上 下
338 / 500
第七章 3年目前半

第338話 動き出すピース

しおりを挟む
「あれ……」
 目の前の景色に戸惑う少女。
「ここ、どこ……?」
 周りは薄暗く、ほとんど何も見えない。
「ふん、ようやく起きましたか」
 どこからともなく聞こえてくる、冷たい男の声。少女は思わずそちらへと視線を向ける。
 立派なひげを持った紳士風の男性がそこに立っている。
「さ、サンカリー……様」
 記憶をたどって紳士風の男の名前を思い出す。
「情けないですな。戻る最中に魔力を使い果たして倒れるとは……。利用価値があるから助けてあげましたが、次はありませんよ」
 冷たい視線が向けられている。その視線に少女はぞっと背筋を凍らせる。
(殺される……)
 目を見開いて下を向いてしまう少女。
 その少女の姿を見たサンカリーは、くるりと振り返って背中を向ける。
「休んでいる暇はこれ以上ありません。さっさとベジタリウスを落とすのですね」
「か、畏まり……ました」
 返事を聞くと、サンカリーはさっさと部屋を出て行ってしまう。

 部屋に残された少女はそのままへたりと床に座り込んでしまう。
(こ、怖かった……)
 その体はいまだに小刻みに恐怖に震えている。
(そっか、私は魔王配下の四天王の一人、偽聖女メチルか……)
 ようやく自分の状況を把握できるようになってきた少女。
(まったく、私が前世持ちとはね……。しかもサンカリーが居るという事は、あのゲームのジャンル替えの拡張版というわけか)
 一人になった事でようやく冷静に物事が考えられるようになってきたメチル。
 しかし、だからといって安心できるわけではなかった。
(魔王の配下である四天王の中で、最初に退場するのが私……か。つくづく酷い役回りに転生しちゃったものね)
 そう、序盤のボスとして退場してしまう悪役、それがメチルなのである。
 魔族でありながら治癒魔法を中心として扱えるメチルは、人間たちを内部から切り崩す駒として、ベジタリウス王国で聖女もどきの活動を始めていた。
 今はまだ知名度はないものの、徐々にその活動範囲を広げているのである。
(拡張版の世界という事は、王子と王女は隣国のサーロイン王国に留学中で、そこでは呪具使いのテトロが暗躍してるはずね……)
 メチルとしての記憶をゆっくりと思い出す。
(うん、やっぱり今は王子と王女は隣国へ留学中ね。で、私はその隙を突いて、聖女の真似事をしながらベジタリウス王国を乗っ取る策略の真っ只中っと……。なるほどなるほど)
 現状を把握し終えたメチルは、辺りを見回す。
「アルー? 居ないのかしら」
「お呼びですか、ご主人様」
「うわっと!」
 急に出てきた妖精のような存在に驚くメチルである。
「酷いですね、ご主人様」
「ごめんなさい。でも、突然出てくるアルーも悪いですよ」
「よ、呼ばれたから出てきただけなのに……」
 咎められてしょんぼりとするアルー。
 あまりに大げさに落ち込むものだから、メチルは慌ててしまう。
「ご、ごめんなさい。怒ってませんからね、ね?」
 小さな体のアルーを優しく抱きしめるメチル。すると、アルーの機嫌はすっかり良くなっていた。
 そして、アルーを話したメチルは、ある決意を話す。
「アルー、私はベジタリウス王国の王都へ行きます」
「ええ、そんな本拠地にいきなりですか?!」
 メチルの言葉にアルーはかなり大げさに驚く。
「どうせ私はこのままではサンカリー様に殺されます。だったら、相手の本拠地に乗り込んで堂々と散った方がましですからね」
「で、でも。どうして急にそんな事を……」
 メチルの表情を見て、アルーは疑問に思う。
「四の五の言わずについてきて下さい。あなたは私の使い魔でしょう?」
 しかし、メチルの決意は固いらしく、こう言われてしまえばアルーには逆らう選択肢はなかった。
「私は死にたくなんかない。だったら、少しでも生き残れる方に賭けてみますよ」
「分かりましたよー。どうせ私はご主人様と運命共同体ですからね」
 メチルの言い分に渋々乗っかるアルーである。
「そうと決まれば、さっさと王都に行く準備をしましょう。私は治癒魔法が使えるんですからね。こんな貴重な人材を簡単に殺そうとする連中と一緒に居たくありません」
 メチルはがばっと立ち上がると、服をとっとと着替えて出る準備をする。
(さっき魔力切れで倒れたみたいな事を言ってたから、魔族なのに思ったより魔力が無いのかもしれない。でも、生き残るためにだったら、何だってやってやるわよ)
 ボロボロになっていた服から本来の自分の服装に着替えるメチル。
「なんでその服を着るんですかね」
「本当の私で行きたいからです。それに、変装に使っていた服はもう破れが酷いですからね。本来の私の服も大差ありませんから大丈夫のはずです」
 ぐっと拳を握るメチル。謎の自信である。
「さあ、行きますよ。目指すはベジタリウス王国の王都イサヤです」
「分かりました。こうなったらどこまでもついて行きます」
 右手を握り、左手の人差し指を突き上げるメチル。もうやけくそ気味で同行を決意するアルー。
 しかし、この行動が後々に大きな影響を及ぼす事になろうとは、一体誰が想像しただろうか。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されたので王子様を憎むけど息子が可愛すぎて何がいけない?

