彼女が送られたのは廃墟寸前の修道院でしかも修道女はレスナー一人のみ。しかし、彼女にとっては好都合だった。『誰にも邪魔されずに好きな事が出来る!これって恵まれているんじゃ?』公爵令嬢から修道女になったレスナーののんびり修道院ライフが始まる!
拾ったメイドゴーレムによって、いつの間にか色々されていた ~何このメイド、ちょっと怖い~
志位斗 茂家波
ファンタジー
ある日、ひょんなことで死亡した僕、シアンは異世界にいつの間にか転生していた。
とは言え、赤子からではなくある程度成長した肉体だったので、のんびり過ごすために自給自足の生活をしていたのだが、そんな生活の最中で、あるメイドゴーレムを拾った。
…‥‥でもね、なんだろうこのメイド、チートすぎるというか、スペックがヤヴァイ。
「これもご主人様のためなのデス」「いや、やり過ぎだからね!?」
これは、そんな大変な毎日を送る羽目になってしまった後悔の話でもある‥‥‥いやまぁ、別に良いんだけどね(諦め)
小説家になろう様でも投稿しています。感想・ご指摘も受け付けますので、どうぞお楽しみに。
放置された公爵令嬢が幸せになるまで
こうじ
ファンタジー
アイネス・カンラダは物心ついた時から家族に放置されていた。両親の顔も知らないし兄や妹がいる事は知っているが顔も話した事もない。ずっと離れで暮らし自分の事は自分でやっている。そんな日々を過ごしていた彼女が幸せになる話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる