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第四章 学園編・1年後半

第162話 ふと現状を思い返す

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 そういえば、この世界に転生してきてからというものここに来て不思議に思った事がある。
 王子は二人、その婚約者も二人、そして、その婚約者はどちらの王子の婚約者かというのが決まっていない。普通こんな状態なら起こっていそうな事があるはずだった。
 そう、後継者争いと、未来の王妃を巡る攻防である。それがどういうわけか、噂にすらそれが上がってこないという不思議な状況がずっと続いていた。別に起こってほしいわけではないけれど、ずいぶんと平和だなと思えてきてしまう。
「サキ様、あなたはどうなのですか」
「はい?」
 剣術大会に参加を決めた数日後、私はもう一人の王子の婚約者であるサキに単刀直入に聞いてみる事にした。
「いえ、同じ王子の婚約者として、王妃の座に興味があるかどうかという事です」
「あ、なるほど」
 私の質問に、サキはきょとんとした瞳で私を見ていた。サキも随分とゆっくり構えているわね。
 この様子を見るに、サキはあまり王妃という座に固執しているようには見えない。むしろ、私にさっさと譲ろうとしている雰囲気すら感じてしまう。無欲だわね。
「その、王妃という立場は私にはふさわしいと思ってはいません。やはり、アンマリア様こそがふさわしいと考えています。これは私だけではなくて、テトリバー家の相違でもあるんです。男爵家の私では差し出がましいと思いますし……」
 ああ、サキは爵位の事も気にしていたのか。確かに、王妃になるとなるとそれなりの地位も必要になる。ゲームではサキは男爵令嬢のままではあったものの、聖女という地位を手に入れて王太子妃の座を射止めていた。しかし、今のサキの実力では、聖女というにはまだほど遠いものね。それは遠慮がちになってしまうというものだった。
 正直、サキの性格は特徴がないものね。それこそ聖女という立場が彼女のライバル令嬢としての個性だ。このままでは、サキは婚約者から外されかねない。だからこそ、私は彼女に時々魔法の稽古をつけていたりするわけなのだった。
(はあ、覚醒の機会であったスタンピードも不発に終わっちゃいましたものねぇ……。多分エスカ様のせいですわ)
 私はそういう風に解釈する事にした。その頃、エスカが可愛くくしゃみをしていたのは偶然である。
「サキ様」
「なんでしょうか、アンマリア様」
 私が改まって声を掛けると、サキは何かを察したように表情を強張らせている。
「みなさんにバカにされないように、これからも魔法の勉強を頑張りましょうか」
「そうですね。恩恵を受けていながら、私の魔法はまだまだですものね。よろしくお願い致します」
 私がにっこりと言うと、サキは90度に腰を曲げて頭を下げてきた。これは本気だわ。
「私も暇ではありませんけれど、授業などをうまく使って協力致します。なにぶん、剣術大会への参加が認められましたからね」
「ほ、本当ですか、アンマリア様!?」
 私が剣術大会への参加の事を口にすると、サキはものすごく食いついてきた。
「これは頑張らなくてはいけませんね。アンマリア様に敵わなくても、殿下方の婚約者として恥ずかしくないようにしませんと……」
 そして、むんと気合いを一つ入れていた。いちいち行動が可愛いわね、このライバル令嬢は。
 だったらばと、私だって気合いを入れ直す。たとえ私に敵わなくても、この可愛いライバル令嬢を、殿下たちの婚約者としてふさわしい方に育て上げませんとね。
「あらあら、二人ともものすごい気合いの入り様ですわね」
 そう言ってやって来たのはラムだった。ちょうどお昼休みの時間で、これから食事なのである。という事は、ラムと一緒の講義を受けていたモモもこの場に来ているだろう。さっきの時間は選択科目で、私たちと二人とは違う講義を取っていたのだ。だから、今こうやって顔を合わせているのである。
「ああ、お姉様こんな所に!」
 モモがパタパタと走ってやって来た。そういえばこの子も何かあるんじゃないかと警戒してたわね。まったく驚くほど今まで何もなかったのだけれども。まったく、疑って悪かったわね。
「それにしても、わたくしたちがやって来るまでの間、お二人で何を話してらしたのですか?」
「あっ、それは私も気になります」
 ラムが私たちを問い質すと、モモもそれに便乗してきた。まあ、気になっちゃいますかね。
「サキ様は自分がまだまだだと仰ってまして、私に指導をお願いしてきたのですよ。今の立場に安心せずに更なる向上を目指す。素晴らしいと思いませんか?」
 私がそう言うと、ラムもモモもその通りだという顔をしている。
「ええ、常に自分を磨く、実に素晴らしいですわ」
「私も、私も負けていられません!」
 ラムは褒めてくるし、モモは対抗心を燃やしている。しかし、実に可愛い反応である。
「モモ、向上心があるのはいいけれど、無理はしないでちょうだいね」
「はい、お姉様」
 私が忠告しておくと、モモは真剣な表情で返事をしてくれた。どうやら気持ちは伝わっているようである。
「ですけれども……」
「どうかされたのですか、アンマリア様」
 私が渋い顔を呟くと、ラムが反応をして私に声を掛けてくる。
「いえ、王子に対する派閥とか、王妃に推すのは誰かというような権力絡みの話が起きていないかというのが気になりましてね」
 私は素直に懸念を伝える。
「それでしたら、フィレン王子とアンマリア様を推す声が最も大きいですわよ。というか、ほぼ全員です」
「……はい?」
 ラムから返ってきた答えに、私は思わず固まってしまうのだった。
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