ひみつ探偵しおりちゃん

未羊

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第15話 栞の提案

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 様子を見ていた千夏の目の前でとんでもない事が起きた。飛田先生が梁の上から足を滑らせて落ちたのである。
 だが、命綱を付けていたので梁から宙ぶらりんの状態。とりあえずは無事である。その様子を見ていた千夏は思わず顔を押さえたが、すぐにすっと指の隙間を作っておそるおそる再び様子を窺った。
 しばらくはそのまま宙ぶらりんの状態が続いた飛田先生だったが、落ち着いた状態でゆっくりと梁に上がり直して命綱を外すと、そこから迷う事なくトランポリン目がけて飛び降りた。
(なんて人なの。あの高さから平気で飛び降りるなんて……)
 千夏は息を飲んで、体育館2階の入口の扉の陰からじっと動かずに様子を見続けていた。
 トランポリンで数回跳ねた飛田先生は、何事もなかったかのように見事な着地を決める。ぶらりと垂れていた命綱を外すと、迷う事なく千夏の居る扉の方へ視線を向けてきた。
「……大声を出すかと思ったんですが、それを堪えるとはなかなかやりますね。ちなみにそこに隠れてずっと私の事を見ていたのは、最初から気が付いてましたよ」
 飛田先生の言葉に、千夏はドキッと体を強張らせた。修繕の様子を最初から見ていた事はバレていたのである。
「……そうですか。まあ、出てこれるわけがありませんよね」
 飛田先生はゆっくりではなく、普通の歩行速度で千夏の所へ向かってきた。だが、彼は入口の外までは歩いてこず、扉の内側で立ち止まった。
「そこに居るのは南先生ですよね? 職員室からついて来ていたのは知ってました」
 それどころかまさかの全バレである。千夏としては十分距離を取ってきたはずなのだが、それでも気付かれていたのだった。
「それにしても、この学校に就任したてで、こういった興味本位の行動は困りますね。私の行動を怪しく思うのは分かりますが、過ぎた好奇心は災いとなりますよ」
 飛田先生の声は怒っているようではなく、心配しているような感じのものだった。こうともなると、千夏もさすがにお手上げといった感じである。
「その通りですね、飛田先生」
 観念した千夏は、飛田先生の前に姿を現す。その表情は眉間にしわを寄せており、実に厳しいものだった。
「草利中学校は浦見市立の施設です。となれば、どのような修繕を行うにしても、市を通さなければならないんじゃないんですか? ましてや今回は体育館の雨漏りの修繕です。こんな危険な作業を一介の教師がするなんて、普通に考えておかしいです」
 千夏は観念した事もあって、はっきりと意見を飛田先生にぶつけた。
 すると、それに対して飛田先生は、頭に手を当てながら大きくため息を吐いた。
「いやはや、実にその通りなのは分かっているんですよ。最初は本当にたまたまだったんですがね、気が付けば当たり前のように私に頼んでくる始末で……。早めに断るべきでしたね」
 首を横に振りながら話す飛田先生。それを千夏は無言で聞いている。そして、千夏を横目に見ながら、飛田先生は更に言葉を続けた。
「私の実家は鳶職でしてね、そういう事もあってか、こういった修繕作業も修行の一環ととらえるようになっていたんです。いやはや、言い聞かせるようにしていたとはいえ、思えば出過ぎた事でしたね」
 後悔の言葉を話す飛田先生は、千夏の方をまっすぐ見直す。
「この事は別に市の方へ報告してもらって構いませんよ。私としては観念していますし、普通に考えればこんな事は”異常”なんですからね」
 どこか悟ったような表情で話す飛田先生。
「……分かりました。今回の事は市の方へ報告させて頂きます」
 それに対して、千夏ははっきりとこう言ったが、
「……それと、今回の事はお疲れ様です。あ、あまり無茶をしないで下さいね」
 続けて言った言葉は、どういったわけかも少しどもっていたようだった。それを見ていた飛田先生は、
「はははっ、南先生は割と態度に出てしまうお方のようですね。それでしたら、探偵の真似事はやめておいた方がいいと思いますよ」
 という感じに、どストレートに忠告がてらに話した。はっきり言われた千夏は頬を膨らませて、
「むぅぅ……、余計なお世話です。失礼しますね!」
 と怒りながら体育館を去っていった。ただ、その顔は困ったような表情でありながら耳まで真っ赤だった。

 その日の夜。

 千夏は栞を誘って、いつもの喫茶店に居た。
「はぁ?! そんな事やってるの?!」
「しっ! 栞、声が大きいわよ」
 千夏から驚愕の事実を聞かされた栞は、大声を上げて驚いた。千夏はそれを慌てて黙らせる。
「うぐぐ……」
 栞は必死に大声を出したい衝動を抑える。
「それにしても、尾行に気が付いた上での試すような行動、更には強気の発言。その飛田先生ってなかなか手強いわね」
 こう言って、腕を組んで上体を逸らせて考え込む栞。それとは対照的に、千夏は少し前屈みになって黙々と紅茶を飲んでいる。
 こうしてしばらく静かな時間が続き、突然栞が千夏の方へと顔を近付ける。
「ねえねえ、千夏」
 そう声を掛けてくる栞の顔は、どこか悪い顔をしている。
「な、何よ」
 嫌な予感がした千夏は、少し引いているようだ。
「話を聞いていた限りじゃ、飛田先生って切れ者のようだしさ、このままこっちに引き込んじゃえばいいと思わない?」
「はぁ?!」
 栞の提案に、千夏は声を上げて驚いた。
「だって、惰性になっちゃってるけど自覚あるんでしょ? それを利用すれば情報引き出せるんじゃないかなって思うのよ」
「うわっ、栞ったら悪い事を考えてる」
「目には目を、悪い事には悪い事よ! いつまでも不健全な噂を中学校に負わせてられないってのよ」
 結局のところ、栞の勢いに押された千夏は、栞の作戦に乗る事にしたのだった。
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