82 / 182
第82話 光ある所に……
しおりを挟む
夏休みも終わりに近づき、青々とする田んぼ。そこには千夏と飛田先生の姿があった。あれからというものどうやら付き合い始めた感じである。お互い恋愛初心者とあってか、付かず離れずといった距離感で、仕事は手伝うといった感じの状況が続いている。
田んぼの世話で学生たちも居るので、あくまでも顧問と手伝いという形を保っていた。まぁ部員の中には勘の鋭そうなのも居るのだが、そこまで気の回る千夏ではなかった。
とにかく今は田んぼに生えた雑草の刈り取りやごみの除去に勤しんでいる。青々と育った稲の背丈は腰あたりまであるので、草を引き抜いたりゴミを拾ったりするたびに顔に当たって地味に痛かった。
「はい、お疲れ様。みんなのおかげで田んぼがきれいになったわ。どう、田んぼの作業ひとつとっても大変でしょう? 大変だと思ったら、ポイ捨てはやめるようにして下さいね」
千夏がそう話し掛けると、部員たちからは疲れ切った声で返事が聞かれた。
今日も30度を超える気温で、とにかく部員たちはへばっていた。水分を十分に取らせた後、千夏たちは部員たちを帰宅させたのだった。
「ほぼ毎日田んぼに赴いてますけど、こっちの部活棟のある辺りには不審者は特に居ませんでしたね。夜は分かりませんが、日中は部活にやってくる学生と教師しか見ませんでしたね」
学校に戻った千夏と飛田先生は、扇風機しかない部室で話をしていた。千夏も調査員としての仕事は忘れていないようで、部活用のグラウンドの近くにある田んぼから監視をしていたらしい。学校本体からもそんなに遠くないので、学校に入る不審者も居ないかチェックをしていたらしい。
「ただ、目の前を通る宅配会社のトラックやワゴン車は確かに多かったですね。栞に言われるまで気が付きませんでしたよ」
「まぁそれは仕方ないでしょう。宅配業務自体は毎日あるわけですからね。それが学校に向かっているか素通りするかなんて、遠くから見ているだけでは分かりませんから」
飛田先生にこう言われてしまっては、どうにも納得のいかない千夏であった。
「ううう……、私だって調査員なのに、疎外感が酷いわ」
千夏は机に突っ伏して愚痴を言い始める。
「仕方ありませんよ。南先生は隠し事ができるようなタイプじゃありませんから、どちらかと言えば不向きです。やりたいようにやってもらって、その中で気が付いた事があれば言ってもらえればそれでいいと思いますよ」
飛田先生は千夏を諭している。
「うううう、なんか仲間外れ感が……」
「それでいいんですよ。高石さんは南先生の明るいところに助けられてるなんて事も言っていましたからね。どうしてもと言うのなら、生徒たちと仲良くなってさり気に話を聞いてみるのもいいと思いますよ」
ますますふて腐れていく千夏に、飛田先生は慰めるようにしながら助言をしている。なんだかんだでやっぱり放っておけないのである。
「うう、そうですね。私もやれる事でやらせて頂きます……」
納得いかないような様子を見せながらも、千夏は飛田先生の意見を受け入れたのだった。
「さて、私は校内でやる事がありますので、そろそろ行きますね。南先生、それではまた今度」
飛田先生がそうやって立ち上がると、
「はい、お気を付けて」
千夏は体を起こして、飛田先生を手を振りながら見送ったのだった。
「さて、今日は水回りでもチェックしましょうかね。先日、元栓を閉められていた事が気になりましたし、いたずらにしても犯人は警察に突き出さなければなりませんね」
飛田先生は校内の見回りを始める。今日は文系の部活の生徒がちらほらと見える。特に吹奏楽部と美術部は、秋のコンクールに向けて力を入れているようで、ほぼ毎日のように来ていた。
(そういえば、美術部の部室は美術室で、その準備室には少女が隠されていたんですよね)
ほぼ3か月前にあった、少女監禁事件。結局犯人はいまだに分かっていないのだが、思えば不可解な事件だった。崩れるか崩れないかの絶妙な状態で隠されていたのだから、不自然極まりない状態だったのだ。しかし、目立った指紋も出てこなかったので、捜査は完全に行き詰まってしまい、事実上放置状態になってしまっていた。謎が多すぎて、正直どこから手を付けていいのかも分からないのだ。どうやって少女を運んだのか、どうやって美術準備室に入ったのか、どうして隠すような積み直しを行ったのか、実に理解に苦しむ事ばかりの事件だった。
今はその美術室準備室は立入禁止になっている。廊下には入口はないし、美術室からの入口はロッカーを置いて塞いであった。中にあったものも全部運び出してあるので、美術準備室は事実上の廃止である。
(しかし、あの事件を思えば、学校内の人間に手引きした者が居ると見て、間違いないんでしょうけれどね。まったく、そういった人間が平然と同じ職場で働いていると思うと、気分のいいものではありませんね)
飛田先生は、学校の設備のチェックを一つ一つ確認しながら、学校で起きた事件の事を振り返っていた。
こうやって思うと、草利中学校はおろか、浦見市の中には何か得体の知れないものが隠れている、そんな印象すら受けてしまう。それが一体何なのか。飛田先生は探るように今日も学校の中をくまなくチェックして回ったのだった。
田んぼの世話で学生たちも居るので、あくまでも顧問と手伝いという形を保っていた。まぁ部員の中には勘の鋭そうなのも居るのだが、そこまで気の回る千夏ではなかった。
とにかく今は田んぼに生えた雑草の刈り取りやごみの除去に勤しんでいる。青々と育った稲の背丈は腰あたりまであるので、草を引き抜いたりゴミを拾ったりするたびに顔に当たって地味に痛かった。
