上 下
293 / 500
第六章 2年目後半

第293話 事件の裏にうごめく者

しおりを挟む
 翌日、城で目を覚ました私たちは、仕事で登城してきた父親に呼び出された。
「マリー、それとみんな。ちょっとこっちに来てくれないか?」
 声を掛けられて私たちが向かった先は、昨日の会議室だった。
 一体何があるのだろうかと、ひそひそと話す私たちである。
 部屋に入る前に、父親が一度立ち止まって私たちの方を見てくる。無言だったがために、私たちはつい首を傾げていたのだけど、父親は何も声を掛けてくる事もなくそのまま扉を開いて中へと入っていった。
 その後について私たちが会議室の中へ入ると、そこにはロートント男爵が立っていた。
「お、お父様!?」
 テールが声を上げている。無理もない話だ。
 会議室に入った私たちが驚いていると、次の瞬間、ロートント男爵が土下座をしてきた。
 まさか土下座をこの目で見る事になるとは……。私たちはついつい面食らってしまった。
「すまなかった……。君たちには感謝しても感謝しきれない……!」
 床に頭を擦りつける勢いのロートント男爵に、私たちはドン引きである。
「お、お父様……。か、顔を上げて下さいよ。恥ずかしいですってば……」
 テールが困惑気味にきょろきょろしながらロートント男爵に声を掛けている。
「そ、そうか……。テールがそう言うのなら、そうしようか」
 土下座をやめて立ち上がるロートント男爵。埃を払いながら姿勢を正すと、今度は普通に頭を下げてきた。
 しかし、このロートント男爵。呪いにつかれていた時はかなり怖い感じがしていたものの、今はただの渋めのおじさんである。
 ちらりとテールの方を見ると、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「昔の、お父様だ……」
 すっかり顔がしわくちゃになってしまったテール。そのまま泣きながらロートント男爵に飛びついていた。
「お父様ーーっ!!」
 会議室にテールの大きな泣き声が響き渡る。私たちはしばらくその様子を黙って見守っていたのだった。

 しばらくすると、ようやくテールが落ち着いてきた。
「いやはや、娘が失礼致しました」
 再び謝罪してくるロートント男爵である。本来の性格はこんなに落ち着いた人だったようである。
 だというのに、あそこまで性格が豹変してしまっていたとは、呪いというものは本当に恐ろしい限りだわね。私たちは改めて認識する。
「それにしてもピゲル。昔のまんま変わってないようで安心したよ」
「本当に済まなかったな、ゼニーク。おぼろげながらに記憶があるのだが、ずいぶんと酷い事をしてしまっていたようだ」
「ああ、本当に酷い夢を見ていたようだ。あの頃のお前が戻って来てくれて、正直嬉しい限りだよ」
 ロートント男爵の肩を叩く父親。それに対してロートント男爵は涙を流しながら、ずっと父親に謝っていた。
「あの、感動の再会をしているところ悪いのですが、何が起きていたのか教えてもらえますか?」
 ミズーナ王女がロートント男爵を問い質す。言葉遣いは丁寧なのだが、かなり険しい剣幕で迫っているので、問い質すというのが正しい状態だった。
 これに対してロートント男爵は戸惑いを隠せなかった。
「ちょ、ちょっと落ち着いてほしい。うろ覚えにはなるのだけど、できる限りちゃんと答えさせてもらうからな」
 両方の手のひらをミズーナ王女に向け、制止するように答えるロートント男爵である。
 そんなわけで、ロートント男爵は覚えている範囲で質問に答えてくれた。
 話を聞き終わった時、ミズーナ王女は深刻な表情をして考え込んでいた。
 なぜなら、ロートント男爵の証言から、ベジタリウス王国が大きく関わっている事が分かったのだから。そのベジタリウス王国の王女として悩むのは当然の反応なのだ。
「イスンセ……ですか。諜報部隊の中に、そんな名前の男が居たような気がします。とはいえ国の裏部隊ですので、私は詳しく知りませんが……」
 ミズーナ王女はかなり頭を悩ませたようだ。
 なにせ相手が諜報部隊だからだ。下手に本国と連絡を取ろうものなら、どこからとも情報を持っていかれる可能性がある。諜報部隊相手に調査をするというのは、そのくらい困難なのだ。だから、頭を悩ませるのである。
「とりあえず、あなたはイスンセからブローチを受け取ったのですね?」
「はい、覚えている限りでは。思えば、そのブローチを受け取ったあたりから記憶が曖昧になっていったのです」
 ミズーナ王女からの確認に、ロートント男爵は素直に正直に答えていた。
「ふむ、そんな昔からこのサーロインの中で接触があったとはな……。一体何が目的で動いているというのだ?」
 その話を聞いていた父親は、かなり考え込んでいるようだった。なにせこのサーロイン王国の大臣の一人なのだから、国内外の問題に頭を悩まさなければならないのよ。本当に大変な職業よね。
 正気に戻ったロートント男爵からは、かなり情報を得られた。
「とりあえずだ、ピゲル。お前は先日の一件があるから牢屋生活は免れないだろう。だが、事情がゆえに身の安全も考えて城での軟禁生活になるように掛け合ってみる」
「すまないな、ゼニーク。恩に着る」
 ロートント男爵は涙を流しながら父親に深く頭を下げた。
「それとテール嬢。君は引き続きうちでその身を預かる。窮屈かも知れないが我慢してくれ」
「いえ、寛大な処置に感謝するばかりでございます」
 テールも同じように頭を深々と下げていた。
 とりあえずではあるものの、ロートント男爵親子の処遇の方向性が決まった。あとは王族や宰相の判断を待つばかりである。
 それにしても、背後でうごめくベジタリウス王国のイスンセとは一体何者なのだろうか。そして、何が目的で動いているのだろうか。
 大きな謎がその姿を少しずつ見せ始めたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~

涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!

悪役令嬢?いま忙しいので後でやります

みおな
恋愛
転生したその世界は、かつて自分がゲームクリエーターとして作成した乙女ゲームの世界だった! しかも、すべての愛を詰め込んだヒロインではなく、悪役令嬢? 私はヒロイン推しなんです。悪役令嬢?忙しいので、後にしてください。

悪役令嬢に転生しましたが、行いを変えるつもりはありません

れぐまき
恋愛
公爵令嬢セシリアは皇太子との婚約発表舞踏会で、とある男爵令嬢を見かけたことをきっかけに、自分が『宝石の絆』という乙女ゲームのライバルキャラであることを知る。 「…私、間違ってませんわね」 曲がったことが大嫌いなオーバースペック公爵令嬢が自分の信念を貫き通す話 …だったはずが最近はどこか天然の主人公と勘違い王子のすれ違い(勘違い)恋愛話になってきている… 5/13 ちょっとお話が長くなってきたので一旦全話非公開にして纏めたり加筆したりと大幅に修正していきます 5/22 修正完了しました。明日から通常更新に戻ります 9/21 完結しました また気が向いたら番外編として二人のその後をアップしていきたいと思います

婚約破棄されたので王子様を憎むけど息子が可愛すぎて何がいけない?

tartan321
恋愛
「君との婚約を破棄する!!!!」 「ええ、どうぞ。そのかわり、私の大切な子供は引き取りますので……」 子供を溺愛する母親令嬢の物語です。明日に完結します。

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。

木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。 彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。 こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。 だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。 そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。 そんな私に、解放される日がやって来た。 それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。 全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。 私は、自由を得たのである。 その自由を謳歌しながら、私は思っていた。 悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!

たぬきち25番
恋愛
 気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡ ※マルチエンディングです!! コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m 2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。 楽しんで頂けると幸いです。

無能だとクビになったメイドですが、今は王宮で筆頭メイドをしています

如月ぐるぐる
恋愛
「お前の様な役立たずは首だ! さっさと出て行け!」 何年も仕えていた男爵家を追い出され、途方に暮れるシルヴィア。 しかし街の人々はシルビアを優しく受け入れ、宿屋で住み込みで働く事になる。 様々な理由により職を転々とするが、ある日、男爵家は爵位剥奪となり、近隣の子爵家の代理人が統治する事になる。 この地域に詳しく、元男爵家に仕えていた事もあり、代理人がシルヴィアに協力を求めて来たのだが…… 男爵メイドから王宮筆頭メイドになるシルビアの物語が、今始まった。

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます

宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。 さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。 中世ヨーロッパ風異世界転生。

処理中です...