不死の少女は王女様

未羊

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第64話 熱い商人魂

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 その頃のタクティクの街では……。

「実に急な注文だったな、これは」

「ええ。私の方でどうにかしてはみますが、期待にそえるかどうかは分かりませんね」

 ヴァントとコメルスの二人が困り果てていた。
 原因はステラが持ってきた一通の手紙。ステラの師匠であるベルオムが認めた手紙のせいである。
 宮廷魔術師としてエルミタージュ大陸の一部の地域では知られるベルオム。しかし、そんな彼が魔道具師である事を知る者は逆に少なかった。
 実は、今回ベルオムがステラに託した手紙には、魔道具の材料となるものの注文が記載されていたのである。

「それにしても、こんなものまで渡されるとなぁ……」

「まるで極秘任務といった感じがしますね」

 手紙を読み終えた二人が、封筒の中に手を突っ込むと魔法鞄が出てきたのだ。なんと、手紙の封筒も魔法鞄になっていたのである。
 さすがにこれには二人も驚かざるを得なかった。
 封筒はただの紙である。そのただの紙ですらも魔法鞄に変えてしまう。この技術に驚くなという方が無理なのだ。

「これだけの方から頼まれるという事は、このタクティクの事を評価してもらっているということだからな。せっかくの案件だ、しっかりものにしないとな」

「ええ、そうですね。ただ、相手があのコリーヌ帝国ですから、油断はなりませんけれどね」

 ヴァントは気合いを入れているのだが、コメルスの方はかなり慎重なようだった。
 その理由が、口にした『コリーヌ帝国』である。

「まぁそれはそうだな。コリーヌ帝国に関しては、ここしばらくというもの、いい噂を聞きやしないからな。そういや、なんでも最近、冒険者組合にはよく分からない指名手配が出回ったらしいしな」

「ああ、ステラリア・エルミタージュの手配書ですか」

「さすがに知っているか」

「ええ、情報こそが商会の命ですからね」

 腕を組んで悩ましい顔をするヴァントに対して、コメルスはかなり落ち着いた反応をしている。

「よくは知らないですが、調べた限り分かったのは、エルミタージュという名前はかなり昔に滅んだ王家の名前のようですね」

「なんでそんな古い王家の名前を持った人物の手配書を出したんだろうな」

「さすがにそこまでは分かりませんでしたね。ですが、そんなものを出すという事は、コリーヌ帝国は何かしらの情報を得たということでしょうね」

「ふうむ……」

 コメルスの説明に、ヴァントは考え込んでしまった。
 商業組合としても、あれこれと情報を仕入れ回っていた。その中には、コリーヌ帝国に関する情報はもちろんある。
 それによれば、今の皇帝になってからというもの、やたらとよくない話ばかりが流れてくるようになったのだという。その中には耳を塞ぎたくなるようなものもあるのだが、所詮は人伝に聞いたものと話半分に心に留めていた。
 彼らの反応を見る限り、コリーヌ帝国というのはろくでもなさそうな国のようである。
 いろいろと話をした彼らは、改めてベルオムからの手紙に話題を戻した。

「そういう背景を考えると、おそらくベルオム様のこの依頼は……」

「ああ、物品の調達依頼と見せかけたコリーヌ帝国への探りということだろうな」

 この意見に到達した二人は、腕を組んで椅子にもたれ掛かっている。
 正直なところ、あのベルオムからの依頼ということで名誉であるといえば名誉なのだ。
 しかし、なまじ頭がいいだけに、二人は依頼の裏に隠された意図に気が付いてしまった。それゆえに頭を悩ませているわけなのである。

「幸いなのは、この依頼に期限が設けられていない事だな」

「そうですね。ベルオム様もそれだけ危険なものであることは承知なのでしょうね」

「しかし、どうするつもりだ。かなり危険な感じしかしないんだが……」

 さすがにヴァントは慎重になっている。言い方からするに、コメルスにもやめておけと暗に言っているように聞こえる。
 しかし、コメルスにその意図が伝わっていながらも、コメルスには退くという考えはないようだった。

「いいえ、むしろこれはチャンスです。うまく使えばコリーヌ帝国とも取引をする事ができると思いますよ」

「正気か?!」

 コメルスの言葉に、ヴァントは思わず声を上げてしまう。

「正気も正気です。そもそも商会の立ち上げた時の動機が、『エルミタージュ一の紹介になること』なんですからね。それを考えれば最近勢いのあるコリーヌ帝国を相手取らないわけにはいきませんよ」

「だが、お前にはまだ幼い子どもが居るんだ。万一の事があったらどうするつもりだ?」

 ヴァントがコメルスを必死に説得しようとしている。ところが、コメルスの決意は固いようで、説得にまったく応じようとしなかった。

「組合長としての心配は分かりますが、これは私の夢のためなんです。ベルオム様の依頼、このコメルスが必ずややり遂げてみせましょう」

 はっきり言われてしまえば、ヴァントにもう掛けられる言葉はなかった。

「……そうか、そこまで固いか。ならば、商人としてしっかりとやり遂げてくれ。俺のとこの商会としては一番規模がでかいから、正直何としても引き止めたかったんだがな……」

「すみませんね。私もわがままなものですからね」

 コメルスはこう言うと、部屋を出ていこうとする。

「コメルス」

 ヴァントが声を掛ける。

「こっちの事は俺に任せておいてくれ。……必ず戻って来いよ」

「ええ、もちろんですとも」

 コメルスは約束を交わして、タクティクの商業組合を後にしたのだった。
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