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第32話
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翌日、編集長は部長たちと連絡を取り合って襟峰市に入る。
覚悟はしていたものの、かなり根深い問題で長期化しそうとあってか、編集長の表情はすぐれないようだ。付き合わされている部下の男性の表情はなおさらである。
「おお、同志よ。何か面白い情報でも手に入ったのかな」
落ち合うなり部長は編集長に、明るい笑顔で話し掛けている。
「その様子だと、そちらも何か情報をつかんだようですね」
「ふふん、いかにも」
編集長の言葉に、眼鏡を触りながらドヤ顔を決める部長である。
「外は暑いですから、お邪魔してもいいでしょうかしら」
「もちろんですとも。マスコミは嫌いだが、同じものを追いかける同志を無下に扱うなどできませんからな」
部長は家の中に編集長とその部下を招き入れた。
二階に上がると、そこにはいとこの美幸と正幸が待ち構えていた。
「おや、君たちもいたのか」
「もちろんですよ。夏休み中ずっと居座ってやるつもりです」
「みゆ姉……」
美幸の覚悟に、正幸はもう頭が痛そうだった。
「まずは私たちの方から情報を出そう。獣医師に例の犬を見てもらった結果だ」
本来ならば簡単に外には出ることのないカルテだが、編集長たちは調査以来という体で手に入れることができた。
そのカルテによれば、犬は極度の飢餓状態にあるらしい。夜に動くのも体力の消耗を押さえるためだろうという話だった。
なにより奇妙だったのは、夜9時を前にすると動いて殺気立ち始め、一晩中暴れ回り、朝の4時を迎えると自然と落ち着いて眠ってしまったという点だった。その後は周りがうるさくなろうがどうなろうが、死んだように眠っていたのだという。
「ふむ、やっぱり変わっているな」
話を聞いた部長は、あまりにも妙な犬の行動に訝しんでいる。
編集長たちの話と犬ばあさんのここまでの情報を組み合わせると、百匹はいるはずだ。それらをすべて同じようにしつけるなど、普通ならば難しい話だ。
だが、怪異の正体とされる犬たちは、同じ時間に放射状に広がっていき、同じような時間に戻っていく。どうしたらそのようにしつけられるのか。まったく謎なのである。
「とはいえ、謎な生態の一部が明らかになったくらいだ。何かの役に立つとは思えないな」
「いや、私としては有益な情報だったよ」
編集長の話に、部長は満足げな様子だった。
その様子に怪訝な表情をする編集長。なので、思い切って部長へと質問をぶつける。
「そちらの方も何かつかんだのだろうな」
「もちろんだとも。市に寄せられた苦情というものを調べてみたんだよ。夜9時~朝の4時という点に注目してな」
「何か分かったのか?」
編集長の確認するような問い掛けに、部長はまったく答えることなく自分のパソコンに向かった。
「匿名ではあるものの、何度となく同じ苦情が寄せられていたようだよ」
カタカタと打ち込んで、該当の画面を表示させる部長。やけに細かい間隔で市に寄せられた苦情。それは夜間の騒音に対するものだった。
まったく、普通はこういった情報は開示されないはずなのだが、どういったところから引っ張ってきたのだろうか。目の前の中学生に思わず恐怖を感じる編集長である。
「で、その苦情もある時を境にぷっつりと切れている」
画面を覗き込む編集長たち。
すると、確かにある時を最後に、苦情が一切なくなったのだ。
「これは、襟峰市内で不審死が騒がれ始めた頃のより前だな……」
そう、苦情があったのは、襟峰市内で不審死が相次ぐようになった時期より以前にしか寄こされていなかった。まぁあの件以来一気に夜が静かになったので、苦情を出す必要がなくなったのだろうが、何とも奇妙な話である。
「その苦情なんだけど、毎度固定電話からされていたようでね。これも記録からたどることができたんだ。それで、その電話の主というのが……」
「あの犬ばあさんというわけか」
「ご名答」
「となれば、あの犬の飼い主が分かれば、いよいよ攻めに転じられるってわけね」
近付こうにもものすごい剣幕で追い払われていたので、ようやくつけ入る隙ができたというわけだった。
