12 / 77
第12話 遠出の依頼
しおりを挟む
ステラがリューンの指導をするようになってから、ひと月ほどが経過した。
この日は少し遠出をして、行商人の護衛を買って出ており、隣町のヴォワザンへと向かっている。
徒歩で2日程度離れた街で、バナルの間とは互いの生産品を取引している間柄にある街なのだ。
距離は短いとはいっても、魔物や盗賊が出る事があるために、こうやって護衛となる冒険者を雇って交易をしている状態なのである。
何気にリューンにとっては、初めて別の街に行く依頼となったのである。
「本当に歩くのかい?」
「はい、慣れていますから。リューンは乗せてもらった方がいいと思いますが?」
「鍛錬のためです。歩きます」
「いざという時に動けないと護衛の意味はありませんよ?」
半ば意固地になっていたリューンだったが、ステラに指摘されるとおとなしく御者台に座っていた。まだまだ体力は乏しいので仕方がない。
すごすごと御者台に座るリューンを見て、ステラは可愛いものだなと思って笑っていた。
とことこと歩いていく街道は実に平和だ。
そもそも平原地帯であるプレヌ王国内には、崖だの森だのはほとんど存在しない。なので、魔物も盗賊も隠れて待ち伏せというのはほぼ不可能なのである。つまり護衛といっても万が一に備えてという形だけのものなのだ。だから、リューンが居ても引き受けられたというわけである。
バナルの街の外でもこちらの方は初めてなのか、リューンはあちこちをきょろきょろと眺めている。まったく落ち着きのない様子だった。
「はははっ、坊主はこっちの方は初めてか」
「はい」
御者がリューンに声を掛けると、元気よく肯定していた。
「彼はほとんど街の外に出た事がないそうです。なので、少しでも外に慣れさせようと思って、今回の依頼を引き受けたのですよ」
「へえ。そっちの嬢ちゃんと見た感じは同じくらいなのに、ずいぶんと慣れた感じだな」
「私は見た目が小さいだけですよ」
「それは失礼したな。デリカシーに欠けていたな」
別に怒っているわけではないが、御者は悪い事をしたように感じたようだった。
それからはしばらく黙々と馬車を走らせていた。
食事の時になると街道から少し外れた場所で馬車を止め、馬を木につないで食事を取る。
「そういえばステラさんでしたよね。それでどうやって食事を取られるのですか?」
依頼主から質問されるステラである。
確かにそうなのだ。ステラは顔面を完全に覆う仮面を着けているのだ。そのままではどうやっても食事をする事はできない。
ところが、ステラは気にした様子もなく、仮面に手を当てている。しばらくすると、仮面の口にあたる部分だけがすっと消えてなくなってしまった。
「この通り、口の部分だけは開閉が自由ですので、まったく問題ないんですよ。ただ、個人的事情で顔全体をお見せすることはできませんので、そこだけはご了承下さいませ」
そう言うと、ステラは再び仮面で完全に顔を覆っていた。
すると、商人も御者も、それ以降は仮面に関してはまったく突っ込んでこなくなった。さすがは信用第一、機密厳守が信条の商人である。
食事を終えると、再びヴォワザンを目指して移動を始める。
そして、おおよそ半分少々進んだところで陽が落ちてしまう。今日はそこで野宿となった。
「それでは今日はここで野宿としましょう。夜の間、見張りをお願いします」
「分かりました、お任せ下さい」
ステラは商人の言葉にしっかりと答える。リューンはわくわくとして両手を握っているだけだったので、ステラは軽く注意しておいた。
それにしても、リューンは本当に楽しそうな顔をしている。おそらくは初めての野宿なので興奮しているのだろう。
「リューン、今はそういう時ではないのですよ。初めての野宿なので楽しみなのは分かりますが……」
ステラはリューンを窘める。さすがに困った様子のステラを見てしまうと、リューンもようやく落ち着いたようだった。
「ごめんなさい。つい、初めてなので浮かれてしまいました」
素直に謝るリューンである。
「まったく、そんな事では冒険者としてはやっていけませんよ。気の緩みは最大の敵なんですから」
「分かりました」
リューンに言い聞かせた後に、ステラは料理を始める。本来は商人のお抱えの料理人が作ったりもするのだが、今回ばかりはステラが買って出たのである。
仮面の口の部分だけを開けて料理をする姿は、なんとも奇妙に映っている。
しかし、その調理の光景とは裏腹に、その料理の味はなんとも好評だった。こんな料理まで作ってしまうとは、ステラは一体何者なのだろうか。その場の全員にそんな考えが浮かんできた。
本当にステラは謎の多き人物なのである。
夕食を終えると、一行は翌日のために休息をとる。そんな中、ステラだけは近くにある木にもたれ掛かって周囲を警戒し始める。そこにリューンが近付いてくる。
「リューンは皆さんと一緒に寝ていて下さい。初めての遠出で疲れているでしょう?」
「でも、いいんですか?」
「構いませんよ。その代わり、いざという時に起きて対応できるようにはしておいて下さい」
「分かりました」
ステラに言われたリューンは、仕方なく商人たちの近くへと移動していく。そこで毛布にくるまって眠りについた。
「さて、それでは私は寝ずの番といきますか」
ステラは星空を見上げながら、周囲の警戒を再開したのだった。
この日は少し遠出をして、行商人の護衛を買って出ており、隣町のヴォワザンへと向かっている。
徒歩で2日程度離れた街で、バナルの間とは互いの生産品を取引している間柄にある街なのだ。
距離は短いとはいっても、魔物や盗賊が出る事があるために、こうやって護衛となる冒険者を雇って交易をしている状態なのである。
何気にリューンにとっては、初めて別の街に行く依頼となったのである。
「本当に歩くのかい?」
「はい、慣れていますから。リューンは乗せてもらった方がいいと思いますが?」
「鍛錬のためです。歩きます」
「いざという時に動けないと護衛の意味はありませんよ?」
