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第47話 一夜明けて
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バロック・バーディアとの会食から一夜明けた朝の事だった。浦見市内にとんでもなく衝撃的なニュースが駆け巡った。
市内を流れる三津川の河川敷で、身元不明の焼死体が発見されたというニュースである。
警察の情報では遺体の損傷は激しく、骨は砕け、肉体が完全に炭化しており、更には遺留品らしきものも見当たらないと、身元の特定は困難を極めそうな状態だったそうだ。
リリック・バーディアの一件でまだ混乱が残る草利中学校もまた、新たな混乱によって慌ただしくなっている。この事件を受けて市内の学校は部活動はすべて休止、中学生以下は極力集団で登下校するように通達が出たほどだった。
市内には警察による厳重な警戒態勢が敷かれた事で、学校生活はどちらかと言えば平穏に過ぎていっていた。
そういう状況下の週明けには、無事にリリック・バーディアは『調詩音』として学校に編入する事ができた。混乱のおかげで思ったより目立つ事なく、順調に学校に馴染んでいっているようだった。ただ、まだ日本語がおぼつかないようではあったものの、そこは気合いで乗り越えているようだった。さすがは調部長の妹である。
さて、立て続けに事件が起こって、すっかり学校のスケジュールも授業もめちゃくちゃになっていた草利中学校だったが、美術室の一件から2週間が経ち、ようやく通常の授業へと戻る事ができた。
「はーっはっはっはーっ! 今日からようやく、部活も再開じゃーっ!」
今日もわっけーはうるさかった。この2週間もずっと平常運転だったわっけーだが、本当に今日はとりわけうるさかった。よっぽど部活再開が嬉しかったのだろう。
まぁ、こんなわっけーが居たからこそ、栞たちのクラスだけは平常心を保てたのだろう。わっけーが騒いで栞が叱る。そういったルーチンができ上がっていて、クラスメイトはそれに癒されていたのだった。実際、栞もこの底抜けの明るさには助けられたものである。
だが、いつまでもうるさくさせているわけにもいかないので、栞はわっけーに近付く。
「はい、わっけー。遅くなっちゃったけど、これ、今月のやつよ」
「おー、ちゃうじゃねーか! サンキューな、しおりん!」
お礼というわけじゃないが、栞は約束していた少女漫画の月刊誌をわっけーに手渡した。当のわっけーはすごい喜びようで、雑誌を掲げたまま教室の中をスキップしながら回っていた。やめろ、ばれたら没収される。その後、おとなしく鞄に雑誌を突っ込んでいたのを確認すると、ようやく栞もほっと安心したのだった。
それにしても、6月に入ってからというもの、空がどんよりする事が増えていた。この分では梅雨入りももうそろそろだろう。
ちなみに衣替えはすでに終わっており、制服は上下紺の冬服から、白色の眩しい上着の夏服に変わっていた。どうでもいいが、ズボンもスカートも色は同じだ。まったく制服は明るくなったというのに、この時期の天気はそういう風にはいかないようである。
この日の放課後は、栞は新聞部の部室に赴いていた。
いつものように中に入ると、調部長は今日もパソコンに向かって何かの作業をしているようだった。
「あら、高石さん、おはようございます」
栞に気が付いた調部長が、ふと手を止めて挨拶をしてきた。
「おはようございます」
栞は挨拶を返す。
部室に入ったところで今日は何をしようかと栞が見回していると、奥で座っていた軽部副部長が声を掛けてきた。
「やあ、突然だが、高石さんはゲームは得意かい?」
「は?」
栞は突拍子もない質問に抜けた声が出てしまう。
「ゲームは得意じゃないですけど」
「そっか、残念だな」
訳が分からないので素っ気なく栞が返すと、軽部副部長は軽く反応しただけで、再び真剣にスマホの画面に見入っていた。一体何をしてるんだか……。
「軽部副部長、ゲームをするのは構いませんが、無駄遣いはしないで下さいよ? 大体カルディの給料がどれくらいなのか分かっているのですか? お金は有限なんですから、少しは自重して下さい」
調部長はさっきのやり取りを聞いていたらしく、パソコンに向かったまま軽部副部長を叱っていた。そのやり取りに栞は、
「なんだか調部長って、お母さんって感じがしますね」
と、ついポロリとこぼしてしまった。それは当然調部長の耳にも入ってしまったのだが、調部長は怒るどころか手を止めてため息を吐いた。
「軽部副部長はあのカルディの実の弟なんですが、見ての通りの自由人でしてね。私の立ち位置を考えると常にカルディの護衛の下には居られません。ですが、その時についてくるのがこの体たらくです。ならば私がしっかりするしかないじゃありませんか」
調部長はそう話しながら、一度軽部副部長を見たかと思うと、がっくりと項垂れていた。軽部副部長は相変わらずスマホに集中している。そんな状態だから、調部長は軽部副部長を無視して栞に話し掛ける。
「最近はどうも暗い話題ばかりですからね、ちょっと私の方で夏休みのイベントを調べていたんですよ。以前の取材の時にもちらっと話が出ましたが、7月8月に駅前商店街でもイベントがあるみたいなんですね」
「そういえばそういう話がありましたね」
栞も以前の取材の事を思い出したようである。
「Festival?」
栞の後ろから詩音が顔を出した。
「あら、リリック、居ましたのね。そうですよ、お祭りです。この事については今度、商店街の会長さんにちょっと詳しく聞きに行くつもりです。これから梅雨に入りますからね、ちょっとは気晴らしにはなるかと思いますよ」
