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第174話 せめて笑顔で
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ついにこの日を迎えてしまった。
2月の末日、久しぶりに新聞部の部室に栞たちが集まっていた。
1月の間に部長の職は真彩に受け継がれており、鍵を開ける役目まで引き継がれていた。
「そういえばこの一か月の間、ここに来る事なかったですね」
鍵を開けながら真彩がふとこぼしている。
「部のあれこれの引継ぎだったり、調査内容のまとめだったりで落ち着かなかったものね。仕方ないとは思うわよ」
栞はくすくすと笑いながら、真彩を労っている。
ところが、いざ鍵を開けようとする真彩がこてんと首を傾げていた。
「あれ?」
「どうしたのだ、まぁ」
わっけーが心配になって声を掛ける。
「うん、鍵が開いてる」
「なんと?」
驚いた事に、新聞部の部室の鍵が開いていたのだ。という事は、中に誰かが居る可能性が高い。栞たちの間に、一気に緊張感が走る。
ごくりと息を飲んで、栞が扉を開く。
すると、そのタイミングでぱんぱんという音が響き渡った。
「お待ちしておりましたよ、みなさん」
「まったく、鳥子も人の悪い事をするものだな」
中に居たのは鳥子と軽部の二人だった。
あまりに突然の事に、思わず体も表情も固まってしまう栞たちだった。
「えっと……、先輩方?」
戸惑うように言葉を絞り出す栞。その姿を見て鳥子は面白おかしく笑っている。
「ふふっ、どっきり成功ですね。この部屋の鍵、もう一つある事をお忘れですか?」
「はっ!」
鳥子の言葉にはっとする栞である。
そう、新聞部の部室の鍵は二つあったのだ。
一つは部長として真彩に受け継がれた鍵だ。そして、もうひとつが今は鳥子が持っている鍵である。
「その鍵って校長先生が管理していませんでしたっけか?」
栞が確認するように尋ねると、鍵を唇に当てるようにしながら鳥子は笑っている。それだけで理由がなんとなく察せてしまうあたり、この一年間の付き合いというのは濃かったようだ。
「私たちは本日で最後ですからね。あとは卒業式だけです。可愛い後輩たちと一緒にちょっと打ち上げをしてみたかっただけなんですよ」
少し意地悪そうに笑う鳥子。でも、その表情を見た栞は、ようやく重圧から抜け出せる事を心から喜んでいるのだと悟ったのだった。
「はっはっはっ、まだ高校受験という最大の壁があるのだ。気を抜くのはまだ早いのだ」
わっけーも同じように悟ったのか、忠告するかのように鳥子を指差しながら言い放っている。先輩に対して指を差すのは失礼ではないのか。そう思う栞なのであった。
しばらくの間、部室の中で労い合う栞たち。さすがに学校内だしみんな真面目なので、お菓子もジュースもないながらにもわいわいと盛り上がっていた。
「本当に、私たちが苦労してきた2年間は何だったのだろうかと思えるくらい、今年度だけで状況が動いてしまいましたね。素直に感謝しかありません」
下校時刻が迫ってきている中、鳥子はついつい感極まって涙を流し始めていた。その姿に、栞たちは何も言えずに眺めているだけしかできなかった。
いくらバーディア一家に関係した事とはいえ、身寄りも居ない状況の中、ほぼ単身で乗り込んできたのだ。鳥子のやってきた苦労というのは想像できないくらい大変なものだっただろう。
そう考えると、栞たちはついつい黙り込んでしまいそうになってしまう。
「ふふっ、そんなに思い詰めないで下さい。私は、みなさんに出会えて本当によかったと思っていますから」
鳥子はそう言いながら、詩音へと近付いていく。
「私の妹、リリック・バーディアの事をよろしくお願いします。これからは、学校の間は面倒が見れなくなってしまいますからね」
「はい、もちろんですよ」
肩に手を添えてぐっと詩音を引き寄せる鳥子。その状況に思わず赤くなってしまう詩音である。
しかし、真彩たちの返事を聞いて、詩音は安心したかのように目を閉じていた。
「さて、そろそろ名残惜しいですが、そろそろお開きと致しましょうか。もう下校時間が近付いていますからね」
鳥子が部室内の時計に目をやる。
確かに時計は夕方の5時を指そうとしている。
「受験勉強に集中するために、おそらくみなさんにお会いするのは卒業式の時でしょうね」
栞たちへと視線を下ろしながら、鳥子はどこか寂しそうに喋っている。そして、体ごと栞たちの方へと向き直ると、鳥子は深々と頭を下げた。
「みなさんのおかげで、私の目的は完全に達成できました。これで安心して自分たちの生活を送れます。本当にありがとうございました」
調部長の姿勢に、栞たちはお互いの顔を見合っている。
「はーっはっはっはっ。あたしはおじさんの事でたまたま協力しただけなのだ。でも、役に立ててよかったのだ。あっはっはっはっ」
わっけーが突然笑い出していた。どうやら湿っぽい空気を嫌ったようである。
しかし、その平常運転のわっけーの行動が、その場に笑いをもたらしたようだ。
「脇田さんってば……。でも、ありがとうございます。明るく卒業できそうですからね」
