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第88話 日頃の行いのせい
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「……鳥子様、いかがされますか?」
レオンが立ち去った後、カルディは調部長に声を掛ける。
「カルディは警戒しつつ、レオンの監視を」
「はっ、畏まりました」
「……厄介な相手に見つかってしまいましたね。やはりあの時の親子がレオンで間違いありませんでした。ずいぶんと娘には甘そうですが、まったく油断なりません」
「……まったくそうでしたな。人の親になっているとは予想外でしたが、まったく衰えておりません」
楽しいはずの学校行事だというのに、たった一人の男のせいでここまで空気が一変するとは思わなかった。それほどまでに、レオン・アトゥールという男は警戒せざるを得ない相手なのである。
(私たちバーディア一家の枠で収まればいいのですが、他の人たちを巻き込むわけには参りません。彼の身辺を洗い出す必要がありますね)
調部長の顔には焦りの色が浮かぶ。
「……カルディ、お父様にも連絡を入れておいて下さい。レオンが相手では、生半可な対応では犠牲者が出ます」
「仰せのままに」
調部長は警戒を強め、カルディへの指示を追加しておく。レオンの殺気を思い出したからだ。
(レオンへの協力者がまだポンコツなおかげでどうにかなっているのでしょう。その気になれば彼だけで、辺り一帯を血の海に変えられますからね)
調部長は自分の席に戻りつつ、栞たちの居る5組の席を見る。
(理恵と言いましたか。高石さんと真彩さんの友人の一人でしたね。それとなしに、彼女から情報を引き出せないか試してみましょう。……ただ、下手をすれば彼女にも身の危険が迫ります。甘いように見えて、血も涙もない男ですからね)
調部長は、レオンの情報を引き出すのに娘である理恵を利用しようかと考えた。しかし、レオンの性格を考えるとかなり危険な手段である。もはや調部長は、体育祭どころの状況ではなくなっていた。幸いなのは自分の出番がもう終わっている事くらいである。だが、そんな事を忘れてしまうくらいに、調部長の気持ちは落ち着きを失いつつあった。
「鳥子、大丈夫? だいぶ顔色が悪いけれど」
自分の席に戻った調部長は、友人から声を掛けられる。
「えっ、ええ。大丈夫ですよ。……そんなに顔色が悪いですか?」
「うん、見た事ないくらいには」
友人にこう言われて驚きが隠せない調部長だったが、
「そうですか。ちょっと休めば大丈夫ですので、ご心配なく」
今日は一人になるわけにはいかず、そのまま席で落ち着く事にした。友人は心配そうに調部長の顔を覗き込んでいたが、調部長が大丈夫と言い張るのでそのままにそっとしておく事にしておいた。
「鳥子の出場競技は終わったものね。あとは応援だけだけど、本当に無理しないでよ」
「お気遣い、本当にありがとうございます」
調部長は深呼吸をすると、座ったままの状態でグラウンドを見回す。
(せめて今日だけでも、無事に過ぎてくれないかしら。レオンはおとなしくするというような事は言っていましたが、全然信用なりませんからね)
調部長は膝に両肘をついて、じっとグラウンドを睨み付けていた。友人がドン引きするくらいには、それは強烈な視線でもってだ。調部長がここまで警戒するくらいに、レオン・アトゥールとは危険な人物なのである。
「おう、俺や。おもろい奴見つけたさかいな、お前にも連絡入れとこう思てん。お前があまりにとろいから、催促にはちょうどええやろ」
その頃のレオンは、知り合いに電話をしているようだった。
「そういうこっちゃ。せやからお前も早よ来いや。退屈せんで済むと思うからなぁ」
レオンの声は楽しそうである。しかし、電話の相手とは一体誰なのだろうか。
「ほなな。今日は娘の雄姿を見ないかんからな。できるだけ早よ来いや」
レオンはそう言って電話を切った。
「ほんま、あいつなんでこんなに渋るんやろなぁ。まっ、俺もこういう状況になったさかい、以前ほどは当たり散らさんようなったけどな」
レオンは電話を切るなり独り言を言っている。
「……お前はどうなんや、カルディ」
レオンはぐるりと首を傾けたまま振り返ってきた。その視線の先には、調部長のボディガードであるカルディが立っていた。
「……確かに、少しは丸くなったようですね、レオン」
「当たり前やろ、これでも俺は一児の父親やぞ。娘は俺とは違て、ずいぶんと優しく素直に育ってくれたみたいやけどなぁ」
皮肉を込めたようなカルディの言葉に、レオンは頭を掻きながら答えている。安っぽい挑発には乗らないレオンである。
「さっきもゆうたが、今日の俺は完全にオフやからな。そんなに警戒せんでもええやろ」
「だとしたら、さっきの電話は何なのです」
「ああっ?! 誰にどんな電話しようと俺の勝手やろが!」
「ふっ、確かにそうですね」
カルディが軽く煽れば、レオンは不機嫌丸出しで怒鳴ってくる。カルディはそれには動じないで、冷静に反応している。
「あなたは何かと前科持ちですからね、私たちが警戒するのは仕方ないのですよ。どれだけバロック様に迷惑を掛けたと思っているのです。少しは自分の行いを顧みて下さい」
「はっ、相変わらず説教くさいなぁ。今の俺は所帯持ちやし、まじめに働いとる。見るからに独身のお前に文句言われる筋合いはあらへんで」
レオンからの愚痴に、カルディは不敵に笑みを浮かべる。
「……そうですね。でしたら、その家族に迷惑を掛けるような行いは、慎むべきだと思います」
そう言ってカルディは時計を見る。
「っと、私は席に戻って見守らねばなりませんので、これにて失礼しますね」