「はい、お疲れ様。みんなのおかげで田んぼがきれいになったわ。どう、田んぼの作業ひとつとっても大変でしょう? 大変だと思ったら、ポイ捨てはやめるようにして下さいね」
千夏がそう話し掛けると、部員たちからは疲れ切った声で返事が聞かれた。
今日も30度を超える気温で、とにかく部員たちはへばっていた。水分を十分に取らせた後、千夏たちは部員たちを帰宅させたのだった。
「ほぼ毎日田んぼに赴いてますけど、こっちの部活棟のある辺りには不審者は特に居ませんでしたね。夜は分かりませんが、日中は部活にやってくる学生と教師しか見ませんでしたね」
学校に戻った千夏と飛田先生は、扇風機しかない部室で話をしていた。千夏も調査員としての仕事は忘れていないようで、部活用のグラウンドの近くにある田んぼから監視をしていたらしい。学校本体からもそんなに遠くないので、学校に入る不審者も居ないかチェックをしていたらしい。
「ただ、目の前を通る宅配会社のトラックやワゴン車は確かに多かったですね。栞に言われるまで気が付きませんでしたよ」
「まぁそれは仕方ないでしょう。宅配業務自体は毎日あるわけですからね。それが学校に向かっているか素通りするかなんて、遠くから見ているだけでは分かりませんから」
飛田先生にこう言われてしまっては、どうにも納得のいかない千夏であった。
「ううう……、私だって調査員なのに、疎外感が酷いわ」
千夏は机に突っ伏して愚痴を言い始める。
「仕方ありませんよ。南先生は隠し事ができるようなタイプじゃありませんから、どちらかと言えば不向きです。やりたいようにやってもらって、その中で気が付いた事があれば言ってもらえればそれでいいと思いますよ」
飛田先生は千夏を諭している。
「うううう、なんか仲間外れ感が……」
「それでいいんですよ。高石さんは南先生の明るいところに助けられてるなんて事も言っていましたからね。どうしてもと言うのなら、生徒たちと仲良くなってさり気に話を聞いてみるのもいいと思いますよ」
ますますふて腐れていく千夏に、飛田先生は慰めるようにしながら助言をしている。なんだかんだでやっぱり放っておけないのである。
「うう、そうですね。私もやれる事でやらせて頂きます……」
納得いかないような様子を見せながらも、千夏は飛田先生の意見を受け入れたのだった。
「さて、私は校内でやる事がありますので、そろそろ行きますね。南先生、それではまた今度」
飛田先生がそうやって立ち上がると、
「はい、お気を付けて」
千夏は体を起こして、飛田先生を手を振りながら見送ったのだった。
「さて、今日は水回りでもチェックしましょうかね。先日、元栓を閉められていた事が気になりましたし、いたずらにしても犯人は警察に突き出さなければなりませんね」
飛田先生は校内の見回りを始める。今日は文系の部活の生徒がちらほらと見える。特に吹奏楽部と美術部は、秋のコンクールに向けて力を入れているようで、ほぼ毎日のように来ていた。
(そういえば、美術部の部室は美術室で、その準備室には少女が隠されていたんですよね)
ほぼ3か月前にあった、少女監禁事件。結局犯人はいまだに分かっていないのだが、思えば不可解な事件だった。崩れるか崩れないかの絶妙な状態で隠されていたのだから、不自然極まりない状態だったのだ。しかし、目立った指紋も出てこなかったので、捜査は完全に行き詰まってしまい、事実上放置状態になってしまっていた。謎が多すぎて、正直どこから手を付けていいのかも分からないのだ。どうやって少女を運んだのか、どうやって美術準備室に入ったのか、どうして隠すような積み直しを行ったのか、実に理解に苦しむ事ばかりの事件だった。
今はその美術室準備室は立入禁止になっている。廊下には入口はないし、美術室からの入口はロッカーを置いて塞いであった。中にあったものも全部運び出してあるので、美術準備室は事実上の廃止である。
(しかし、あの事件を思えば、学校内の人間に手引きした者が居ると見て、間違いないんでしょうけれどね。まったく、そういった人間が平然と同じ職場で働いていると思うと、気分のいいものではありませんね)
飛田先生は、学校の設備のチェックを一つ一つ確認しながら、学校で起きた事件の事を振り返っていた。
こうやって思うと、草利中学校はおろか、浦見市の中には何か得体の知れないものが隠れている、そんな印象すら受けてしまう。それが一体何なのか。飛田先生は探るように今日も学校の中をくまなくチェックして回ったのだった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました
フルーツパフェ
大衆娯楽
とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。
曰く、全校生徒はパンツを履くこと。
生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?
史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。
就職面接の感ドコロ!?
フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。
学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。
その業務ストレスのせいだろうか。
ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる