上 下
404 / 487
第八章 3年生後半

第404話 遠いその背中

しおりを挟む
「今年も準決勝で君とか。不思議なものだね」
「ええ、まったくですよ。俺たちが強すぎるのか、他が弱いのか。どっちにしてもまた殿下と戦えるのは嬉しいですね」
 フィレン王子とタンがにこやかに話している。
 確かに3年連続で同じような顔ぶれになるというのも不可解すぎるわけで、くじ運を含めてフィレン王子たちは何か持ち過ぎじゃないかしらね。
 それにしても、サーロイン王国の王子と騎士団員を務める家の息子の対戦に、会場の盛り上がりは最高潮を迎えている。
 まるでサーロイン王国最強決定戦といった様相を呈しているみたい。
 実際、私の隣に座るテールも、見た事ないくらいに興奮している。目を輝かせて両手を握っているなんて、本当に楽しみなのがよく伝わってくるというものだわ。
「エスカ王女殿下、アンマリア様。一体どちらが勝つんでしょうかね」
 その表情のまま私たちに顔を向けて問い掛けるテール。やめて、その顔笑っちゃうから。
「単に実力だけなら、タンでしょうね。アンマリアが敵わないくらいですから。ただ、勝負というものはやってみないと分からないわ」
 エスカは正面を見たまま真剣な表情で答えている。
「そ、そうですよね。よく知らないで結果を語ろうなんて、失礼ですものね」
 エスカの表情を見て、テールは驚いて縮こまりながら喋っている。
「そうですよね。そろそろ始まりますし、二人の本気を見守りましょうか」
 私も呼吸を整えると、会場に立つフィレン王子とタンの二人へと視線を移す。
(婚約者であるフィレン殿下に勝って頂きたいですけれど、相手はタンですものね。決勝にはすでにサクラ様が勝ち上がっている状況では、殿下の勝つ望みは薄いでしょうね)
 冷静に分析にする私だけれども、胸の前で握る手にはつい力が入ってしまった。
 会場の熱気も十分になってきたところで、いよいよ試合開始の合図がなされる。
 それと同時に、フィレン王子とタンが同時に互いに踏み込んでいく。
 刃を潰した模擬剣とはいえど、実力者たる二人が振るえば凄まじいまでの金属音が会場いっぱいに響き渡る。
 剣をぶつけ合った二人は、そのまま押し合いに突入する。
「さすがはフィレン殿下。いつも拝見しておりますが、講義ではなかなか剣を交えられませんでしたので、この瞬間を楽しみにしておりましたぞ」
「それは私の方もだよ、タン。君が騎士団長についている姿を、何度思い浮かべた事だろうかな」
「それは光栄でございますね。ですが、今は試合です。いくら殿下とはいえ、忖度して情けない試合をするつもりはございません。俺を本気で倒すつもりでいらして下さい」
「そのつもりだよ。会場内にはアンマリアもサキも来ている。婚約者に情けない姿なんて、見せられたものではないからね」
 会場のど真ん中で、男たちの意地がぶつかり合う。
 均衡が破れないと見るや否や、二人は剣を弾きあって一旦距離を取る。
 かと思えば、すぐさま同時に飛びこんでまた剣をぶつけ合う。
 今度は先程とは違い、剣の打ち合いだ。
 さすがに学園トップクラスの剣の実力の持ち主であるフィレン王子とタンの打ち合いは、並々ならぬ迫力というものがあった。
 この激しい打ち合いに、会場の中の興奮は最高潮に達している。
 その中で、私やテールは祈るような気持ちでその試合を見守っている。戦いを経験しているとはいっても、さすがに知り合い同士であれば試合であっても無事を祈ってしまうというものなのよ。
 だけど、そんな打ち合いも永遠に続くわけがなかった。
 人間である以上、魔法による身体強化がなければ、かなり早く体力が尽きてしまうのだ。そう、純粋な体力勝負なのだ。
 こうなってくれば、フィレン王子の方が不利だった。相手はなんといっても代々が騎士団に努める家柄なのだから。
「はあ、はあ……」
 さすがに疲れの見えてきたフィレン王子の剣が乱れている。
 一方のタンは、まったく衰えが見えない。これはもう決着がついたようなものだった。
 フィレン王子の様子を見たタンは、その剣を下ろしている。
「もう決着はついたようだな、殿下」
「……まったく、そのようだね。君の背中には、まったく追いつけそうにない。……悔しい限りだよ」
 二人はお互いの顔を見て笑い始めた。これには審判も面食らってしまっていた。
「え、えと、これは決着と見ていいのでしょうかね?」
 慌てて二人に確認をする審判。
「ああ、タンの勝ちだ。残念だけど、私はもう動く事も厳しそうだよ」
 そう話すフィレン王子の足は、小刻みに震えていた。酷使しすぎたのか、けいれんを起こしてしまっているようである。
「しょ、勝者、タン・ミノレバー!」
 勝ち名乗りが行われると、会場からは割れんばかりの歓声が上がる。
 このあと、足の痺れたフィレン王子は、タンに肩を借りながらどうにか退場していったのだった。
 こうして、剣術大会の決勝戦は、3年連続でタンとサクラによる決勝戦となったのだった。
 決勝戦は昼食後に行われるため、私は急いでフィレン王子のもとへと走り出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

