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第五章 2年目前半

第266話 平和とはいかない急展開

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 見学が終われば、後は何もする事はなかった。宿泊地の近辺で走り込んだり、打ち合いをしたり、魔法の練習をしたりといった地味な活動になる。
 食材に関してはウーリンの街の人たちが全部用意してくれるので、なかなかに至れり尽くせり。調理や後片付けといった手間はあるものの、それなりに自由な時間は存在していた。
 自由な時間ともなれば、私は転生者たちやライバル令嬢たちと一緒に話をする事が多かった。
 ただ、そこに一人まったくの赤の他人が混ざり込んでいたのだが……。なぜ一緒に居るのかしらね、この子。
 その子の名前はテール・ロートント男爵令嬢。元々は平民だったらしいだけど、ロートント男爵の養子になったらしい。見た目は普通のモブに近しい印象だけど、おどおどとしていて気の弱い性格ながらも一応武術型に属している。人は見かけによらないわね。
「さっきちょっと打ち合ってみたけど、別に悪くはないですよ。筋がいい感じなので、鍛えれば騎士にだってなれそうです」
「そ、そんな。わ、私なんて見よう見真似で剣を振ってるだけですよ……」
 サクラに褒められれば、焦ったように両手を左右に振りながら謙遜している。さすがは元々平民というのが分かる反応だった。
「別に謙遜する必要はないですよ。私はこれでもバッサーシ辺境伯の娘です。剣に関しては詳しいですからね」
 戸惑った様子のテールに対して、サクラはそう言いながら微笑んでいた。その様子に、テールは照れながら縮こまっていた。本当に初々しい反応だわね。あまりに可愛い反応なだけに、見ているだけで顔が綻んできてしまうわ。
 ほのぼのとした感じで過ぎていく夏の合宿だったが、それは突然終焉を迎える。
 それは、合宿の現場に着いてから4日目の夜の事だった。
 妙な胸騒ぎがして、私は飛び起きる。
(何だろう、この感じ。ものすごく気持ち悪い魔力を感じるわ)
 私は立ち上がって小屋の中から出て外を見る。
「な、なんなの、あれは!」
 そこで私は、思いもよらないものを見る事になってしまった。
 夜空に浮かぶ赤い光が見えたのだ。一応まだ遠い位置だったものの、さすがにこれは異常事態だ。
「面倒な事になってるわね」
「まったくですね」
 突然の声に驚く私。そこに居たのはエスカとミズーナ王女だった。転生者である二人も、私同様に異変を感じたようだったのだ。ちなみにモモはぐっすりと眠っているので、本当に私たち三人だけが感じたようだった。
 だけども、それを不思議に思っている暇はなかった。赤い光は徐々にこちらに向かってきているからだ。このままではこの合宿場はもちろんの事、茶畑やウーリンの街にだって被害が出かねない。私たちは、黙ってこくりと頷くと風魔法を使って宙に浮かぶ。
「どうやら、あちらの方向からだけみたいですね」
 ミズーナ王女が辺りを見回しながら確認した上で話す。
「そのようね。まったく、なんだっていうのかしらね」
 エスカはぷんぷんと怒っている。ちなみにエスカは風魔法が使えないので、私に掴まった状態だ。
「なんでこんな事になってるか知らないけど、被害が出る前に全部ぶっ倒しちゃいましょうか」
「賛成ね」
「同じく」
 そんなわけで、私たちは魔物の群れに向かって風魔法で飛んでいく。平穏を乱す事は許されないわ。
 ある程度魔物に近付いたところで、私たちは全力で魔法をぶっ放した。

 そこの頃、合宿の小屋の中でも異変が起こっていた。
 これに最初に気が付いたのはサクラだった。体を起こして部屋の中を見ると、一人だけ姿が見えなくなっていたのだ。
(あそこのベッドは、確かテール様でしたね。こんな夜中にどこに行ったのかしら)
 どういうわけか、小屋の中からテールが居なくなっていたのだ。
 気になって小屋の外へ出ていくサクラ。そこで目にしたものは信じられない光景だった。
「なっ、あれはテール様?!」
 なんと、テールの体が宙に浮いていたのだ。しかも、闇夜でもはっきり認識できるような漆黒のオーラに包まれて。一体何が起きているのか分からなかった。
 しかし、その胸からは眩いまでの赤い光が放たれていた。
(な、何なのですか、あれは。吸い込まれそうなくらい神秘的で、それでいながら体がすくみそうなくらいの威圧感を感じる……)
 光を見つめるサクラは、そのように感じていた。
 だが、いつまでもそんな風に呆然としているわけにはいかなかった。
 突如として漆黒のオーラが弾け飛ぶ。そして、小屋の屋根やら地面に付着すると、漆黒のオーラが生き物のように起き上がってきたのだ。
(これは?!)
 そう思った次の瞬間、サクラは叫んでいた。
「敵襲ーっ!!」
 だが、それと同時にうごめく漆黒のオーラがサクラに向けて襲い掛かってくる。
「おっと、そうはいかねえな!」
 漆黒のオーラの攻撃はサクラに届く事なく、ばっさりと斬って捨てられた。
「タン様!」
「おう、サクラ。何やら面白そうな事になってるじゃないか」
「面白そうって……。非常事態ですよ?」
「悪い悪い。腕試しができそうって意味だ。そういうサクラだって、体が戦いたくて震えてるじゃないか」
「ふっ、まあ、良くも悪くも辺境伯の血が騒いでしまいます。これは楽しめそうだって」
 サクラとタンは、背中合わせになりながら笑っている。本当にこの脳筋戦闘民族ときたら……である。

 突如として巻き起こる魔物の襲撃。宙に浮かぶテールと放たれる赤い光との関係はなんなのか。
 疑問はたくさんあるものの、まずは襲い来る魔物を倒す方が先なのだ。サクラたちは剣を構えたのだった。
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