上 下
372 / 487
第七章 3年目前半

第372話 思わぬ急襲

しおりを挟む
 ベジタリウス王国の王都イサヤは、思ったよりもサーロイン王国に近い。そのために北部地域まで行こうとすると、馬でも4日間ほどがかかる。馬車なら10日はかかりそうだった。
 一般人と思わせるためか、兵士たちの装備もそこまでガチガチにはなっていない。ただ、念のために柑橘魔石だけは身に付けてある。
 その柑橘魔石だけど、エスカが頑張ってくれたおかげで在庫はたくさんあるのよね。城の方にもアロマキャンドルがたくさんとかいう状態になっているんだもの。
 道中は順調。ただ、少しペースを上げているのか街にはうまく寄れない状態が続く。まあ、野宿の想定はしていたので問題はないけれど、王女であるエスカが居る状況でそれはどうかなと思う。
 ところが、エスカは意外と野宿を楽しんでいた。アウトドアは憧れだったのかしらね。
 そんなこんなで、目的地までもう少しというところまでやって来たのだった。
「作戦を決行する場所までもう少しでございます。みなさん、大丈夫でしょうか」
 精鋭部隊の隊長が声を掛けてくる。私たちは互いに顔を見合わせて、こくりと頷いておく。
 私たちは実際大丈夫なのだけど、メチルの様子だけはどう見てもおかしかった。
「テリアの魔力が、近くにある……」
 身を震わせているようだ。転生者の記憶が蘇ったとはいえ、元々のメチルがどんな扱いを受けてきたのかがよく分かる状態だった。
 半端者のメチルは、魔王四天王の中では最弱。それゆえに酷い扱いをされてきたのだろう。
 でも、それももう終わり。私たちの手でテリアを倒し、魔王の軍勢を弱体化させるのよ。
 本番に向けて会議を始めようとしたその時だった。
 ぞわっとするほどの恐ろしい魔力が感じられた。その正体が何なのか、確認してみるまでもなかった。
「キャハ、そちらから出向いてくれるなんて、超ラッキーじゃん」
 なんとも耳障りな声。メチルの震えが大きくなっている事からも、その声の主が誰かすぐ分かった。
「まったく~、敵に寝返るなんて、いけない子ね。いつもよりきついお仕置きをしてあげるわ」
 急に重苦しい声になると同時に、とんでもない魔力の波動が放たれる。
「くっ、向こうから出向いてきたというの?!」
 防護魔法を展開してどうにか防ぐ私。鍛錬を積んで強力になったはずの私の防護魔法が、一撃でひびを入れられてしまっていた。なんて重い一撃なのよ……。
「あははっ。この一撃を防ぐなんてすごいじゃないの~。厄介な連中ね、ここで死ね!」
 セリフの前半と後半とで温度差が違い過ぎる。
「あ、アルー!」
「任せて!」
 メチルが怯えた状態で必死に叫ぶと、アルーが飛び出てきて私の防護魔法を強化していた。
 バチンという大きな音が響き渡り、テリアの魔法が弾かれた。
「くっ、あたしの魔法を弾いてくれるなんて……。こういう時のために連れてきておいて正解だったわねぇ。しもべの皆さん、出ていらっしゃ~い」
 テリアがウィンクをすると、どこからともなくぞろぞろと人間たちが現れた。頭には麦わら帽子、手には鋤や鍬が持たれているので、近くの村の男の人たちだろう。
 しかし、一瞬驚いたけれど、私だって冷静よ。
「サキ様、あれを!」
「は、はい!」
 サキに持たせておいた柑橘魔石。それにサキの聖女の力を込めたものをあらかじめ用意しておいたのだ。
 私はサキにそれを投げさせる。
「ふふん、そんな石ころで何をしようっていうのかしら~?」
 ただの投石にしか見えなかったテリアは余裕の表情である。
 ところが、サキが放り投げた石ころ。それは地面に落ちると、一気に魔法を展開させていた。
「ぶはっ。な、なによこれ~っ?!」
 思わず上空に逃げるテリアである。
 地面では何かがもうもうと煙を立てている。
「いやぁ。何よ、この不快なにおいは……」
 テリアにとっても柑橘の香りは弱点のようだ。振り払おうとしてもがいている。
「おや、ここはどこなんだ」
「村に居たはずなのに、一体どういうことだ?」
 もうもうとした煙の中から、村人たちの声が聞こえてくる。
「はあ?! なんであたしの洗脳が解けてんのよ。さっきのわけの分かんない石のせいのね?」
 テリアがぎろりとサキを睨みつける。
「きぃ~っ! この役立たずどもと一緒に、お前ら全員消し去ってやるんだから!」
 空中に浮かんだまま、地団駄のような動きをするテリア。
「来るわよ」
 同じ闇属性を持つせいか、エスカがいち早く反応している。
 私が見上げると、両手を掲げて魔力を集中させているテリアの姿があった。
(やばいわね。あの魔力の塊をまともに受けるわけにはいかないわ)
 危険を感じる私だけど、はっきり言ってどうしていいのか分からなかった。
「むぅ、あの高さでは、近接攻撃の私では役に立てそうにないですね」
 サクラもまったくのお手上げのようである。脳筋の近接攻撃では、確かに空中への攻撃は不可能だから仕方のない話ね。
 だけど、こうやっている間も、テリアはどんどんと魔力を高めていっている。
 その時だった。
「サクラ様、この柑橘魔石をその剣でテリアに向けて打ち返して下さい」
「えっ、剣でそんな使い方を?!」
 サクラは驚いているが、悩んでいるような時間はなさそうだった。
「分かりました、アンマリア様。その案、乗りましょう」
 サクラは意を決したのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