調部長はにっこりと笑いながら話していた。この笑顔に、栞はちょっとドキッとしてしまうのであった。
市内を流れる三津川の河川敷で、身元不明の焼死体が発見されたというニュースである。
警察の情報では遺体の損傷は激しく、骨は砕け、肉体が完全に炭化しており、更には遺留品らしきものも見当たらないと、身元の特定は困難を極めそうな状態だったそうだ。
リリック・バーディアの一件でまだ混乱が残る草利中学校もまた、新たな混乱によって慌ただしくなっている。この事件を受けて市内の学校は部活動はすべて休止、中学生以下は極力集団で登下校するように通達が出たほどだった。
市内には警察による厳重な警戒態勢が敷かれた事で、学校生活はどちらかと言えば平穏に過ぎていっていた。
そういう状況下の週明けには、無事にリリック・バーディアは『調詩音』として学校に編入する事ができた。混乱のおかげで思ったより目立つ事なく、順調に学校に馴染んでいっているようだった。ただ、まだ日本語がおぼつかないようではあったものの、そこは気合いで乗り越えているようだった。さすがは調部長の妹である。
さて、立て続けに事件が起こって、すっかり学校のスケジュールも授業もめちゃくちゃになっていた草利中学校だったが、美術室の一件から2週間が経ち、ようやく通常の授業へと戻る事ができた。
「はーっはっはっはーっ! 今日からようやく、部活も再開じゃーっ!」
今日もわっけーはうるさかった。この2週間もずっと平常運転だったわっけーだが、本当に今日はとりわけうるさかった。よっぽど部活再開が嬉しかったのだろう。
まぁ、こんなわっけーが居たからこそ、栞たちのクラスだけは平常心を保てたのだろう。わっけーが騒いで栞が叱る。そういったルーチンができ上がっていて、クラスメイトはそれに癒されていたのだった。実際、栞もこの底抜けの明るさには助けられたものである。
だが、いつまでもうるさくさせているわけにもいかないので、栞はわっけーに近付く。
「はい、わっけー。遅くなっちゃったけど、これ、今月のやつよ」
「おー、ちゃうじゃねーか! サンキューな、しおりん!」
お礼というわけじゃないが、栞は約束していた少女漫画の月刊誌をわっけーに手渡した。当のわっけーはすごい喜びようで、雑誌を掲げたまま教室の中をスキップしながら回っていた。やめろ、ばれたら没収される。その後、おとなしく鞄に雑誌を突っ込んでいたのを確認すると、ようやく栞もほっと安心したのだった。
それにしても、6月に入ってからというもの、空がどんよりする事が増えていた。この分では梅雨入りももうそろそろだろう。
ちなみに衣替えはすでに終わっており、制服は上下紺の冬服から、白色の眩しい上着の夏服に変わっていた。どうでもいいが、ズボンもスカートも色は同じだ。まったく制服は明るくなったというのに、この時期の天気はそういう風にはいかないようである。
この日の放課後は、栞は新聞部の部室に赴いていた。
いつものように中に入ると、調部長は今日もパソコンに向かって何かの作業をしているようだった。
「あら、高石さん、おはようございます」
栞に気が付いた調部長が、ふと手を止めて挨拶をしてきた。
「おはようございます」
栞は挨拶を返す。
部室に入ったところで今日は何をしようかと栞が見回していると、奥で座っていた軽部副部長が声を掛けてきた。
「やあ、突然だが、高石さんはゲームは得意かい?」
「は?」
栞は突拍子もない質問に抜けた声が出てしまう。
「ゲームは得意じゃないですけど」
「そっか、残念だな」
訳が分からないので素っ気なく栞が返すと、軽部副部長は軽く反応しただけで、再び真剣にスマホの画面に見入っていた。一体何をしてるんだか……。
「軽部副部長、ゲームをするのは構いませんが、無駄遣いはしないで下さいよ? 大体カルディの給料がどれくらいなのか分かっているのですか? お金は有限なんですから、少しは自重して下さい」
調部長はさっきのやり取りを聞いていたらしく、パソコンに向かったまま軽部副部長を叱っていた。そのやり取りに栞は、
「なんだか調部長って、お母さんって感じがしますね」
と、ついポロリとこぼしてしまった。それは当然調部長の耳にも入ってしまったのだが、調部長は怒るどころか手を止めてため息を吐いた。
「軽部副部長はあのカルディの実の弟なんですが、見ての通りの自由人でしてね。私の立ち位置を考えると常にカルディの護衛の下には居られません。ですが、その時についてくるのがこの体たらくです。ならば私がしっかりするしかないじゃありませんか」
調部長はそう話しながら、一度軽部副部長を見たかと思うと、がっくりと項垂れていた。軽部副部長は相変わらずスマホに集中している。そんな状態だから、調部長は軽部副部長を無視して栞に話し掛ける。
「最近はどうも暗い話題ばかりですからね、ちょっと私の方で夏休みのイベントを調べていたんですよ。以前の取材の時にもちらっと話が出ましたが、7月8月に駅前商店街でもイベントがあるみたいなんですね」
「そういえばそういう話がありましたね」
栞も以前の取材の事を思い出したようである。
「Festival?」
栞の後ろから詩音が顔を出した。
「あら、リリック、居ましたのね。そうですよ、お祭りです。この事については今度、商店街の会長さんにちょっと詳しく聞きに行くつもりです。これから梅雨に入りますからね、ちょっとは気晴らしにはなるかと思いますよ」
調部長はにっこりと笑いながら話していた。この笑顔に、栞はちょっとドキッとしてしまうのであった。
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