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第31話 田植え
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栞が新聞部の部室に顔を出していた、ちょうどその頃。
「うーん、小さいけど手作業ならそんなものかしらね」
千夏は、草利中学校の専用グラウンドの近くの田んぼに居た。
ちょうど暖かくなって程よい気温になってきたので、翌日に田植えをする事に決めていたので、その下準備のためである。普通ならもう少し遅いのだが、中間テストよりも前に行うのが通例となっているのだ。
それにしてもこの田んぼ、広さにしてダブルスのテニスコート2面ほどものだが、道路に面した位置にあるために、どうしてもごみが捨てられてしまう。なので、下準備の一環として千夏はごみ拾いなどの見回りに来ていたというわけである。
田植え前の最終確認という事で、千夏がせっせと空き缶やポリ袋などを拾っていると、
「南先生、精が出ますね」
頭上から唐突に声を掛けられる。千夏が顔を上げると、道路には飛田先生が立っていた。
「と、とと、飛田先生っ!? な、なぜ、こちらにっ、って!!」
千夏が慌てて体を起こす。ところが、今居る場所はよりによって代掻きの終わった田んぼの中。慌てた千夏は泥に足を取られてこけそうになってしまう。
パシッ!
危うく泥まみれになるとこだったが、なんとか飛田先生が飛び込んで腕を取った事でそれは回避できたのだった。
「危なかったね、大丈夫かい?」
飛田先生のこの問い掛けに、千夏は顔を真っ赤にして少し俯く。
「わ、私は、その……大丈夫です。ですが、飛田先生こそ、ズボンとか泥だらけにしてしまって、大丈夫なんでしょうか……」
自分は問題ないと答えた後、田んぼに飛び込んできた飛田先生を気遣う。飛田先生の姿もジャージにスニーカーという普段とは違った姿だったが、そこそこ深さのある田んぼなのだ、まったく無事というわけにはいかなかった。
「大丈夫かどうかと聞かれたら、まあ無事じゃないでしょうね。でも、自分のせいで危ない目に遭わせそうになっているのに、そりゃあ後先考えずに飛び込んでしまいますよ」
飛田先生はそう言ってはにかんでいた。だが、さすがに泥だらけになった姿を見ては、なんとも言えない複雑な顔になっていた。
「これは、靴の中にまで泥が入ってしまっていますね。さすがにこれでは、帰る間の感触が気になって仕方ありませんね」
道路に上がって足踏みをすると、靴の中がねちゃねちゃと不思議な音を立てている。さすがにこのまま帰るわけにはいかなさそうだ。
そこで、千夏は近くにある運動部のシャワーを貸してもらう事を提案する。そして、そうやって泥を落としている間に、事務員に頼み込んでズボンと靴を貸してもらう事に成功した。千夏は事務員に何度も頭を下げてお礼を言っていた。
「飛田先生、事務室から服と靴を借りて来れましたので、これに着替えて下さい」
「いやあ、すみませんね、南先生」
「い、いえ。元はといえば、私が大げさに驚いたのがいけないんです。本当に申し訳ありませんでした」
お互いに謝る千夏と飛田先生。
「しかしですね、これでは私の気が収まりません。せっかくですし、明日の田植えを私も手伝うというのではどうでしょうか」
予想外な飛田先生の申し出に、千夏は驚いた。そして、少し悩んでいたようだが、特に断る理由もなかったのでこの申し出を受け入れる事にしたのだった。
