伯爵令嬢アンマリアのダイエット大作戦

未羊

文字の大きさ
上 下
385 / 500
第七章 3年目前半

第385話 苦渋の決断

しおりを挟む
「ああ、家が燃えちゃう……」
 雷が落ちて炎上するコール子爵邸を見て、アルーが崩れ落ちている。曲がりなりにも、自分が生まれ育ってきた家なのだ。そのショックは計り知れないものだった。
「私に任せなさい」
 エスカがすぐさま雨を降らせて火を消そうとする。
 ところが、水魔法に長けたエスカの魔法でも火が消えようとはしなかった。
「はあ? なんでよ」
 さすがに不可解すぎて意固地になるエスカ。
 その時だった。辺りに不気味な声が響き渡る。
「無駄だ。その炎は我が魔力によって生み出されておる。お前らごときの魔法でどうにかできるものではないわ」
 頭が痛い……。
 耳にもはっきり聞こえるというのに、まるで頭蓋骨を揺さぶるような音が響き渡っている。これには私たちは耐えきれずに、思わず膝をついてしまう。
「うう……、この魔力は同じ魔族……。声の主は、魔王というわけですか」
 メチルだけはどうにか持ちこたえているけれど、かなり厳しそうだ。
 しかし、声の主を特定しているあたりはさすが魔族といったところだろう。
「その通りだ。我は魔王ヴァーラスである」
 メチルの声に反応した魔王が名乗る。
「よくもこの地に封印してくれたな。だが、お前たちはまだ運がよい。意識しか起きておらぬゆえ、我の力がこの辺り一帯だけなのだ。離れれば助かるぞ?」
 どうやら本人が言うには、まだ完全復活のようではないらしい。わざわざ警告してくれるあたり、意外と優しいようだった。
「魔王様、頼みますから家を燃やさないで下さい」
「それはできぬな。ここには我の封じ方からあらゆるものが集められておる。そんなものを残しておくようでは、ただのうつけものぞ。一度封印を食らった身からすれば、真っ先に消すに決まっておろう」
「そ、そんな……」
 アルーの頼みはあっさりと却下される。
 でも、魔王の言う事はもっともだ。危険なものはできる限り排除するというのは、理解できる話だわ。
「魔王ヴァーラスと申しましたわね。あとどのくらいあれば完全復活できるのですか」
 緊張感が漂う中、とんでも発言をする一人空気を読まない人物がいた。
「エスカ、本気なの?」
 そう、ミール王国の王女であるエスカである。
 さすがにこの空気の中でこの発言は、全員から正気を疑われる話だった。
「この渋い声なのに、その姿が見られないというのは残念だもの。それに、話ができそうな感じだから……ね?」
(このミーハーがっ!)
 思わず声に出して殴るかかるところだったわ。
 ところが、このエスカの言葉が、思わぬ反応を生んだ。
「ふははははっ、我の復活を望むか。そうだな、完全とは言わぬとも、通常の一人分くらいの魔力があれば足りるだろう」
「どうすればいいのですか?」
 エスカってば本気だわ……。
「簡単だ。そこの男女に魔力を流せばいい。我が復活すればそやつらも正気に戻って解放される。どうだ、悪い話ではなかろう?」
「えっ、お父様とお母様が正気に戻るのですか?!」
 魔王の告げた方法に、思わず驚きを隠せないアルー。魔王を復活させるのは反対ではあるものの、両親が元に戻るとなると心が揺らいだのだ。
 しかし、魔王を復活させたとなると、どうなるのか分からない。安易に賛成に回れないアルーは、周りの様子を窺っている。
 兵士たちは剣を構えて警戒しているから、余計に判断に戸惑っているようだ。
 私はその様子に見かねて、ある決断を下した。
「……分かりました。私たちがどうにかしますから、魔王を復活させましょう」
「アンマリア様?!」
 私の決断に、サキとサクラの二人が驚いている。まあ無理もないでしょうね。ここまで魔王の復活を阻止すべく動いていたんだから。
 でも、アルー……じゃなかったメチルの両親を助けたいという気持ちもある。どちらを優先させるかといったらね……。
 本当に苦渋の決断だった。
「……本当によろしいのですか?」
 アルーも私に確認を取ってくる。それに対して私は黙って小さく頷いた。
「後悔はせぬのだな? 世界を滅ぼすとして封印された我を復活させる事が、どれだけ人間たちの中では愚かな行為なのか分かっておるのだろう?」
「再び封印すれば被害はなくて済みます。こちらには聖女が二人いますし」
 魔王の言い分に、私はきっぱりと言い返してやった。
「ふっ、面白い。お前のような奴がいるのであれば、退屈せずに済みそうだ」
 魔王は本当に楽しそうに笑い声を響かせている。
「寝起きの運動にはちょうどいいだろうな。さあ、楽しもうではないか」
 本当にノリノリだわね、この魔王。呆れてものも言えないわ。
 そんなわけで、話がまとまったところでエスカがメチルの両親へと近付いていく。
「この二人に魔力を流し込めばいいのね」
「ああ、その通りだ。極上の魔力を頼むぞ」
 エスカの言葉に、ほくそ笑むような声で答える魔王。
 メチルの両親に対して手を伸ばすエスカ。そして、二人に向けて魔力を流していく。
 魔王が復活するとあって、全員が警戒しながらその光景をじっと見守るのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~

涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!

婚約破棄されたので、隠していた力を解放します

ミィタソ
恋愛
「――よって、私は君との婚約を破棄する」  豪華なシャンデリアが輝く舞踏会の会場。その中心で、王太子アレクシスが高らかに宣言した。  周囲の貴族たちは一斉にどよめき、私の顔を覗き込んでくる。興味津々な顔、驚きを隠せない顔、そして――あからさまに嘲笑する顔。  私は、この状況をただ静かに見つめていた。 「……そうですか」  あまりにも予想通りすぎて、拍子抜けするくらいだ。  婚約破棄、大いに結構。  慰謝料でも請求してやりますか。  私には隠された力がある。  これからは自由に生きるとしよう。

異世界で悪役令嬢として生きる事になったけど、前世の記憶を持ったまま、自分らしく過ごして良いらしい

千晶もーこ
恋愛
あの世に行ったら、番人とうずくまる少女に出会った。少女は辛い人生を歩んできて、魂が疲弊していた。それを知った番人は私に言った。 「あの子が繰り返している人生を、あなたの人生に変えてください。」 「………はぁああああ?辛そうな人生と分かってて生きろと?それも、繰り返すかもしれないのに?」 でも、お願いされたら断れない性分の私…。 異世界で自分が悪役令嬢だと知らずに過ごす私と、それによって変わっていく周りの人達の物語。そして、その物語の後の話。 ※この話は、小説家になろう様へも掲載しています

生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~

こひな
恋愛
市川みのり 31歳。 成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。 彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。 貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。 ※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。

婚約破棄され家を出た傷心令嬢は辺境伯に拾われ溺愛されるそうです 〜今更謝っても、もう遅いですよ?〜

八代奏多
恋愛
「フィーナ、すまないが貴女との婚約を破棄させてもらう」  侯爵令嬢のフィーナ・アストリアがパーティー中に婚約者のクラウス王太子から告げられたのはそんな言葉だった。  その王太子は隣に寄り添う公爵令嬢に愛おしげな視線を向けていて、フィーナが捨てられたのは明らかだった。  フィーナは失意してパーティー会場から逃げるように抜け出す。  そして、婚約破棄されてしまった自分のせいで家族に迷惑がかからないように侯爵家当主の父に勘当するようにお願いした。  そうして身分を捨てたフィーナは生活費を稼ぐために魔法技術が発達していない隣国に渡ろうとするも、道中で魔物に襲われて意識を失ってしまう。  死にたくないと思いながら目を開けると、若い男に助け出されていて…… ※小説家になろう様・カクヨム様でも公開しております。

処理中です...