肩をすくめて笑顔を浮かべる鳥子であった。
こうして、鳥子と軽部の卒業前の中学生最後の登校日は、明るい雰囲気のまま終わる事ができたのだった。
2月の末日、久しぶりに新聞部の部室に栞たちが集まっていた。
1月の間に部長の職は真彩に受け継がれており、鍵を開ける役目まで引き継がれていた。
「そういえばこの一か月の間、ここに来る事なかったですね」
鍵を開けながら真彩がふとこぼしている。
「部のあれこれの引継ぎだったり、調査内容のまとめだったりで落ち着かなかったものね。仕方ないとは思うわよ」
栞はくすくすと笑いながら、真彩を労っている。
ところが、いざ鍵を開けようとする真彩がこてんと首を傾げていた。
「あれ?」
「どうしたのだ、まぁ」
わっけーが心配になって声を掛ける。
「うん、鍵が開いてる」
「なんと?」
驚いた事に、新聞部の部室の鍵が開いていたのだ。という事は、中に誰かが居る可能性が高い。栞たちの間に、一気に緊張感が走る。
ごくりと息を飲んで、栞が扉を開く。
すると、そのタイミングでぱんぱんという音が響き渡った。
「お待ちしておりましたよ、みなさん」
「まったく、鳥子も人の悪い事をするものだな」
中に居たのは鳥子と軽部の二人だった。
あまりに突然の事に、思わず体も表情も固まってしまう栞たちだった。
「えっと……、先輩方?」
戸惑うように言葉を絞り出す栞。その姿を見て鳥子は面白おかしく笑っている。
「ふふっ、どっきり成功ですね。この部屋の鍵、もう一つある事をお忘れですか?」
「はっ!」
鳥子の言葉にはっとする栞である。
そう、新聞部の部室の鍵は二つあったのだ。
一つは部長として真彩に受け継がれた鍵だ。そして、もうひとつが今は鳥子が持っている鍵である。
「その鍵って校長先生が管理していませんでしたっけか?」
栞が確認するように尋ねると、鍵を唇に当てるようにしながら鳥子は笑っている。それだけで理由がなんとなく察せてしまうあたり、この一年間の付き合いというのは濃かったようだ。
「私たちは本日で最後ですからね。あとは卒業式だけです。可愛い後輩たちと一緒にちょっと打ち上げをしてみたかっただけなんですよ」
少し意地悪そうに笑う鳥子。でも、その表情を見た栞は、ようやく重圧から抜け出せる事を心から喜んでいるのだと悟ったのだった。
「はっはっはっ、まだ高校受験という最大の壁があるのだ。気を抜くのはまだ早いのだ」
わっけーも同じように悟ったのか、忠告するかのように鳥子を指差しながら言い放っている。先輩に対して指を差すのは失礼ではないのか。そう思う栞なのであった。
しばらくの間、部室の中で労い合う栞たち。さすがに学校内だしみんな真面目なので、お菓子もジュースもないながらにもわいわいと盛り上がっていた。
「本当に、私たちが苦労してきた2年間は何だったのだろうかと思えるくらい、今年度だけで状況が動いてしまいましたね。素直に感謝しかありません」
下校時刻が迫ってきている中、鳥子はついつい感極まって涙を流し始めていた。その姿に、栞たちは何も言えずに眺めているだけしかできなかった。
いくらバーディア一家に関係した事とはいえ、身寄りも居ない状況の中、ほぼ単身で乗り込んできたのだ。鳥子のやってきた苦労というのは想像できないくらい大変なものだっただろう。
そう考えると、栞たちはついつい黙り込んでしまいそうになってしまう。
「ふふっ、そんなに思い詰めないで下さい。私は、みなさんに出会えて本当によかったと思っていますから」
鳥子はそう言いながら、詩音へと近付いていく。
「私の妹、リリック・バーディアの事をよろしくお願いします。これからは、学校の間は面倒が見れなくなってしまいますからね」
「はい、もちろんですよ」
肩に手を添えてぐっと詩音を引き寄せる鳥子。その状況に思わず赤くなってしまう詩音である。
しかし、真彩たちの返事を聞いて、詩音は安心したかのように目を閉じていた。
「さて、そろそろ名残惜しいですが、そろそろお開きと致しましょうか。もう下校時間が近付いていますからね」
鳥子が部室内の時計に目をやる。
確かに時計は夕方の5時を指そうとしている。
「受験勉強に集中するために、おそらくみなさんにお会いするのは卒業式の時でしょうね」
栞たちへと視線を下ろしながら、鳥子はどこか寂しそうに喋っている。そして、体ごと栞たちの方へと向き直ると、鳥子は深々と頭を下げた。
「みなさんのおかげで、私の目的は完全に達成できました。これで安心して自分たちの生活を送れます。本当にありがとうございました」
調部長の姿勢に、栞たちはお互いの顔を見合っている。
「はーっはっはっはっ。あたしはおじさんの事でたまたま協力しただけなのだ。でも、役に立ててよかったのだ。あっはっはっはっ」
わっけーが突然笑い出していた。どうやら湿っぽい空気を嫌ったようである。
しかし、その平常運転のわっけーの行動が、その場に笑いをもたらしたようだ。
「脇田さんってば……。でも、ありがとうございます。明るく卒業できそうですからね」
肩をすくめて笑顔を浮かべる鳥子であった。
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