ひみつ探偵しおりちゃん

未羊

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第112話 小さく確かな焦り

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 その頃、浦見市の郊外にある廃工場群。そこにとある男たちが集まっていた。
「おう、トラ。よう来たな……」
 レオンが椅子に座りながら声を掛ける。
「こんな所に呼び出して、一体何の用なんだ」
 トラこと義人は、レオンに淡々と質問する。
「まあ、そういうなて。こっち来て座れや」
 ぶしつけな言葉に、いつもならキレそうなレオンが機嫌よさげに義人を近くに呼ぶ。それに対して、義人は仕方がないなと言わんばかりにため息を吐いてレオンの正面に座った。
「……草利の教頭が捕まったんは知っとるか?」
「……ああ、知ってる。前に連絡をくれただろう?」
 レオンが切り出した質問に、義人は淡々と答える。それにしても、忘れているとはレオンにしては珍しい事もあるものだ。
「そうやったっけかな。まぁそれなら話は早いな。ここに呼ばれた理由、分かってんのやろ?」
 レオンが鋭い眼光で義人を睨みながら言う。普通の人間ならその眼光に怯んでしまうところだが、義人は平然としていた。
「……消せ、という事でしょう?」
「せや」
 義人が静かにそう答えると、レオンは強く肯定する。
「あのダボが捕まったとなるといろいろ都合悪いさかいなぁ……。まだクスリが効いとるさかい、口割る状況にはあらへんけどな」
 レオンは椅子にもたれ掛かりながら、足を思いっきり大きく振って組み直す。
「どっかに入院させられたっちゅうんは聞いとる。そこでやトラ。お前さんはそこを突き止めて、さっさと教頭あのボケを消してもらおうっちゅうわけや。……どや、受けてくれるやろ?」
「報酬は?」
 レオンの鋭い眼光から放たれる脅しに動じる事なく、義人は淡々とレオンにそう切り返した。
「はっ、さすがはその道で名を轟かせるスナイパーやな。俺の脅しにも動じひんとは驚いたで。せやなぁ、あいつが持っとる財産の半分、4億くらいでどや?」
 レオンはにやついた顔をしながら、指で4と示しながら義人に迫る。
「……いいだろう」
「はっ、物分かりが早ようてええなぁ!」
 少し溜めはあったものの、一発で要求に応じた義人の反応に、レオンはご機嫌になっている。
「はっ、やっぱ思い切ってお前さんに声掛けたんは間違うてへんかったな。お前さんには消してもらいたい奴らがたくさんおるからな」
 レオンはこの上なく高笑いをして、見下すように義人を見ている。だが、義人はそれにもまったく動じず、ただただ黙って座っていた。
「ははっ、そんな怖い顔すんなや。お前はただ、俺に従うて目障りな連中を全部消してくれたらええんや……。お前さんの腕なら簡単な事やろ?」
 レオンは義人の髪を掴んでじっくりと顔を覗き込んでくる。正直髪を引っ張られていたいのだが、義人はそれも我慢して平静を装い続けている。
「ははっ、その根性、気に入ったわ。このヤマ片付いたら、ずっと俺が雇ったるで。それこそ報酬も弾んだる。ははははっ、長い付き合いになりそうやなぁっ!」
 廃工場にレオンの声が響き渡る。そこへ、レオンの部下が入ってくる。
「兄貴、あんまり騒ぐと見つかりますぜ!」
 だが、その声を掛けると同時に、レオンが拳銃を部下へと向ける。
「ひっ!」
 その状況には、さすがに部下は青ざめて両手を上げてしまった。
「やかましいな、このボケッ! 近付いてきた連中はみんなバラせばええやろうが! 口答えすんな、ダボが!」
「わ、分かりやした、兄貴……」
 レオンの剣幕に、部下はすごすごと部屋を出て見張りに戻っていった。
(なるほどな。レオンの派閥はほぼレオンのワンマンというわけなんだな……)
 その一部始終を見ていた義人は、そういう感想を持った。
「すまんなぁ。話の分からん部下ばかりで。まぁ、呼んだ理由としては、俺らもそれなりに情報を持ってきてるからや。とにかく、それを今から渡すからな」
「分かった。聞かせてもらおう」
 レオンは義人にいろいろと情報を話す。だが、そのほとんどは、義人は正人を通じて握っている情報ばかりだった。
「なんや、反応うっすいなぁ……」
 情報を聞きながら、ほとんど無表情で微動だにしない義人に、レオンはそんな事を言い放っていた。
「悪い。仕事柄あまり感情を外に出すものではないからな」
「ふっ、せやな」
 義人の返答に、レオンはただそうとだけ言って笑っていた。
「大体分かった。では、私は早速動くとしよう」
「そうか。なら早い報告を期待しとるで」
「ああ、楽しみにしていてくれ」
 義人はそう言って、淡々とした様子で廃工場を出て行った。
 その後には、レオンの大きな笑い声が響いていたらしい。

「レオン・アトゥール。大した自信家だな」
 義人はそう呟きながら、浦見市内を車で走り抜ける。
「だが、私にメールを出した事を忘れているあたり、相当に焦っているようにも取れるな」
 今日のレオンの様子を見ながら、義人はそのような推理を立てていた。
「あとは兄貴と相談しながらうまくやり過ごせばいいだろう。今のレオンならばうまくやれば騙せるかも知れないからな」
 義人は、まずは草利中学校元教頭の件をどうするか、それを考え始めたのだった。
 それは紛れもなく、レオンとの知恵比べの始まりなのである。
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