カルディはくるりと振り返ってレオンから離れていく。レオンはその後ろ姿をひたすら睨み付けていたのだった。
レオンが立ち去った後、カルディは調部長に声を掛ける。
「カルディは警戒しつつ、レオンの監視を」
「はっ、畏まりました」
「……厄介な相手に見つかってしまいましたね。やはりあの時の親子がレオンで間違いありませんでした。ずいぶんと娘には甘そうですが、まったく油断なりません」
「……まったくそうでしたな。人の親になっているとは予想外でしたが、まったく衰えておりません」
楽しいはずの学校行事だというのに、たった一人の男のせいでここまで空気が一変するとは思わなかった。それほどまでに、レオン・アトゥールという男は警戒せざるを得ない相手なのである。
(私たちバーディア一家の枠で収まればいいのですが、他の人たちを巻き込むわけには参りません。彼の身辺を洗い出す必要がありますね)
調部長の顔には焦りの色が浮かぶ。
「……カルディ、お父様にも連絡を入れておいて下さい。レオンが相手では、生半可な対応では犠牲者が出ます」
「仰せのままに」
調部長は警戒を強め、カルディへの指示を追加しておく。レオンの殺気を思い出したからだ。
(レオンへの協力者がまだポンコツなおかげでどうにかなっているのでしょう。その気になれば彼だけで、辺り一帯を血の海に変えられますからね)
調部長は自分の席に戻りつつ、栞たちの居る5組の席を見る。
(理恵と言いましたか。高石さんと真彩さんの友人の一人でしたね。それとなしに、彼女から情報を引き出せないか試してみましょう。……ただ、下手をすれば彼女にも身の危険が迫ります。甘いように見えて、血も涙もない男ですからね)
調部長は、レオンの情報を引き出すのに娘である理恵を利用しようかと考えた。しかし、レオンの性格を考えるとかなり危険な手段である。もはや調部長は、体育祭どころの状況ではなくなっていた。幸いなのは自分の出番がもう終わっている事くらいである。だが、そんな事を忘れてしまうくらいに、調部長の気持ちは落ち着きを失いつつあった。
「鳥子、大丈夫? だいぶ顔色が悪いけれど」
自分の席に戻った調部長は、友人から声を掛けられる。
「えっ、ええ。大丈夫ですよ。……そんなに顔色が悪いですか?」
「うん、見た事ないくらいには」
友人にこう言われて驚きが隠せない調部長だったが、
「そうですか。ちょっと休めば大丈夫ですので、ご心配なく」
今日は一人になるわけにはいかず、そのまま席で落ち着く事にした。友人は心配そうに調部長の顔を覗き込んでいたが、調部長が大丈夫と言い張るのでそのままにそっとしておく事にしておいた。
「鳥子の出場競技は終わったものね。あとは応援だけだけど、本当に無理しないでよ」
「お気遣い、本当にありがとうございます」
調部長は深呼吸をすると、座ったままの状態でグラウンドを見回す。
(せめて今日だけでも、無事に過ぎてくれないかしら。レオンはおとなしくするというような事は言っていましたが、全然信用なりませんからね)
調部長は膝に両肘をついて、じっとグラウンドを睨み付けていた。友人がドン引きするくらいには、それは強烈な視線でもってだ。調部長がここまで警戒するくらいに、レオン・アトゥールとは危険な人物なのである。
「おう、俺や。おもろい奴見つけたさかいな、お前にも連絡入れとこう思てん。お前があまりにとろいから、催促にはちょうどええやろ」
その頃のレオンは、知り合いに電話をしているようだった。
「そういうこっちゃ。せやからお前も早よ来いや。退屈せんで済むと思うからなぁ」
レオンの声は楽しそうである。しかし、電話の相手とは一体誰なのだろうか。
「ほなな。今日は娘の雄姿を見ないかんからな。できるだけ早よ来いや」
レオンはそう言って電話を切った。
「ほんま、あいつなんでこんなに渋るんやろなぁ。まっ、俺もこういう状況になったさかい、以前ほどは当たり散らさんようなったけどな」
レオンは電話を切るなり独り言を言っている。
「……お前はどうなんや、カルディ」
レオンはぐるりと首を傾けたまま振り返ってきた。その視線の先には、調部長のボディガードであるカルディが立っていた。
「……確かに、少しは丸くなったようですね、レオン」
「当たり前やろ、これでも俺は一児の父親やぞ。娘は俺とは違て、ずいぶんと優しく素直に育ってくれたみたいやけどなぁ」
皮肉を込めたようなカルディの言葉に、レオンは頭を掻きながら答えている。安っぽい挑発には乗らないレオンである。
「さっきもゆうたが、今日の俺は完全にオフやからな。そんなに警戒せんでもええやろ」
「だとしたら、さっきの電話は何なのです」
「ああっ?! 誰にどんな電話しようと俺の勝手やろが!」
「ふっ、確かにそうですね」
カルディが軽く煽れば、レオンは不機嫌丸出しで怒鳴ってくる。カルディはそれには動じないで、冷静に反応している。
「あなたは何かと前科持ちですからね、私たちが警戒するのは仕方ないのですよ。どれだけバロック様に迷惑を掛けたと思っているのです。少しは自分の行いを顧みて下さい」
「はっ、相変わらず説教くさいなぁ。今の俺は所帯持ちやし、まじめに働いとる。見るからに独身のお前に文句言われる筋合いはあらへんで」
レオンからの愚痴に、カルディは不敵に笑みを浮かべる。
「……そうですね。でしたら、その家族に迷惑を掛けるような行いは、慎むべきだと思います」
そう言ってカルディは時計を見る。
「っと、私は席に戻って見守らねばなりませんので、これにて失礼しますね」
カルディはくるりと振り返ってレオンから離れていく。レオンはその後ろ姿をひたすら睨み付けていたのだった。
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