tartan321
恋愛
「君との婚約を破棄する!!!!」 「ええ、どうぞ。そのかわり、私の大切な子供は引き取りますので……」 子供を溺愛する母親令嬢の物語です。明日に完結します。

どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~

涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

転生したらただの女子生徒Aでしたが、何故か攻略対象の王子様から溺愛されています

平山和人
恋愛
平凡なOLの私はある日、事故にあって死んでしまいました。目が覚めるとそこは知らない天井、どうやら私は転生したみたいです。 生前そういう小説を読みまくっていたので、悪役令嬢に転生したと思いましたが、実際はストーリーに関わらないただの女子生徒Aでした。 絶望した私は地味に生きることを決意しましたが、なぜか攻略対象の王子様や悪役令嬢、更にヒロインにまで溺愛される羽目に。 しかも、私が聖女であることも判明し、国を揺るがす一大事に。果たして、私はモブらしく地味に生きていけるのでしょうか!?

よくある父親の再婚で意地悪な義母と義妹が来たけどヒロインが○○○だったら………

naturalsoft
恋愛
なろうの方で日間異世界恋愛ランキング1位!ありがとうございます! ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 最近よくある、父親が再婚して出来た義母と義妹が、前妻の娘であるヒロインをイジメて追い出してしまう話……… でも、【権力】って婿養子の父親より前妻の娘である私が持ってのは知ってます?家を継ぐのも、死んだお母様の直系の血筋である【私】なのですよ? まったく、どうして多くの小説ではバカ正直にイジメられるのかしら? 少女はパタンッと本を閉じる。 そして悪巧みしていそうな笑みを浮かべて── アタイはそんな無様な事にはならねぇけどな! くははははっ!!! 静かな部屋の中で、少女の笑い声がこだまするのだった。

前世を思い出しました。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。

棚から現ナマ
恋愛
前世を思い出したフィオナは、今までの自分の所業に、恥ずかしすぎて身もだえてしまう。自分は痛い女だったのだ。いままでの黒歴史から目を背けたい。黒歴史を思い出したくない。黒歴史関係の人々と接触したくない。 これからは、まっとうに地味に生きていきたいの。 それなのに、王子様や公爵令嬢、王子の側近と今まで迷惑をかけてきた人たちが向こうからやって来る。何でぇ?ほっといて下さい。お願いします。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。

深窓の悪役令嬢~死にたくないので仮病を使って逃げ切ります~

白金ひよこ
恋愛
 熱で魘された私が夢で見たのは前世の記憶。そこで思い出した。私がトワール侯爵家の令嬢として生まれる前は平凡なOLだったことを。そして気づいた。この世界が乙女ゲームの世界で、私がそのゲームの悪役令嬢であることを!  しかもシンディ・トワールはどのルートであっても死ぬ運命! そんなのあんまりだ! もうこうなったらこのまま病弱になって学校も行けないような深窓の令嬢になるしかない!  物語の全てを放棄し逃げ切ることだけに全力を注いだ、悪役令嬢の全力逃走ストーリー! え? シナリオ? そんなの知ったこっちゃありませんけど?

婚約破棄イベントが壊れた!

秋月一花
恋愛
 学園の卒業パーティー。たった一人で姿を現した私、カリスタ。会場内はざわつき、私へと一斉に視線が集まる。  ――卒業パーティーで、私は婚約破棄を宣言される。長かった。とっても長かった。ヒロイン、頑張って王子様と一緒に国を持ち上げてね!  ……って思ったら、これ私の知っている婚約破棄イベントじゃない! 「カリスタ、どうして先に行ってしまったんだい?」  おかしい、おかしい。絶対におかしい!  国外追放されて平民として生きるつもりだったのに! このままだと私が王妃になってしまう! どうしてそうなった、ヒロイン王太子狙いだったじゃん! 2021/07/04 カクヨム様にも投稿しました。

処理中です...