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第七章 3年目前半
第389話 コール家の問題
しおりを挟むそれからというもの、スフィアは毎日のようにイアン様に会いに行くようになった。
ミラベルさんいわく、自分の仕事や薬師としての勉強など、やるべきことは全てやっているそうだし、彼女との交流は間違いなくイアン様にいい影響を与えているだろう。
なので、わたしも何も言わなかった。
その一方で、わたしたちはイアン様に処方する薬を作るため、その薬材集めに精を出していた。
いかんせん必要な種類が多いので、どうしても足りない薬材が出てくる。
というわけで、今日もわたしは皆に協力してもらいながら、西の森で採取を行っていた。
「エリンさん、オバケソウモドキというのは、これで合っているんですか?」
ミラベルさんと一緒に茂みから出てきたクロエさんが、手に持っていた植物を見せながら訊いてくる。
「あっ、いえ、それはオバケソウです。よく似ているのですが、今回の薬に使うのとは別の植物になります」
「そうですか……むむ、わかりにくいですねぇ」
「す、すみません。でも、オバケソウも薬材になりますので」
クロエさんは手元の植物を凝視しながら眉をひそめる。
細い茎の先に白い綿毛のような花がついたそれは、風が吹くとゆらゆらと大きく揺れる。
かつて、どこかの誰かがその様子をオバケと見間違えたことが由来となり、オバケソウという名前がついているのだ。
「エリンさーん! オッポ草って、これで合ってる!?」
その直後、反対側の茂みからマイラさんが勢いよく飛び出してきた。その手には薄緑色をした、毛玉のような花があった。
「あ、合ってます。マイラさん、ありがとうございます」
「へへー、この草は覚えたよ! 変わった見た目だしね!」
「そ、そうなんです。それこそ動物の尾っぽに見えるので、オッポ草という名前がついているんです」
「しかし、これが薬の材料になるとは誰も思わないぞ」
マイラさんの手にある草に視線を送りながら、ミラベルさんが怪訝そうな顔をする。
「オッポ草は虚弱体質や食欲不振に効果があります。解熱作用もあるので、熱冷ましに入れられることもあり、変わったところでは、おしりの薬にも……」
「わ、わかったわかった。相変わらず薬のことになると饒舌になるな」
「す、すみません」
つい熱弁を振るいかけたところを、ミラベルさんにたしなめられる。うう、恥ずかしい……。
「これで、残る薬材はいくつだ?」
「えっと、あとはオバケソウモドキだけですね。リクルル豆は街の市場でも買えますので」
わたしがそう告げると、ミラベルさんは安堵の表情を見せる。
今回、イアン様に作る薬は別名、薬の王様とも呼ばれるもので、使用する薬材は10種類。さすがに集めるのに時間がかかってしまった。
「なら、あと一息だな。最後は皆で探すとしよう。私たちでは見分けがつかないから、よろしく頼むぞ。エリン先生」
「は、はひ……!」
軽く背中を叩かれて、わたしは思わず背筋が伸びる。
生育場所はすでに見当がついているし、そこまで時間はかからないはずだ。
……その後、無事にオバケモドキを採取し、わたしたちは街へと戻った。
西日を受けてオレンジ色に染まりつつある市場を、皆と一緒に歩く。
「せっかくですし、夕飯の買い物をしていきましょうか。体力自慢の荷物持ちもいることですし」
「クロエさーん、荷物持ちって、あたしのことだよね? まだ持たせるつもりなの?」
「夕方になると、市場では在庫を抱えたくないお店の割引合戦が始まるので、買い時なんですよー。せっかくなので、保存が利くものはできるだけ買っておきたいんです」
すでに薬材が詰まった袋をかつぐマイラさんを横目に、クロエさんはクスクスと笑う。
「さすが商人志望、抜け目がないな……いいだろう。買い物は任せる」
その様子を見ながら、半ば呆れ顔でミラベルさんが頷く。
そろそろスフィアも工房に戻っている頃だろうし、今から買い物をして帰れば、ちょうど夕飯時だ。
「あっ、それなら、わたしはリクルル豆を買ってきます」
「え? 一緒に行こうよ」
「い、いえ、すぐに済みますので。買い物、していてください」
そのまま買い出しの流れになる中、わたしは一人皆の輪から外れる。
野菜売り場に行けばリクルル豆自体は売っているのだけど、それらは全てサヤから実を取り出して、量り売りされているもの。
薬材として使うのは実ではなくサヤのほうで、サヤつきのリクルル豆は、市場の端にあるお店にしか売っていないのだ。
「そ、それでは、行ってきます」
懐にお財布があるのを確認してから、わたしは皆とは反対方向へと歩いていく。
やがて見えてきたのは、おばあさんが一人で切り盛りする本当に小さなお店だった。
「こ、こんにちは。リクルル豆、ありますか」
「ああ、いらっしゃい。あるにはあるけど、ちょっとねぇ……」
勇気を振り絞って声をかけると、おばあさんはなんともいえない顔をした。
「え、どうしたんですか」
「一袋でねぇ、250ピールもするんだよ。サヤつきでだよ?」
するとそんな言葉が返ってきて、わたしは固まってしまう。
リクルル豆は普段、100ピールほどで買える。それが倍以上になっているなんて、どういうこと?
「あ、あの、なんでこんなに高いんですか? ここのところ、ずっと天気も良かったですよね?」
「商人さんがねぇ。一袋200ピールじゃないと売れないって言うんだよ。値上がりしてるんだってさ」
おばあさんはため息まじりに言って、「これでも、うちも頑張らせてもらってるんだよ。原価ギリギリさ」と続けた。
「……わ、わかりました。それ、買わせてください」
「おや、いいのかい? もう一度言うけど、サヤつきなんだよ? 食べられる部分は、かなり少ないよ?」
「か、構わないです。むしろ、サヤのほうを使うので」
そう伝えるも、おばあさんは首を傾げていた。
説明し始めると長くなると思ったわたしは、すぐさま代金を支払い、お店をあとにする。
「予想外の出費だったけど、薬を作るためだし、仕方ないよね」
青々としたリクルル豆の入った袋を見つめながら、自分を納得させるように呟く。
……それにしても、どうして急にリクルル豆の値段が上がったんだろう。
この街ではスイートリーフに並んでポピュラーな食材だし、スープにキッシュにと、その用途も多彩だ。下手に価格が高騰すれば、家庭の食卓を直撃しかねない。
「あっ! エリン先生ー!」
そんなことを考えながら歩いていると、背後からスフィアの声がした。
「あれ、スフィアも市場に用事ですか?」
「違います! 追われているんです! 匿ってください!」
振り返りながら尋ねるも、そんな言葉が返ってきた。
……え、なにこの状況。いつか見た光景なんだけど。
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