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第127話 阿藤家
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その頃の阿藤家。
「ねえ、お父さん」
「ん、なんや、理恵」
レオンは家でくつろいでいた。
「最近、お父さんはよく家に居るけど、どうしたの?」
「ああ、それか?」
この日は理恵からの質問を食らっていた。
「いやあ、ずっと長距離配送の仕事ばっかしとったやんか。せやけどな、やっぱ家族の事も大事やさかい、近場の配送の仕事に配置換えしてもろたんや」
「そうなんだ」
「せやで」
レオンがちょっと照れくさそうに答えている。実に珍しい光景だし、バーディアの狂犬と呼ばれている姿はそこにはなかった。こうやって見てみると、レオンも一人の父親なんだなと思わされる光景である。
「そっかー。でも、お父さんと一緒に居られて嬉しいな」
「ははっ、そうかそうか、俺もやで」
本当にこうやってじゃれ合っている姿は、どこにでもありそうな親子の姿のようだった。
「ほらほら、理恵。お父さんは疲れているんだから、もう少し労わってあげなさい」
母親が出てきて、理恵にお小言を言う。
「はーい」
理恵も素直なものだから、それに従ってレオンとちょっと距離を取った。
「おい、こら。そんな事言うから、理恵が離れてもうたやんけ」
レオンは怒ったように言うが、顔は笑っている。本当にこうやって見ていると、どこにでもありそうな普通の家庭の光景だった。
「ところで理恵」
「なあに、お母さん」
「宿題は進んでいるの?」
「あっ、いけない。すぐ終わらせてくる」
母親に宿題の事を聞かれた理恵は、バタバタと自分の部屋へと駆け上がっていった。
理恵が自分の部屋へと引っ込んだところで、母親はレオンへと近付いた。
「ねえ、あなた」
「なんや?」
母親の言葉に、少しばかり不快感を表すレオン。
「一応確認するけれど、やばい事はやってないわよね?」
こう言われたレオンは不適に笑う。
「やばい事ってのは何なんや?」
「やばい事はやばい事よ。私たちはもう足を洗ったのよ?」
笑いながら言うレオンに、母親はいっそうの真剣な表情を向けている。さすがのレオンもその表情には一瞬たじろいだ。
「心配すんな。俺も足はちゃんと洗とる。それが証拠にほぼ決まった時間に出て行って戻って来とるやろ?」
「それは、そうだけど……」
平然と話をしてくるレオンだが、母親はどこか不安げな様子である。
「なんや、今日はやけに疑ごうてくるな。そんなに俺の事が信用ならんか?」
「そ、そんなわけないじゃないの。ただ、最近配置換えしてもらったのはどういう心境の変化なのか、あなたに直接確認したかったのよ」
母親は視線を逸らしながらごにょごにょとした様子でレオンに問い掛けている。
「さっき理恵にも言うたとおり、お前らのためにちったあ家に居る時間を増やしとうなっただけや。給料自体はそんな変わらんで」
それに対して、レオンの方はしっかりとした強い口調で母親に言い返していた。
しかし、意外なのはここでは暴力訴えないところだ。バーディアの狂犬と言われたレオンは、口よりも先に手や足、それどころか銃が出てくるような男である。それがこの母親に対してはその1つも出てこないで口論で済ませている。裏ではあんなレオンだが、家族の事だけは本当に大事にしているのがよく分かる光景だった。
「まあ心配すんなや。絶対にお前らだけは不幸にさせんからな」
そう言ってレオンは立ち上がる。
「それじゃおやすみやで。明日も早いさかい、もう寝るわ」
「ええ、おやすみなさい」
レオンはすくっと立ち上がって寝室へと向かっていった。母親はその後ろ姿を黙って見送っていた。
一人居間に残された母親はしばらく黙り込んでいたが、突然大きくため息を吐く。
「まったく、あなたは昔から変わっていないわね、レオン……」
そして、顔を押さえながら左右に振る。
「私、あなたと結婚した事を後悔した事はないわ。でもね、できる事なら危ない橋を渡る事は、もうやめてほしかったわ」
その表情は、どこか憔悴しきっているように見える。その様子を見る限り、今のレオンがどんな事をしているのか薄々と把握しているような感じすら見受けられる。やはり、夫婦ならではの何かしらの勘のようなものが働いているのかも知れない。
しばらくそのまま黙っていた母親だったが、突然首を大きく左右に振ると、今さらのように家計簿をつけ始めた。それは自分の中で大きくなった疑念を、振り払いたいかのようだった。
「あれ、お父さんは?」
宿題を終えて居間に顔を出す理恵の声で、母親は我へと返る。
「お父さんなら明日が早いからってもう寝たわよ」
「そっかー。それなら仕方ないかな」
「何か用事でもあったの?」
「ううん、別に。ただちょっともう少し構って欲しかったかなって、そう思っただけだから大丈夫だよ」
そんな風に言った理恵の顔は、ちょっと寂しそうに見える母親である。
「仕方ないわね。明日の朝にでも、今度の日曜日に休みを貰えるようにお願いしておくわね」
「お母さん、そこまでしてもらわなくてもいいよ」
「ダメよ。理恵はそうやってすぐに遠慮するんだから。たまにはわがままを言ってあげなきゃダメよ」
母親が強く言うと、理恵も納得したように頷いていた。
「それじゃ、お風呂にでも入ってもう寝なさい」
「はーい、おやすみなさい、お母さん」
「ええ、おやすみなさい」
理恵はおとなしくお風呂の準備を始めたのだった。
まったく、この両親のどこから理恵のような繊細でおとなしい子が生まれるのやら。本当に世の中、よく分からない事だらけなのである。
「ねえ、お父さん」
「ん、なんや、理恵」
レオンは家でくつろいでいた。
「最近、お父さんはよく家に居るけど、どうしたの?」
「ああ、それか?」
この日は理恵からの質問を食らっていた。
「いやあ、ずっと長距離配送の仕事ばっかしとったやんか。せやけどな、やっぱ家族の事も大事やさかい、近場の配送の仕事に配置換えしてもろたんや」
「そうなんだ」
「せやで」
レオンがちょっと照れくさそうに答えている。実に珍しい光景だし、バーディアの狂犬と呼ばれている姿はそこにはなかった。こうやって見てみると、レオンも一人の父親なんだなと思わされる光景である。
「そっかー。でも、お父さんと一緒に居られて嬉しいな」
「ははっ、そうかそうか、俺もやで」
本当にこうやってじゃれ合っている姿は、どこにでもありそうな親子の姿のようだった。
「ほらほら、理恵。お父さんは疲れているんだから、もう少し労わってあげなさい」
母親が出てきて、理恵にお小言を言う。
「はーい」
理恵も素直なものだから、それに従ってレオンとちょっと距離を取った。
「おい、こら。そんな事言うから、理恵が離れてもうたやんけ」
レオンは怒ったように言うが、顔は笑っている。本当にこうやって見ていると、どこにでもありそうな普通の家庭の光景だった。
「ところで理恵」
「なあに、お母さん」
「宿題は進んでいるの?」
「あっ、いけない。すぐ終わらせてくる」
母親に宿題の事を聞かれた理恵は、バタバタと自分の部屋へと駆け上がっていった。
理恵が自分の部屋へと引っ込んだところで、母親はレオンへと近付いた。
「ねえ、あなた」
「なんや?」
母親の言葉に、少しばかり不快感を表すレオン。
「一応確認するけれど、やばい事はやってないわよね?」
こう言われたレオンは不適に笑う。
「やばい事ってのは何なんや?」
「やばい事はやばい事よ。私たちはもう足を洗ったのよ?」
笑いながら言うレオンに、母親はいっそうの真剣な表情を向けている。さすがのレオンもその表情には一瞬たじろいだ。
「心配すんな。俺も足はちゃんと洗とる。それが証拠にほぼ決まった時間に出て行って戻って来とるやろ?」
「それは、そうだけど……」
平然と話をしてくるレオンだが、母親はどこか不安げな様子である。
「なんや、今日はやけに疑ごうてくるな。そんなに俺の事が信用ならんか?」
「そ、そんなわけないじゃないの。ただ、最近配置換えしてもらったのはどういう心境の変化なのか、あなたに直接確認したかったのよ」
母親は視線を逸らしながらごにょごにょとした様子でレオンに問い掛けている。
「さっき理恵にも言うたとおり、お前らのためにちったあ家に居る時間を増やしとうなっただけや。給料自体はそんな変わらんで」
それに対して、レオンの方はしっかりとした強い口調で母親に言い返していた。
しかし、意外なのはここでは暴力訴えないところだ。バーディアの狂犬と言われたレオンは、口よりも先に手や足、それどころか銃が出てくるような男である。それがこの母親に対してはその1つも出てこないで口論で済ませている。裏ではあんなレオンだが、家族の事だけは本当に大事にしているのがよく分かる光景だった。
「まあ心配すんなや。絶対にお前らだけは不幸にさせんからな」
そう言ってレオンは立ち上がる。
「それじゃおやすみやで。明日も早いさかい、もう寝るわ」
「ええ、おやすみなさい」
レオンはすくっと立ち上がって寝室へと向かっていった。母親はその後ろ姿を黙って見送っていた。
一人居間に残された母親はしばらく黙り込んでいたが、突然大きくため息を吐く。
「まったく、あなたは昔から変わっていないわね、レオン……」
そして、顔を押さえながら左右に振る。
「私、あなたと結婚した事を後悔した事はないわ。でもね、できる事なら危ない橋を渡る事は、もうやめてほしかったわ」
その表情は、どこか憔悴しきっているように見える。その様子を見る限り、今のレオンがどんな事をしているのか薄々と把握しているような感じすら見受けられる。やはり、夫婦ならではの何かしらの勘のようなものが働いているのかも知れない。
しばらくそのまま黙っていた母親だったが、突然首を大きく左右に振ると、今さらのように家計簿をつけ始めた。それは自分の中で大きくなった疑念を、振り払いたいかのようだった。
「あれ、お父さんは?」
宿題を終えて居間に顔を出す理恵の声で、母親は我へと返る。
「お父さんなら明日が早いからってもう寝たわよ」
「そっかー。それなら仕方ないかな」
「何か用事でもあったの?」
「ううん、別に。ただちょっともう少し構って欲しかったかなって、そう思っただけだから大丈夫だよ」
そんな風に言った理恵の顔は、ちょっと寂しそうに見える母親である。
「仕方ないわね。明日の朝にでも、今度の日曜日に休みを貰えるようにお願いしておくわね」
「お母さん、そこまでしてもらわなくてもいいよ」
「ダメよ。理恵はそうやってすぐに遠慮するんだから。たまにはわがままを言ってあげなきゃダメよ」
母親が強く言うと、理恵も納得したように頷いていた。
「それじゃ、お風呂にでも入ってもう寝なさい」
「はーい、おやすみなさい、お母さん」
「ええ、おやすみなさい」
理恵はおとなしくお風呂の準備を始めたのだった。
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