上 下
360 / 500
第七章 3年目前半

第360話 サンカリーとテリア

しおりを挟む
 その頃のベジタリウス王国の北方の山岳地帯。そこには禍々しいまでの空気が漂っている。
 禍々しい空間の中心地、そこには少し老けた感じの貴族風の男が立っていた。ただ、その瞳は黒色に白っぽい瞳という、人間とは違う特徴を兼ね備えていた。
 そう、この男こそが魔王四天王の一人のサンカリーである。
「……ちっ、テトロの奴は失敗しおったか」
 小さく舌打ちをしている。
「あれぇ? サンカリー様、どうなさったんですかぁ?」
 そこへは布面積の少し足りない妙に明るい魔族が近付いてくる。魔王四天王の一人のテリアである。にやにやと笑いながら、神経を逆なでするような言い回しをするのが彼女の特徴だ。
 馴れ馴れしく近付きながらサンカリーに触れようとするテリアだが、その直前にサンカリーが杖に仕込まれた刃物を抜いてテリアの喉元に突きつけていた。後ろを向いていたというのに的確な位置で寸止めをされている。
「うるさいぞ、テリア。お前の方はどうなんだ?」
「あ、あたしは、ちゃんとやってますよう。あたしの信者をじわじわと増やしているわぁ」
 喉元の切っ先にびびりながらも、いつもの調子で答えているテリアである。
「そ、それにしてもサンカリー様ぁ。やけに苛立っているじゃないですか。ど、どうなさったんですぅ?」
 だらだらと冷や汗を流しながらも、テリアはサンカリーに問い掛けている。苛立っている理由が気になって仕方がないようだ。
「テトロがやられた。奴の魔力の波動が消えたからな」
「げっ、マジでぇ?」
 サンカリーの口から衝撃的な事実を伝えられ、余裕ぶっているはずのテリアもさすがに焦ったようだった。
「あいつは弱っちいけど、まさかこんなに簡単にやられるなんて……。そういえば、メチルの役立たずはどうしたのよ」
「あの魔族というにもおこがましい半端者か……。あいつの魔力は私でも追えん。だが、何かに取り入らずには生きていけないような、取るに足らない存在だ。捨て置いてもいいだろう」
 そう言いながら、ようやくテリアに突きつけた切っ先を杖にしまうサンカリーである。
 ようやくサンカリーの圧から解放されたテリアは、喉元を手で押さえながら呼吸を必死に整えている。そのくらいにサンカリーは魔族において実力がかなり突出しているのだ。
「しかし、テトロがやられたとなると、サーロインを滅ぼすのは厳しいわねぇ。あいつが呪具で操っていた連中も解放されたでしょうしね~」
「それは問題になるだろうが、どうせやつらには記憶がない。それに呪具の浸食も受けておるから、そのうち勝手にくたばる。たとえ聖女といえど簡単に解けぬ呪いだ、放っておくとしよう」
 そう言い切ったサンカリー。呪具による影響は、たとえ所有者が死のうとも対象に効果を発揮するまで永久に残り続けるのだ。しかもその呪いは、聖女が命を賭しても打ち消せないくらい強力なものなのである。だからこそ、放置する選択を取ったようである。
「じゃさじゃさ、あたしが配下を使って確認してこよっか? 念のためってやっぱ重要じゃな~い?」
「好きにするといい。有益な情報もできれば持って帰らせろよ?」
「まっかせなさ~い」
 テリアは調子よく喋りながら、サンカリーの部屋から出て行った。
 その姿を鬱陶しそうに見送ったサンカリーは、大きくため息を吐いていた。
「まさか、猶予を待たずしてテトロがやられるとはな。少々早すぎて誤算というものだな。……功を焦ったというところだろうかな」
 コツコツと数歩進むサンカリー。そして、崩れた壁から向こう側をじっと見ている。その眼下には、さらに禍々しさを放つ淀んだ空気が漂っている。
「いつか復活を遂げる魔王様のためにも、最高の舞台を整えねばなりません。そのためには、この地を絶望に染め上げねば……」
 サンカリーはくるりと振り返ると、計画を練り直すために部屋を移動していった。

