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第六章 2年目後半

第318話 領主の視察

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 アンマリアたちが屋敷でハーブだのアロマだのと騒いでいる頃、アンマリアの父親ゼニークと伯父のデバラは領内の視察に出ていた。期間としては1週間程度なので、そう大して見て回れるわけもない。それでも、ゼニークは自分の領地を自分で確かめるためにデバラの案内で領地を巡っていた。
「いやはや、こんな風になっているとはな。10年くらい任せっきりですまなかったな、兄上」
 領地の現状を見たゼニークは、デバラに謝罪をしている。
「仕方ない事だよ、ゼニーク。お前の能力は領地だけで収まるようなものじゃなかったのだからな。国政を任せられるといったら大躍進だから、誇ってもいいんだぞ」
 謝罪するゼニークに対して、デバラは誇りを感じているのか逆に諭してきた。一族から国の中枢に関われる人物が出たのだ。誇るなという方が無理だろう。
 しかし、ゼニークの方はどうもそうは思っていなかったようだ。
「お前がが国の大臣になったおかげで、私は無理だと思っていた領地経営ができているんだ。昔はお前の才能に嫉妬したものだが、それは間違いだったようだよ」
「兄上……」
 デバラの言葉に、黙り込んでしまうゼニークである。
「今はそういう反省会をする時じゃないぞ、ゼニーク。お前が抜けた代わりに守ってきたこの領地、お前の目でしっかりと評価をしてくれ」
「分かった、兄上」
 ゴトゴトと馬車に揺られながら、ファッティ伯爵領を見て回るゼニークとデバラ。この移動の間は、実に言葉少なになっていたのだった。
 しばらくすると、ファッティ伯爵領内の村に到着する。伯爵邸から南に向かったこの村では、主に果物を生産している。村のあちこちから柑橘系の香りが漂ってきていた。
「ここはずいぶんと暖かいな。今は真冬だというのに、この服装では暑すぎるな」
 ゼニークはそう言いながら、外套を脱いで執事に渡している。汗がにじんでいて、本当に暑そうにしている。
「理由は分からないけれどね。この一帯だけは暖かいので、このように冬の今でも農産物の栽培ができるというわけだ。おかげでファッティ領の経済は潤っているというわけさ」
「なるほどな……」
 デバラが言うには、この現象が起きているのはこの村のあたりだけらしい。理由は分からないが、とにかく暖かくて過ごしやすい場所なのだという。
「おお、領主様。よくぞお越し下さいました」
 村に到着したゼニークとデバラを年配の男性が迎える。
「えっと、領主様と……?」
 ゼニークを見た男性がいきなり混乱していた。デバラに見慣れているだけに、隣のゼニークが分からなかったようである。
「村長、こっちのゼニークが本来の領主だ。私はゼニークの兄で、代わりに領主をしているにすぎないのだよ」
「左様でございましたか……。これは失礼致しました。しかし、なぜそのような状況になられたのですか?」
 村長は素直に疑問をぶつけている。
「ゼニークはその才能を見込まれて国に召し上げられて大臣になったんだ。それで、空いた席に私が回されたというわけだよ。ただし、これは他言無用だ。誰にも喋るものではないぞ」
「はい、心得ました」
 村長に口止めをしたデバラは、ゼニークを連れて村の案内をさせる。10数年ぶりに見た領地の中というのは、ゼニークにとってかなり新鮮なものだった。あれこれ飛び出す質問に、デバラと村長が答えていく。その間のゼニークの顔は、実に生き生きとしていたようだった。
 ゼニークはデバラと村長にあれこれ質問をしながら、村の中の散策を満喫したようだった。

 その夜、ゼニークたちは村に泊まる事になった。さすがにゼニークがかなりはしゃいだのが影響したようである。疲れ切って村長の家で熟睡をしているようだった。
「やれやれ、我が弟ながらずいぶんと楽しそうにしていたのを見て恥ずかしくなってしまったな」
「いえいえ。勘違いしておりましたとはいえご無礼を働いたというのに、許して頂けた上にゼニーク様にご満足いただけるとは思ってもおりませんでした。領民としては胸が張れるというものでございます」
 デバラが謝罪のような言葉を口にすると、村長は諫めるどころか頭を下げて感謝してきた。
 双方ともに人間がよくできている。こういった関係だからこそ、ファッティ領は裕福な領地として王国の中では数えられているのだろう。
「それで、村の農産物の納入量はいかが致しましょうか」
「うむ、現状では特に問題はないから、いつも通りで構わない。何か変更があれば、またその時に来よう」
「畏まりました。では、そのようにさせて頂きます」
 デバラと村長の間の取引の話は実に簡単に終わってしまった。お互いに信用があるからこそ、この程度で終われるのである。
 そして、話が終わると、夜も遅いとあって眠りにつくのだった。

 そんな村の外に不穏な影が近付いてきていた。
「ふん、ここに目的の人物が居るのか」
 村の外れの木の上から、村の様子をじっと眺めている不審な人物がぽつりと呟いている。
「ここからこのサーロインの地を恐怖に陥れてやろう。さあ、行け!」
 不審な人物が命令すると、木の周りから黒い影が立ち上がってくる。そして、その黒い影は村へと足音もなく忍び寄ったのだった。
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