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第167話 華やかな裏側で
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調部長たちがクリスマスパーティーの開催を決めた頃、理恵の家をとある人物が訪ねてきていた。
「ごめん下さい、いらっしゃいますかね」
玄関から中に呼び掛ける人物。しばらくすると、中から誰かが出てくるような音が聞こえてきた。
「久しぶりに聞いた声だから、理解するのに時間がかかりましたよ」
「覚えてらっしゃったんですね。とはいえ、最後に会ったのは20年くらいは前でしたから、無理もないですがね」
「いえ、あなたの事は印象に強く残っていましたよ」
そう言いながらも、下を向いたままになる理恵の母親。
「お久しぶりです、四方津正人さん」
「久しぶりですね、滝野舞さん。……いえ、今は阿藤舞さんでしたかね」
そう言われて、黙り込む理恵の母親。今はあまり思い出したくないといった感じだ。
「……とりあえず、お上がり下さい」
「では、お邪魔しましょう」
校長は理恵の家へと入っていく。
今に通されて飲み物が用意される。家の中の様子を見て、校長は言葉を漏らす。
「やはり、レオンに容疑が向いた事で、だいぶ家のものが持ってかれているな」
「ええ、証拠として差し押さえられました。当然ながら、私にもいろいろ容疑が向きましたので、何度となく取り調べは受けましたけれどね」
理恵の母親はちょっと俯き加減になりながら話している。
「周囲からの風当たりも、厳しくなったのでは?」
「そりゃそうでしょうね。それなりの頻度でうちの前にパトカーが来るんですから。近所付き合いはほぼなくなりました」
「レオンがした事を考えれば、結果としては自業自得だが……、精神的には来てしまうのは無理もないな」
「まったく仰る通りですよ……」
理恵の母親は完全に沈んでいた。
「ただ、娘は友人のところで元気そうなので、それだけは励みになりますね。私は……夫のした事を黙っていたので共犯みたいなものですから、ちゃんと償っていかないとだめですよね?」
「まあそうだな。だが、私たち四方津の人間も同じような立場だと思う」
顔を下に向けていた理恵の母親だが、校長の言葉に思わず顔を上げる。
「それは、どういう?」
当然その言葉の真意が気になってしまう。理恵の母親の問い掛けに、校長は実に重苦しい表情をしている。
「……レオンがこの街に居る事は分かっていた。四方津組の残党の事も知っていた。だが、確固たる情報がなかったので、止める事ができなかったのだ。結果としてレオンの行動を止められなかったばかりか、犠牲者まで出してしまっている。これは私の落ち度とも言えるのだ。元四方津組の若頭としてのな……」
校長の懺悔を聞いて、理恵の母親は黙り込んでしまった。
自分としては理恵を生んで子育てに頑張っていたので足を洗ったつもりでいた。そういう心境であったがために、夫であるレオンの事は放任になっていたのである。
男女の差はあるとはいえ、校長の話を聞いて理恵の母親は堰を切ったように泣き崩れてしまった。
「……やり直すつもりがあるというのなら、私も手を貸そう。いろいろ私には伝手があるからな」
「ありが……とう、ござ……い、ます……」
涙でぐしゃぐしゃになりながらも、理恵の母親は校長にお礼を言っていた。
「とりあえずだ。知っている事はすべて警察に話して過去の清算を済ませる事だな。私が手を貸せるのはそこから後の話だ」
「分かり……まし、た……」
理恵の母親は、手や服を使いながら涙を拭っていた。
「娘の理恵の事は、ひとまず現状のまま脇田家に任せる事にしよう。友人に囲まれている間は、かなり安定しているようだからな」
「……はい」
理恵の母親は、校長の提案をすべて受け入れていた。かなり反省しているようである。
「……やれやれ、これでも昔は相当に荒れていた女性だったのだがな。結婚出産を経て、ずいぶんとまるくなって落ち着いたものだ」
「子どもは、可愛い……ですから」
泣きながら笑顔を見せる理恵の母親。こんな状態でもそこで笑顔を見せるあたり、彼女にとって理恵は本当に宝物のような感じなのだろう。あのレオンですら親バカになるくらいなのだから、十分に納得できるものである。
それにしても、元ギャングと元暴力団という組み合わせの両親なのに、理恵はどうしてあそこまで芸術が好きなおとなしい子になったのか。実に首を捻りたくなる事実である。できれば、そのまま大きくなってもらいたいものだ。
「事が終わった後の当面の生活費は、私の方でどうにかしよう。もちろん、君が十分に反省してやり直す気があるという条件付きにはなるがな」
「……ありがとう、ございます」
ようやく落ち着いてきた理恵の母親は、深々と校長に対して頭を下げていた。
「さて、とりあえず私にも話をしてくれないか? 警察相手では言いずらい事もあるだろうからな」
「分かりました。知る限りお話します」
理恵の母親は、できる限りの事を校長へと打ち明けていた。
その話を聞いている限りは、どうやらレオンからもあまり話を聞かされていなかったように思えた。その事から察するに、レオンは自分以外はあまり信用していなかったように思われる。
「ふむ、大体分かった。今日のところはありがとう。悪いようにはしないから、しばらくは耐えていてくれ」