地道な調査が、いよいよ事件の核心に迫りつつある。そのことに、部長と編集長の心は昂り始めているのだった。
覚悟はしていたものの、かなり根深い問題で長期化しそうとあってか、編集長の表情はすぐれないようだ。付き合わされている部下の男性の表情はなおさらである。
「おお、同志よ。何か面白い情報でも手に入ったのかな」
落ち合うなり部長は編集長に、明るい笑顔で話し掛けている。
「その様子だと、そちらも何か情報をつかんだようですね」
「ふふん、いかにも」
編集長の言葉に、眼鏡を触りながらドヤ顔を決める部長である。
「外は暑いですから、お邪魔してもいいでしょうかしら」
「もちろんですとも。マスコミは嫌いだが、同じものを追いかける同志を無下に扱うなどできませんからな」
部長は家の中に編集長とその部下を招き入れた。
二階に上がると、そこにはいとこの美幸と正幸が待ち構えていた。
「おや、君たちもいたのか」
「もちろんですよ。夏休み中ずっと居座ってやるつもりです」
「みゆ姉……」
美幸の覚悟に、正幸はもう頭が痛そうだった。
「まずは私たちの方から情報を出そう。獣医師に例の犬を見てもらった結果だ」
本来ならば簡単に外には出ることのないカルテだが、編集長たちは調査以来という体で手に入れることができた。
そのカルテによれば、犬は極度の飢餓状態にあるらしい。夜に動くのも体力の消耗を押さえるためだろうという話だった。
なにより奇妙だったのは、夜9時を前にすると動いて殺気立ち始め、一晩中暴れ回り、朝の4時を迎えると自然と落ち着いて眠ってしまったという点だった。その後は周りがうるさくなろうがどうなろうが、死んだように眠っていたのだという。
「ふむ、やっぱり変わっているな」
話を聞いた部長は、あまりにも妙な犬の行動に訝しんでいる。
編集長たちの話と犬ばあさんのここまでの情報を組み合わせると、百匹はいるはずだ。それらをすべて同じようにしつけるなど、普通ならば難しい話だ。
だが、怪異の正体とされる犬たちは、同じ時間に放射状に広がっていき、同じような時間に戻っていく。どうしたらそのようにしつけられるのか。まったく謎なのである。
「とはいえ、謎な生態の一部が明らかになったくらいだ。何かの役に立つとは思えないな」
「いや、私としては有益な情報だったよ」
編集長の話に、部長は満足げな様子だった。
その様子に怪訝な表情をする編集長。なので、思い切って部長へと質問をぶつける。
「そちらの方も何かつかんだのだろうな」
「もちろんだとも。市に寄せられた苦情というものを調べてみたんだよ。夜9時~朝の4時という点に注目してな」
「何か分かったのか?」
編集長の確認するような問い掛けに、部長はまったく答えることなく自分のパソコンに向かった。
「匿名ではあるものの、何度となく同じ苦情が寄せられていたようだよ」
カタカタと打ち込んで、該当の画面を表示させる部長。やけに細かい間隔で市に寄せられた苦情。それは夜間の騒音に対するものだった。
まったく、普通はこういった情報は開示されないはずなのだが、どういったところから引っ張ってきたのだろうか。目の前の中学生に思わず恐怖を感じる編集長である。
「で、その苦情もある時を境にぷっつりと切れている」
画面を覗き込む編集長たち。
すると、確かにある時を最後に、苦情が一切なくなったのだ。
「これは、襟峰市内で不審死が騒がれ始めた頃のより前だな……」
そう、苦情があったのは、襟峰市内で不審死が相次ぐようになった時期より以前にしか寄こされていなかった。まぁあの件以来一気に夜が静かになったので、苦情を出す必要がなくなったのだろうが、何とも奇妙な話である。
「その苦情なんだけど、毎度固定電話からされていたようでね。これも記録からたどることができたんだ。それで、その電話の主というのが……」
「あの犬ばあさんというわけか」
「ご名答」
「となれば、あの犬の飼い主が分かれば、いよいよ攻めに転じられるってわけね」
近付こうにもものすごい剣幕で追い払われていたので、ようやくつけ入る隙ができたというわけだった。
地道な調査が、いよいよ事件の核心に迫りつつある。そのことに、部長と編集長の心は昂り始めているのだった。
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