よくある父親の再婚で意地悪な義母と義妹が来たけどヒロインが○○○だったら………

naturalsoft
恋愛
なろうの方で日間異世界恋愛ランキング1位!ありがとうございます! ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 最近よくある、父親が再婚して出来た義母と義妹が、前妻の娘であるヒロインをイジメて追い出してしまう話……… でも、【権力】って婿養子の父親より前妻の娘である私が持ってのは知ってます?家を継ぐのも、死んだお母様の直系の血筋である【私】なのですよ? まったく、どうして多くの小説ではバカ正直にイジメられるのかしら? 少女はパタンッと本を閉じる。 そして悪巧みしていそうな笑みを浮かべて── アタイはそんな無様な事にはならねぇけどな! くははははっ!!! 静かな部屋の中で、少女の笑い声がこだまするのだった。

悪役令嬢の去った後、残された物は

たぬまる
恋愛
公爵令嬢シルビアが誕生パーティーで断罪され追放される。 シルビアは喜び去って行き 残された者達に不幸が降り注ぐ 気分転換に短編を書いてみました。

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

【完結】公爵令嬢はただ静かにお茶が飲みたい

珊瑚
恋愛
穏やかな午後の中庭。 美味しいお茶とお菓子を堪能しながら他の令嬢や夫人たちと談笑していたシルヴィア。 そこに乱入してきたのはーー

どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~

涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!

記憶を失くして転生しました…転生先は悪役令嬢?

ねこママ
恋愛
「いいかげんにしないかっ!」 バシッ!! わたくしは咄嗟に、フリード様の腕に抱き付くメリンダ様を引き離さなければと手を伸ばしてしまい…頬を叩かれてバランスを崩し倒れこみ、壁に頭を強く打ち付け意識を失いました。 目が覚めると知らない部屋、豪華な寝台に…近付いてくるのはメイド? 何故髪が緑なの? 最後の記憶は私に向かって来る車のライト…交通事故? ここは何処? 家族? 友人? 誰も思い出せない…… 前世を思い出したセレンディアだが、事故の衝撃で記憶を失くしていた…… 前世の自分を含む人物の記憶だけが消えているようです。 転生した先の記憶すら全く無く、頭に浮かぶものと違い過ぎる世界観に戸惑っていると……?

そして乙女ゲームは始まらなかった

お好み焼き
恋愛
気付いたら9歳の悪役令嬢に転生してました。前世でプレイした乙女ゲームの悪役キャラです。悪役令嬢なのでなにか悪さをしないといけないのでしょうか?しかし私には誰かをいじめる趣味も性癖もありません。むしろ苦しんでいる人を見ると胸が重くなります。 一体私は何をしたらいいのでしょうか?

処理中です...