よくある父親の再婚で意地悪な義母と義妹が来たけどヒロインが○○○だったら………

naturalsoft
恋愛
なろうの方で日間異世界恋愛ランキング1位!ありがとうございます! ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 最近よくある、父親が再婚して出来た義母と義妹が、前妻の娘であるヒロインをイジメて追い出してしまう話……… でも、【権力】って婿養子の父親より前妻の娘である私が持ってのは知ってます?家を継ぐのも、死んだお母様の直系の血筋である【私】なのですよ? まったく、どうして多くの小説ではバカ正直にイジメられるのかしら? 少女はパタンッと本を閉じる。 そして悪巧みしていそうな笑みを浮かべて── アタイはそんな無様な事にはならねぇけどな! くははははっ!!! 静かな部屋の中で、少女の笑い声がこだまするのだった。

前世を思い出したのでクッキーを焼きました。〔ざまぁ〕

ラララキヲ
恋愛
 侯爵令嬢ルイーゼ・ロッチは第一王子ジャスティン・パルキアディオの婚約者だった。  しかしそれは義妹カミラがジャスティンと親しくなるまでの事。  カミラとジャスティンの仲が深まった事によりルイーゼの婚約は無くなった。  ショックからルイーゼは高熱を出して寝込んだ。  高熱に浮かされたルイーゼは夢を見る。  前世の夢を……  そして前世を思い出したルイーゼは暇になった時間でお菓子作りを始めた。前世で大好きだった味を楽しむ為に。  しかしそのクッキーすら義妹カミラは盗っていく。 「これはわたくしが作った物よ!」  そう言ってカミラはルイーゼの作ったクッキーを自分が作った物としてジャスティンに出した…………──  そして、ルイーゼは幸せになる。 〈※死人が出るのでR15に〉 〈※深く考えずに上辺だけサラッと読んでいただきたい話です(;^∀^)w〉 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるかも。 ◇なろうにも上げました。 ※女性向けHOTランキング14位入り、ありがとうございます!!

悪役令嬢の去った後、残された物は

たぬまる
恋愛
公爵令嬢シルビアが誕生パーティーで断罪され追放される。 シルビアは喜び去って行き 残された者達に不幸が降り注ぐ 気分転換に短編を書いてみました。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

【完結】公爵令嬢はただ静かにお茶が飲みたい

珊瑚
恋愛
穏やかな午後の中庭。 美味しいお茶とお菓子を堪能しながら他の令嬢や夫人たちと談笑していたシルヴィア。 そこに乱入してきたのはーー

どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~

涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!

【完結】子爵令嬢の秘密

りまり
恋愛
私は記憶があるまま転生しました。 転生先は子爵令嬢です。 魔力もそこそこありますので記憶をもとに頑張りたいです。

処理中です...