ひみつ探偵しおりちゃん

未羊

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第75話 調部長の懸念

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 夏祭りの手伝いをしている栞と調部長は、本部の奥まった所で休んでいた。今はちょうどお昼休みで、食事を取っているところである。暑くて人も多い中だが、栞たちは頑張って手伝いをこなしていた。
 そんな中、食事を終わらせた調部長が、思い詰めたような表情で栞を見ていた。
「どうされたんですか、調部長」
 栞が気になって訪ねてみるが、調部長の表情は険しいままだ。何かを悩んでいるように見える。すると、調部長は何かを決意したかのように、一度強く目を閉じた。
「高石さん、折り入って話があります」
 あまりに神妙な面持ちだったために、笑って済ませられるような雰囲気にはなかった。なので、栞は黙って頷くと、その話を聞く事にした。栞学部を縦に振った事を確認した調部長は、静かに話を始めた。
「……実は、先日なのですが、この街でバーディア一家の人間を見かけたのです」
 平静を装ったように話している調部長だったが、表情は硬く、どこか声が震えているように思えた栞。これは黙って聞いた方がいいと、調部長をしっかりと見据えている。
「そのバーディア一家の人間というのは、レオン・アトゥールという人物でして、私たちの護衛を務めるカルディのかつての同僚だった男です」
 なんと、カルディの同僚がこの街に姿を見せたらしい。普通ならよかったねと言いたいところだが、調部長の表情がとにかく硬いので、とてもそうは言ってはいけない人物のようだった。
 調部長がレオン・アトゥールを最後に見たのは10年前。ちょうどバーディア一家が方向転換を打ち出した時期だった。それから程なくして、彼は姿を消したらしい。そんな人物だというのに、どうして調部長は特定する事ができたのだろうか。栞の中にそんな疑問が浮かんできた。
「……普通は10年も会っていなければ、分からなくなるなんて事はそれなりにあります。ですが、レオン・アトゥールはそれは独特な雰囲気を持った男です。幼い頃に数回会った程度の私ですら覚える事ができるくらい、それくらいに特殊な男なんですよ」
 調部長はまじめな顔でそう言い切った。
 だが、この言葉に栞はなんとなく納得がいった。なにせ先日、自分も似たような体験をしていたからだ。それだけ鮮烈な印象を持っていれば、どうしても忘れられないものとなってしまうのだ。
 しかし、今の栞にはそれ以上に気になる点があった。それ何かというと、調部長がなんとなくだが取り乱しているように見えるのだ。見た目にはいつも通りの落ち着いて冷静なような印象を受けるのだが、ここしばらく一緒に居る事があった栞には、なんとなく分かってしまうのだ。
「調部長?」
 さっきから言葉が止まっている様子が気になった栞が声を掛ける。すると、調部長は我に返ったのように驚いて顔を栞の方へと向けた。その慌てぶりからしても、やはり調部長は今まさにレオン・アトゥールの気配を感じ取っているのかも知れない。気になって仕方のない栞だったが、調部長が口を開くのを黙って待つ事にした。本人が言おうとしないのだから、ここはそっとしておくべきだろう、栞はそう考えていたのだ。
「……申し訳ありません。こちらから話を振っておきながら、このように心配させてしまうとは……」
 調部長が栞に対して謝罪をしてくる。
「いえ、別に気にしていませんよ。とりあえず、私はその『レオン・アトゥール』という男に警戒すればいいのですよね?」
「えっ、ええ。その通りです。とにかく血の気の多い人物ですから、高石さんも十分気を付けて下さい」
 栞が確認するように問い掛けると、調部長はちょっと慌てたようにそれを肯定していた。
「はい、分かりました」
「すみませんね。本当は情報をいろいろ渡したいところですが、カルディは居ませんし、そろそろ休憩が終わってしまいますからね」
「では、帰りがけにでもお聞きしますね」
 そういう約束をすると、栞と調部長は立ち上がって夏祭りの手伝いを再開させたのだった。
 その後はとにかく気持ちを切り替えて、夏祭りの手伝いを頑張る二人。言葉を交わすにしても他愛のない話題ばかりで、とにかく手伝いに集中していた。
 だが、その間、調部長にはどうしても引っ掛かる事があった。
(あの時、レオン・アトゥールと一緒に居た少女、見覚えがある気がするのですが気のせいでしょうかね。もし見ていたとしたら、それは一体どこでだったというのでしょうか……)
 あの時は本当にニアミスで、カルディに気付かれていたら話がややこしくなっていただろう。レオンとは違い、カルディは気配を消すのがうまかったので、それが功を奏したのかも知れない。
 それもそうなのだが、その時に見た少女に関しても、調部長は何かしらの引っ掛かりを覚えていたのだった。レオンほどの特徴があれば思い出せたのだろうが、あれだけの幼い子どもにはそれは無理だろう。なにせ、自分よりも年下のような感じだったのだから。
 結局この疑問が解消される事はなかったのだが、この事が後々に大きな影響を及ぼす事になろうとは、この時の調部長は思ってもみなかったのだった。
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