「はい、よろしくお願いします」
理恵の母親が頭を下げる中、校長は理恵の家から静かに立ち去ったのだった。
「ごめん下さい、いらっしゃいますかね」
玄関から中に呼び掛ける人物。しばらくすると、中から誰かが出てくるような音が聞こえてきた。
「久しぶりに聞いた声だから、理解するのに時間がかかりましたよ」
「覚えてらっしゃったんですね。とはいえ、最後に会ったのは20年くらいは前でしたから、無理もないですがね」
「いえ、あなたの事は印象に強く残っていましたよ」
そう言いながらも、下を向いたままになる理恵の母親。
「お久しぶりです、四方津正人さん」
「久しぶりですね、滝野舞さん。……いえ、今は阿藤舞さんでしたかね」
そう言われて、黙り込む理恵の母親。今はあまり思い出したくないといった感じだ。
「……とりあえず、お上がり下さい」
「では、お邪魔しましょう」
校長は理恵の家へと入っていく。
今に通されて飲み物が用意される。家の中の様子を見て、校長は言葉を漏らす。
「やはり、レオンに容疑が向いた事で、だいぶ家のものが持ってかれているな」
「ええ、証拠として差し押さえられました。当然ながら、私にもいろいろ容疑が向きましたので、何度となく取り調べは受けましたけれどね」
理恵の母親はちょっと俯き加減になりながら話している。
「周囲からの風当たりも、厳しくなったのでは?」
「そりゃそうでしょうね。それなりの頻度でうちの前にパトカーが来るんですから。近所付き合いはほぼなくなりました」
「レオンがした事を考えれば、結果としては自業自得だが……、精神的には来てしまうのは無理もないな」
「まったく仰る通りですよ……」
理恵の母親は完全に沈んでいた。
「ただ、娘は友人のところで元気そうなので、それだけは励みになりますね。私は……夫のした事を黙っていたので共犯みたいなものですから、ちゃんと償っていかないとだめですよね?」
「まあそうだな。だが、私たち四方津の人間も同じような立場だと思う」
顔を下に向けていた理恵の母親だが、校長の言葉に思わず顔を上げる。
「それは、どういう?」
当然その言葉の真意が気になってしまう。理恵の母親の問い掛けに、校長は実に重苦しい表情をしている。
「……レオンがこの街に居る事は分かっていた。四方津組の残党の事も知っていた。だが、確固たる情報がなかったので、止める事ができなかったのだ。結果としてレオンの行動を止められなかったばかりか、犠牲者まで出してしまっている。これは私の落ち度とも言えるのだ。元四方津組の若頭としてのな……」
校長の懺悔を聞いて、理恵の母親は黙り込んでしまった。
自分としては理恵を生んで子育てに頑張っていたので足を洗ったつもりでいた。そういう心境であったがために、夫であるレオンの事は放任になっていたのである。
男女の差はあるとはいえ、校長の話を聞いて理恵の母親は堰を切ったように泣き崩れてしまった。
「……やり直すつもりがあるというのなら、私も手を貸そう。いろいろ私には伝手があるからな」
「ありが……とう、ござ……い、ます……」
涙でぐしゃぐしゃになりながらも、理恵の母親は校長にお礼を言っていた。
「とりあえずだ。知っている事はすべて警察に話して過去の清算を済ませる事だな。私が手を貸せるのはそこから後の話だ」
「分かり……まし、た……」
理恵の母親は、手や服を使いながら涙を拭っていた。
「娘の理恵の事は、ひとまず現状のまま脇田家に任せる事にしよう。友人に囲まれている間は、かなり安定しているようだからな」
「……はい」
理恵の母親は、校長の提案をすべて受け入れていた。かなり反省しているようである。
「……やれやれ、これでも昔は相当に荒れていた女性だったのだがな。結婚出産を経て、ずいぶんとまるくなって落ち着いたものだ」
「子どもは、可愛い……ですから」
泣きながら笑顔を見せる理恵の母親。こんな状態でもそこで笑顔を見せるあたり、彼女にとって理恵は本当に宝物のような感じなのだろう。あのレオンですら親バカになるくらいなのだから、十分に納得できるものである。
それにしても、元ギャングと元暴力団という組み合わせの両親なのに、理恵はどうしてあそこまで芸術が好きなおとなしい子になったのか。実に首を捻りたくなる事実である。できれば、そのまま大きくなってもらいたいものだ。
「事が終わった後の当面の生活費は、私の方でどうにかしよう。もちろん、君が十分に反省してやり直す気があるという条件付きにはなるがな」
「……ありがとう、ございます」
ようやく落ち着いてきた理恵の母親は、深々と校長に対して頭を下げていた。
「さて、とりあえず私にも話をしてくれないか? 警察相手では言いずらい事もあるだろうからな」
「分かりました。知る限りお話します」
理恵の母親は、できる限りの事を校長へと打ち明けていた。
その話を聞いている限りは、どうやらレオンからもあまり話を聞かされていなかったように思えた。その事から察するに、レオンは自分以外はあまり信用していなかったように思われる。
「ふむ、大体分かった。今日のところはありがとう。悪いようにはしないから、しばらくは耐えていてくれ」
「はい、よろしくお願いします」
理恵の母親が頭を下げる中、校長は理恵の家から静かに立ち去ったのだった。
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