そして、翌日土曜日の放課後を迎える。
園芸部の部室には七人の部員の他に、飛田先生の姿もあった。見慣れない先生の姿に驚いている部員たちだが、園芸部に七人の部員が居た事も驚きである。
千夏は稲の苗を車に積み込むと、
「それでは、私は先に行って準備をしていますので、みなさんは飛田先生と一緒に田んぼへと移動して下さい」
と部員たちに説明する。「はい」という元気のいい声が返ってきたので、千夏は安心して車で田んぼへと移動する。
一足先に田んぼに到着した千夏は、すぐ横の駐車場に車を止めて稲の苗を下ろしていく。この時の千夏の姿は帽子に手ぬぐい、もんぺに長靴という田植えスタイルである。さすがは農家の人間である。
しばらく待つと、飛田先生に連れられてきた部員たちが到着する。
「はい、今日は運動部の部室棟のシャワーを使わせてもらえる事になっています。なので、みんなは長靴を持ってきていないので、裸足になってズボンをまくり上げて下さい」
千夏の声に部員たちは戸惑いながらも靴と靴下を脱いでいく。その姿を確認した千夏は、
「では、まずは先生が苗の植え方の手本を見せますね。よく見ていて下さいね」
と言って、道路の脇に置いてあった苗床を1枚持ち上げると、一本一本植え始めた。よく見ると田んぼには道路と並行の向きに黄色いロープが張られており、そのロープには等間隔に白いリボンが結わえてあった。どうやら苗を植える目安らしい。
「田植えはこんな感じに後ろに下がりつつ一本ずつ植えていきます。ロープとリボンを目印にして、みなさんもやってみましょう」
千夏がこう言ったはいいが、さすがに今の子たちは汚れる事に抵抗を感じやすいようだ。誰一人としてしばらく動こうとはしなかった。
動きが出たのは、見かねた飛田先生が田植えを始めた事。これをきっかけに一人、また一人と動き出し、最終的には全員で田植えを進めていった。誰も泥に足を取られてこける事なく、順調に一時間ほどで田植えを終える事ができた。さすがに腰を曲げての労働に、田植えを終えた部員たちは全員が疲れ切った表情を見せていた。
「みなさん、お疲れ様。この稲たちはきちんと育てていけば、秋にはしっかりと実ってお米が収穫できますからね。半年くらい先の話ですが、楽しみにしましょう」
この千夏の言葉に、部員たちは不思議と心躍らせた。そして、この日の青空のようなすっきりとした笑顔が、部員たちに広がるのだった。
「うーん、小さいけど手作業ならそんなものかしらね」
千夏は、草利中学校の専用グラウンドの近くの田んぼに居た。
ちょうど暖かくなって程よい気温になってきたので、翌日に田植えをする事に決めていたので、その下準備のためである。普通ならもう少し遅いのだが、中間テストよりも前に行うのが通例となっているのだ。
それにしてもこの田んぼ、広さにしてダブルスのテニスコート2面ほどものだが、道路に面した位置にあるために、どうしてもごみが捨てられてしまう。なので、下準備の一環として千夏はごみ拾いなどの見回りに来ていたというわけである。
田植え前の最終確認という事で、千夏がせっせと空き缶やポリ袋などを拾っていると、
「南先生、精が出ますね」
頭上から唐突に声を掛けられる。千夏が顔を上げると、道路には飛田先生が立っていた。
「と、とと、飛田先生っ!? な、なぜ、こちらにっ、って!!」
千夏が慌てて体を起こす。ところが、今居る場所はよりによって代掻きの終わった田んぼの中。慌てた千夏は泥に足を取られてこけそうになってしまう。
パシッ!
危うく泥まみれになるとこだったが、なんとか飛田先生が飛び込んで腕を取った事でそれは回避できたのだった。
「危なかったね、大丈夫かい?」
飛田先生のこの問い掛けに、千夏は顔を真っ赤にして少し俯く。
「わ、私は、その……大丈夫です。ですが、飛田先生こそ、ズボンとか泥だらけにしてしまって、大丈夫なんでしょうか……」
自分は問題ないと答えた後、田んぼに飛び込んできた飛田先生を気遣う。飛田先生の姿もジャージにスニーカーという普段とは違った姿だったが、そこそこ深さのある田んぼなのだ、まったく無事というわけにはいかなかった。
「大丈夫かどうかと聞かれたら、まあ無事じゃないでしょうね。でも、自分のせいで危ない目に遭わせそうになっているのに、そりゃあ後先考えずに飛び込んでしまいますよ」
飛田先生はそう言ってはにかんでいた。だが、さすがに泥だらけになった姿を見ては、なんとも言えない複雑な顔になっていた。
「これは、靴の中にまで泥が入ってしまっていますね。さすがにこれでは、帰る間の感触が気になって仕方ありませんね」
道路に上がって足踏みをすると、靴の中がねちゃねちゃと不思議な音を立てている。さすがにこのまま帰るわけにはいかなさそうだ。
そこで、千夏は近くにある運動部のシャワーを貸してもらう事を提案する。そして、そうやって泥を落としている間に、事務員に頼み込んでズボンと靴を貸してもらう事に成功した。千夏は事務員に何度も頭を下げてお礼を言っていた。
「飛田先生、事務室から服と靴を借りて来れましたので、これに着替えて下さい」
「いやあ、すみませんね、南先生」
「い、いえ。元はといえば、私が大げさに驚いたのがいけないんです。本当に申し訳ありませんでした」
お互いに謝る千夏と飛田先生。
「しかしですね、これでは私の気が収まりません。せっかくですし、明日の田植えを私も手伝うというのではどうでしょうか」
予想外な飛田先生の申し出に、千夏は驚いた。そして、少し悩んでいたようだが、特に断る理由もなかったのでこの申し出を受け入れる事にしたのだった。
そして、翌日土曜日の放課後を迎える。
園芸部の部室には七人の部員の他に、飛田先生の姿もあった。見慣れない先生の姿に驚いている部員たちだが、園芸部に七人の部員が居た事も驚きである。
千夏は稲の苗を車に積み込むと、
「それでは、私は先に行って準備をしていますので、みなさんは飛田先生と一緒に田んぼへと移動して下さい」
と部員たちに説明する。「はい」という元気のいい声が返ってきたので、千夏は安心して車で田んぼへと移動する。
一足先に田んぼに到着した千夏は、すぐ横の駐車場に車を止めて稲の苗を下ろしていく。この時の千夏の姿は帽子に手ぬぐい、もんぺに長靴という田植えスタイルである。さすがは農家の人間である。
しばらく待つと、飛田先生に連れられてきた部員たちが到着する。
「はい、今日は運動部の部室棟のシャワーを使わせてもらえる事になっています。なので、みんなは長靴を持ってきていないので、裸足になってズボンをまくり上げて下さい」
千夏の声に部員たちは戸惑いながらも靴と靴下を脱いでいく。その姿を確認した千夏は、
「では、まずは先生が苗の植え方の手本を見せますね。よく見ていて下さいね」
と言って、道路の脇に置いてあった苗床を1枚持ち上げると、一本一本植え始めた。よく見ると田んぼには道路と並行の向きに黄色いロープが張られており、そのロープには等間隔に白いリボンが結わえてあった。どうやら苗を植える目安らしい。
「田植えはこんな感じに後ろに下がりつつ一本ずつ植えていきます。ロープとリボンを目印にして、みなさんもやってみましょう」
千夏がこう言ったはいいが、さすがに今の子たちは汚れる事に抵抗を感じやすいようだ。誰一人としてしばらく動こうとはしなかった。
動きが出たのは、見かねた飛田先生が田植えを始めた事。これをきっかけに一人、また一人と動き出し、最終的には全員で田植えを進めていった。誰も泥に足を取られてこける事なく、順調に一時間ほどで田植えを終える事ができた。さすがに腰を曲げての労働に、田植えを終えた部員たちは全員が疲れ切った表情を見せていた。
「みなさん、お疲れ様。この稲たちはきちんと育てていけば、秋にはしっかりと実ってお米が収穫できますからね。半年くらい先の話ですが、楽しみにしましょう」
この千夏の言葉に、部員たちは不思議と心躍らせた。そして、この日の青空のようなすっきりとした笑顔が、部員たちに広がるのだった。
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