 一方のサンカリーと別れたテリア。
「はあ、バッカじゃないの?! なに勝手に仕掛けて死んでるわけ? バッカじゃないの、テトロってば」
 自室に戻って文句をぶちまけながら椅子に座るテリア。
「まーったく、呪具を駆使して背後に潜んでおけばよかったのにねぇ。これだから頭筋肉な奴って嫌いなのよね」
 部屋に居る召使いに飲み物を注がせるテリア。それをくいっと飲み干すと、足を組んでなんともガラの悪い座り方をする。
「あたしはあんなやつとは違うよ。魅了の力を使って、うまーく取り込んでやるんだからね」
 後ろに立つ召使いに手を伸ばすテリア。そこに居たのは目に光の灯っていない、なんとも無表情な男性だった。どうやら、テリアの力で操られているようである。
「魔王様が復活した時のために、このベジタリウスを潰しておかなきゃねぇ。うふふ、男はみ~んなあたしの虜。女はねぇ……」
 その瞬間、左手に持ったグラスが粉々に砕け散る。
「このグラスのようになってもらうわよぉ? キャハハハハ!」
 実に怪しげな笑みを浮かべるテリア。その笑い声は辺りにしばらく響き渡っていたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されたので王子様を憎むけど息子が可愛すぎて何がいけない?

tartan321
恋愛
「君との婚約を破棄する!!!!」 「ええ、どうぞ。そのかわり、私の大切な子供は引き取りますので……」 子供を溺愛する母親令嬢の物語です。明日に完結します。

転生したらただの女子生徒Aでしたが、何故か攻略対象の王子様から溺愛されています

平山和人
恋愛
平凡なOLの私はある日、事故にあって死んでしまいました。目が覚めるとそこは知らない天井、どうやら私は転生したみたいです。 生前そういう小説を読みまくっていたので、悪役令嬢に転生したと思いましたが、実際はストーリーに関わらないただの女子生徒Aでした。 絶望した私は地味に生きることを決意しましたが、なぜか攻略対象の王子様や悪役令嬢、更にヒロインにまで溺愛される羽目に。 しかも、私が聖女であることも判明し、国を揺るがす一大事に。果たして、私はモブらしく地味に生きていけるのでしょうか!?

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~

涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!

よくある父親の再婚で意地悪な義母と義妹が来たけどヒロインが○○○だったら………

naturalsoft
恋愛
なろうの方で日間異世界恋愛ランキング1位!ありがとうございます! ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 最近よくある、父親が再婚して出来た義母と義妹が、前妻の娘であるヒロインをイジメて追い出してしまう話……… でも、【権力】って婿養子の父親より前妻の娘である私が持ってのは知ってます?家を継ぐのも、死んだお母様の直系の血筋である【私】なのですよ? まったく、どうして多くの小説ではバカ正直にイジメられるのかしら? 少女はパタンッと本を閉じる。 そして悪巧みしていそうな笑みを浮かべて── アタイはそんな無様な事にはならねぇけどな! くははははっ!!! 静かな部屋の中で、少女の笑い声がこだまするのだった。

生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~

こひな
恋愛
市川みのり 31歳。 成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。 彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。 貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。 ※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。

深窓の悪役令嬢~死にたくないので仮病を使って逃げ切ります~

白金ひよこ
恋愛
 熱で魘された私が夢で見たのは前世の記憶。そこで思い出した。私がトワール侯爵家の令嬢として生まれる前は平凡なOLだったことを。そして気づいた。この世界が乙女ゲームの世界で、私がそのゲームの悪役令嬢であることを!  しかもシンディ・トワールはどのルートであっても死ぬ運命! そんなのあんまりだ! もうこうなったらこのまま病弱になって学校も行けないような深窓の令嬢になるしかない!  物語の全てを放棄し逃げ切ることだけに全力を注いだ、悪役令嬢の全力逃走ストーリー! え? シナリオ? そんなの知ったこっちゃありませんけど?

処理中です...