半ば意固地になっていたリューンだったが、ステラに指摘されるとおとなしく御者台に座っていた。まだまだ体力は乏しいので仕方がない。
すごすごと御者台に座るリューンを見て、ステラは可愛いものだなと思って笑っていた。
とことこと歩いていく街道は実に平和だ。
そもそも平原地帯であるプレヌ王国内には、崖だの森だのはほとんど存在しない。なので、魔物も盗賊も隠れて待ち伏せというのはほぼ不可能なのである。つまり護衛といっても万が一に備えてという形だけのものなのだ。だから、リューンが居ても引き受けられたというわけである。
バナルの街の外でもこちらの方は初めてなのか、リューンはあちこちをきょろきょろと眺めている。まったく落ち着きのない様子だった。
「はははっ、坊主はこっちの方は初めてか」
「はい」
御者がリューンに声を掛けると、元気よく肯定していた。
「彼はほとんど街の外に出た事がないそうです。なので、少しでも外に慣れさせようと思って、今回の依頼を引き受けたのですよ」
「へえ。そっちの嬢ちゃんと見た感じは同じくらいなのに、ずいぶんと慣れた感じだな」
「私は見た目が小さいだけですよ」
「それは失礼したな。デリカシーに欠けていたな」
別に怒っているわけではないが、御者は悪い事をしたように感じたようだった。
それからはしばらく黙々と馬車を走らせていた。
食事の時になると街道から少し外れた場所で馬車を止め、馬を木につないで食事を取る。
「そういえばステラさんでしたよね。それでどうやって食事を取られるのですか?」
依頼主から質問されるステラである。
確かにそうなのだ。ステラは顔面を完全に覆う仮面を着けているのだ。そのままではどうやっても食事をする事はできない。
ところが、ステラは気にした様子もなく、仮面に手を当てている。しばらくすると、仮面の口にあたる部分だけがすっと消えてなくなってしまった。
「この通り、口の部分だけは開閉が自由ですので、まったく問題ないんですよ。ただ、個人的事情で顔全体をお見せすることはできませんので、そこだけはご了承下さいませ」
そう言うと、ステラは再び仮面で完全に顔を覆っていた。
すると、商人も御者も、それ以降は仮面に関してはまったく突っ込んでこなくなった。さすがは信用第一、機密厳守が信条の商人である。
食事を終えると、再びヴォワザンを目指して移動を始める。
そして、おおよそ半分少々進んだところで陽が落ちてしまう。今日はそこで野宿となった。
「それでは今日はここで野宿としましょう。夜の間、見張りをお願いします」
「分かりました、お任せ下さい」
ステラは商人の言葉にしっかりと答える。リューンはわくわくとして両手を握っているだけだったので、ステラは軽く注意しておいた。
それにしても、リューンは本当に楽しそうな顔をしている。おそらくは初めての野宿なので興奮しているのだろう。
「リューン、今はそういう時ではないのですよ。初めての野宿なので楽しみなのは分かりますが……」
ステラはリューンを窘める。さすがに困った様子のステラを見てしまうと、リューンもようやく落ち着いたようだった。
「ごめんなさい。つい、初めてなので浮かれてしまいました」
素直に謝るリューンである。
「まったく、そんな事では冒険者としてはやっていけませんよ。気の緩みは最大の敵なんですから」
「分かりました」
リューンに言い聞かせた後に、ステラは料理を始める。本来は商人のお抱えの料理人が作ったりもするのだが、今回ばかりはステラが買って出たのである。
仮面の口の部分だけを開けて料理をする姿は、なんとも奇妙に映っている。
しかし、その調理の光景とは裏腹に、その料理の味はなんとも好評だった。こんな料理まで作ってしまうとは、ステラは一体何者なのだろうか。その場の全員にそんな考えが浮かんできた。
本当にステラは謎の多き人物なのである。
夕食を終えると、一行は翌日のために休息をとる。そんな中、ステラだけは近くにある木にもたれ掛かって周囲を警戒し始める。そこにリューンが近付いてくる。
「リューンは皆さんと一緒に寝ていて下さい。初めての遠出で疲れているでしょう?」
「でも、いいんですか?」
「構いませんよ。その代わり、いざという時に起きて対応できるようにはしておいて下さい」
「分かりました」
ステラに言われたリューンは、仕方なく商人たちの近くへと移動していく。そこで毛布にくるまって眠りについた。
「さて、それでは私は寝ずの番といきますか」
ステラは星空を見上げながら、周囲の警戒を再開したのだった。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~
サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。
因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。
そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。
彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。
晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。
それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。
幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。
二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。
カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。
こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる