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第3話 違和感の幕開け
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潜入調査に向けて準備も整い、ついに、二度目の中学校の入学式の日を迎えた。
草利中学校の制服に身を包んだ栞は、鏡の前でにらめっこをしている。
(うーん、二十歳越えとしては、どう見てもただのコスプレよね……)
正直、ここまでしっかりとただの中学生にしか見えなくて、栞はげんなりしていた。
しかし、今日から特別任務の開始である。栞は気を取り直して荷物を確認する。そして、
「行ってきます」
元気よく家を出た。
栞の家は、実は草利中学校からかなり遠い。その関係で、自転車通学が認められているのである。
栞は自転車に跨って、颯爽と草利中学校へ向けて漕ぎ出した。
時期は四月の頭。あちこちにまだ桜の花が咲いており、春の暖かい風と心地よい日差しの中を軽やかに自転車で走り抜けていく。事前に学校までの経路と道路工事の場所を調べていた栞は、20分ほどかけて草利中学校に到着した。
『浦見市立草利中学校』
校門には縦書きの明朝体でそう記されている。
この草利中学校は、公立中学校にしてはかなり部活動に力を入れている学校で、それは学校設備を見てもよく分かるほどである。
まず、校門をくぐって下足場に向かう左手を見れば、大きなグラウンドが目に入る。大体周回100mだの150mだのというグラウンドが多い中、この草利中学校は周回400mを確保していた。この時点でまずありえない。
そして、下足場までもまた遠い。右手は駐車場なのだが、栞はそこに自転車を止めて歩けど歩けど下足場に着かない。結局5分くらいは歩いただろう。ただ、グラウンドとの間には手入れされた草花が生い茂っており、いい癒しになっていた。
下足場に到着すると、そこには人だかりができていた。聞こえてくる声や真新しい制服を見るに、その目の前にあるのはクラス分けの掲示板なのだろう。栞はその人山をかき分けて進んでいく。二十三歳にもなるというのに、身長はほとんどの学生に負ける栞。かき分けていくのも必死である。
ようやく掲示板を確認できる位置まで進んで栞。ざっとクラス分けを確認する。
(あっ、5組か)
自分の名前を1年5組に発見した栞。よく見れば草利中学校の1年生は6組まであるようだ。五十音で見ると栞はクラスの真ん中あたりなので、全体ではかなり後半になるようだった。
それにしても、本当に自分の名前があるとは思わなかった。いくら調査のためだとはいえ、存在しない人間をねじ込むのは大変だっただろう。いろいろ思いながら、栞は教室へと移動した。
教室では出席番号順に廊下側から座るようになっていた。生徒たちはそれぞれに自分の席を確認すると、自分の席に荷物を置いて友だち同士で盛り上がっていた。
朝礼のチャイムが鳴り響く。それと同時に教室の入口の扉が開き、眼鏡を掛けたボサボサ頭の男が顔を出した。
ホームルームが始まると思いきや、
「入学式が始まりますので、体育館に移動して下さい」
こうだけ言ってすぐに教室を去ってしまった。引率しないのか。職務怠慢だなと栞が思っていると、呆気に取られた生徒たちが騒ぎ出した。
「体育館ってどこだよ!」
「普通担任が引率するもんじゃないの?」
「この学校広すぎて分からないんだよ」
まぁ叫ぶ言葉もまたいろいろである。担任に文句を言うのは分かるが、体育館の場所を知らないとは……。事前リサーチが完璧な栞とは対照的だ。
「ねぇ、あの青い屋根の建物が体育館じゃないの?」
窓の外をきょろきょろしていた栞は、たまたま見つけた風を装ってクラスメイトに向かって叫んだ。
窓から見える青い屋根の建物。その屋根はまるでかまぼこのようで、一般的な体育館のイメージそのものだった。
「あれだっ!」
「サンキュー」
「急ぎましょう」
クラスメイトたちはささっと体育館シューズを持って教室を出て行った。感謝の言葉はあったものの、指摘した栞をほったらかしである。ひどい。
無事に一年生が集合した体育館では入学式が行われた。保護者はちらほら居るが、全員ではなさそうだ。実際、栞の両親は来ていない。
途中では定番の校長先生の長い挨拶があり、この間はあちこちからあくびの音が聞こえていた。
(これはいつの時代も変わらないわね……)
これは栞の学生時代にもあった事。時代が変われど場所が変われど、こればかりはどこも一緒のようだった。
無事に入学式も終わって、教室に戻った栞たち。この日は自己紹介をするホームルームを残すのみだ。
しばらくして教室に入ってきたのは、朝に一瞬だけ顔を出した男だった。これには栞だけではなく、ほかの生徒たちも驚きを隠せないようだ。教室内が騒めいている。
入ってきた男はそれを気にする事もなく、おもむろに自己紹介を始めた。
「えー、僕はこの1年5組の担任の粒島卓です。担当は社会です。新入生の皆さん、入学おめでとうございます。一年間頑張っていきましょう」
挨拶は普通だった。しかし、風貌のせいでざわつきが収まらない。何といってもこの粒島の風貌、ボサボサの髪に少しずれた眼鏡、それによれよれの白衣を着ている。社会科担当とは言ったが、その風貌はまるで理科教師である。
だが、粒島はざわつきを注意する事なく、ホームルームを進行する。
「それでは、廊下側から順番に自己紹介をしてもらいましょう。名前と出身学区、それに一言挨拶をお願いします」
まだざわつく中、粒島は強引に自己紹介を始めさせた。結局、学生たちは戸惑いながらも順番に自己紹介を始めた。
そして、栞の番がやってきた。
「高石栞、茂森学区の出身です。体を動かすのが好きで、運動が得意です。よろしくお願いします」
無難に挨拶を済ませて、栞は着席する。
ところが、栞の自己紹介の後、一部の生徒が騒いでいるようだった。これには栞も思い当たる節がある。
実は、茂森学区は草利中学校の校区から外れていたのだ。だがしかし、ここ数年の草利中学校は部活に重きを置いているとあって、多少の越境通学は当たり前のように起きているのだ。問題といえば問題だろうが、そこは市民の自由として浦見市は黙認している状態である。
なにはともあれ、無事に潜入初日を終える栞。
(ふぅ、初日は乗り切ったわね。しかし、担任がこんな感じだと、この一年不安しかないわ。クラスメイトたちはいたって普通のようだし……、どこから調査を始めようかしら)
さすがに初日からいきなり居残りをするわけにはいかないようで、新入生たちはとっとと帰宅させられているようだ。仕方なく、栞もそれに従って帰宅する。
噂以外の部分でもいきなり不安を抱えた初日だったが、栞は学生たちのためにも、噂の真偽を解明する決意を改めて強くするのだった。
草利中学校の制服に身を包んだ栞は、鏡の前でにらめっこをしている。
(うーん、二十歳越えとしては、どう見てもただのコスプレよね……)
正直、ここまでしっかりとただの中学生にしか見えなくて、栞はげんなりしていた。
しかし、今日から特別任務の開始である。栞は気を取り直して荷物を確認する。そして、
「行ってきます」
元気よく家を出た。
栞の家は、実は草利中学校からかなり遠い。その関係で、自転車通学が認められているのである。
栞は自転車に跨って、颯爽と草利中学校へ向けて漕ぎ出した。
時期は四月の頭。あちこちにまだ桜の花が咲いており、春の暖かい風と心地よい日差しの中を軽やかに自転車で走り抜けていく。事前に学校までの経路と道路工事の場所を調べていた栞は、20分ほどかけて草利中学校に到着した。
『浦見市立草利中学校』
校門には縦書きの明朝体でそう記されている。
この草利中学校は、公立中学校にしてはかなり部活動に力を入れている学校で、それは学校設備を見てもよく分かるほどである。
まず、校門をくぐって下足場に向かう左手を見れば、大きなグラウンドが目に入る。大体周回100mだの150mだのというグラウンドが多い中、この草利中学校は周回400mを確保していた。この時点でまずありえない。
そして、下足場までもまた遠い。右手は駐車場なのだが、栞はそこに自転車を止めて歩けど歩けど下足場に着かない。結局5分くらいは歩いただろう。ただ、グラウンドとの間には手入れされた草花が生い茂っており、いい癒しになっていた。
下足場に到着すると、そこには人だかりができていた。聞こえてくる声や真新しい制服を見るに、その目の前にあるのはクラス分けの掲示板なのだろう。栞はその人山をかき分けて進んでいく。二十三歳にもなるというのに、身長はほとんどの学生に負ける栞。かき分けていくのも必死である。
ようやく掲示板を確認できる位置まで進んで栞。ざっとクラス分けを確認する。
(あっ、5組か)
自分の名前を1年5組に発見した栞。よく見れば草利中学校の1年生は6組まであるようだ。五十音で見ると栞はクラスの真ん中あたりなので、全体ではかなり後半になるようだった。
それにしても、本当に自分の名前があるとは思わなかった。いくら調査のためだとはいえ、存在しない人間をねじ込むのは大変だっただろう。いろいろ思いながら、栞は教室へと移動した。
教室では出席番号順に廊下側から座るようになっていた。生徒たちはそれぞれに自分の席を確認すると、自分の席に荷物を置いて友だち同士で盛り上がっていた。
朝礼のチャイムが鳴り響く。それと同時に教室の入口の扉が開き、眼鏡を掛けたボサボサ頭の男が顔を出した。
ホームルームが始まると思いきや、
「入学式が始まりますので、体育館に移動して下さい」
こうだけ言ってすぐに教室を去ってしまった。引率しないのか。職務怠慢だなと栞が思っていると、呆気に取られた生徒たちが騒ぎ出した。
「体育館ってどこだよ!」
「普通担任が引率するもんじゃないの?」
「この学校広すぎて分からないんだよ」
まぁ叫ぶ言葉もまたいろいろである。担任に文句を言うのは分かるが、体育館の場所を知らないとは……。事前リサーチが完璧な栞とは対照的だ。
「ねぇ、あの青い屋根の建物が体育館じゃないの?」
窓の外をきょろきょろしていた栞は、たまたま見つけた風を装ってクラスメイトに向かって叫んだ。
窓から見える青い屋根の建物。その屋根はまるでかまぼこのようで、一般的な体育館のイメージそのものだった。
「あれだっ!」
「サンキュー」
「急ぎましょう」
クラスメイトたちはささっと体育館シューズを持って教室を出て行った。感謝の言葉はあったものの、指摘した栞をほったらかしである。ひどい。
無事に一年生が集合した体育館では入学式が行われた。保護者はちらほら居るが、全員ではなさそうだ。実際、栞の両親は来ていない。
途中では定番の校長先生の長い挨拶があり、この間はあちこちからあくびの音が聞こえていた。
(これはいつの時代も変わらないわね……)
これは栞の学生時代にもあった事。時代が変われど場所が変われど、こればかりはどこも一緒のようだった。
無事に入学式も終わって、教室に戻った栞たち。この日は自己紹介をするホームルームを残すのみだ。
しばらくして教室に入ってきたのは、朝に一瞬だけ顔を出した男だった。これには栞だけではなく、ほかの生徒たちも驚きを隠せないようだ。教室内が騒めいている。
入ってきた男はそれを気にする事もなく、おもむろに自己紹介を始めた。
「えー、僕はこの1年5組の担任の粒島卓です。担当は社会です。新入生の皆さん、入学おめでとうございます。一年間頑張っていきましょう」
挨拶は普通だった。しかし、風貌のせいでざわつきが収まらない。何といってもこの粒島の風貌、ボサボサの髪に少しずれた眼鏡、それによれよれの白衣を着ている。社会科担当とは言ったが、その風貌はまるで理科教師である。
だが、粒島はざわつきを注意する事なく、ホームルームを進行する。
「それでは、廊下側から順番に自己紹介をしてもらいましょう。名前と出身学区、それに一言挨拶をお願いします」
まだざわつく中、粒島は強引に自己紹介を始めさせた。結局、学生たちは戸惑いながらも順番に自己紹介を始めた。
そして、栞の番がやってきた。
「高石栞、茂森学区の出身です。体を動かすのが好きで、運動が得意です。よろしくお願いします」
無難に挨拶を済ませて、栞は着席する。
ところが、栞の自己紹介の後、一部の生徒が騒いでいるようだった。これには栞も思い当たる節がある。
実は、茂森学区は草利中学校の校区から外れていたのだ。だがしかし、ここ数年の草利中学校は部活に重きを置いているとあって、多少の越境通学は当たり前のように起きているのだ。問題といえば問題だろうが、そこは市民の自由として浦見市は黙認している状態である。
なにはともあれ、無事に潜入初日を終える栞。
(ふぅ、初日は乗り切ったわね。しかし、担任がこんな感じだと、この一年不安しかないわ。クラスメイトたちはいたって普通のようだし……、どこから調査を始めようかしら)
さすがに初日からいきなり居残りをするわけにはいかないようで、新入生たちはとっとと帰宅させられているようだ。仕方なく、栞もそれに従って帰宅する。
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