上 下
157 / 485
第四章 学園編・1年後半

第157話 笑う鬼

しおりを挟む
 私は正直驚いている。この交流授業の担当教官が、まさかサクラのおばとは思ってもみなかった。騎士らしいぴっちりとしたパンツルックに切れ長の瞳、整った顔立ちに忘れてはならない筋肉による肉体美。うん、辺境伯の血筋だわね。
 それに加えて、あのハイヒールでぶれなく歩く姿。もうこれだけでただ者ではない事を物語っている。
 それにしても、漫画にしてもゲームにしても、なんでピンヒールであんなに安定して動ける上に全力疾走できるのかしらね。不思議でならないわ。私だったら開幕数秒で全力転倒する自信があるわよ。
 まあ、そんな事よりも、サクラのおばであるミスミ教官は一体どんな授業をしてくれるのだろうか。その体幹に驚きつつも私は、わくわくが止められないのである。
「今日は交流授業の初日なので、座学で申し訳ないな。次回からは訓練場での授業になるから、動きやすい格好で来るようにしてほしい」
 ミスミ教官がこう話すと、学生たちは「はい」と短く元気な返事をしていた。さすがにバッサーシ辺境伯の妹相手では、生半可な態度というのは取れないのである。私たちの元気そうな返事に、ミスミ教官は満足げにしながら講義を始めた。
 ミスミ教官の座学は、騎士としての心構えという感じのものだった。さすが王国の剣や盾という役割を担う王国騎士でありバッサーシ辺境伯の血筋、その言葉の一つ一つに熱がこもっていた。私の隣に座っているサクラは目を輝かせてものすごく熱心に聞いているし、他の学生たちも真剣に聞いていた。下手に聞こうものならチョークじゃなくてショートソードが飛んできそうだものね。うん、怖い怖い。
 それにしても、この内容は私にとっても興味深いものだった。脳筋の一族だというのに、説明がもの凄く分かりやすいのである。さすが教官を任されるだけの事がある。
 集中して聞き入ること1時間。無事に講義が終わったのであった。
「では、最初にも説明した通り、次回からは訓練場での実践講義になる。くれぐれも場所を間違えないようにな」
「はいっ!」
 トントンと持っていた資料を整えるミスミ教官の言葉に、学生たちは元気のいい返事をする。まあ、逆らえないわよね。
「サクラ」
 講義を終えて解散していく学生たちの間を縫って、ミスミ教官がサクラに近付いてきた。
「ミスミおば……じゃなかったです。ミスミ教官、お久しぶりでございます」
「本当に久しぶりだな。見ない間にずいぶんと鍛えたようだね。袖が破れてしまいそうな見事な筋肉だ」
 サクラの挨拶に、笑いながら筋肉を褒めているミスミ教官。やっぱりバッサーシは筋肉ひと筋なのね。あまりな会話に、私はどう反応していいのかすごく迷ってしまった。
「それにしても……」
 ミスミ教官の視線が私の方へと向く。
「ずいぶんと武術型にしては似つかわしくない体型の方がいらっしゃいますね。アンマリア・ファッティ伯爵令嬢でしたかしら」
 おおっと、私の名前を知られていた。さすがだわね。
「お初にお目にかかります。仰る通り、私はアンマリア・ファッティでございます」
 座ったままは失礼なので、私は立ち上がって軽く挨拶の姿勢をとった。さすがに体型のせいで姿勢が少しふらつく。
「ふむ、悪くない。体型のせいでふらついてはいるが、軸は比較的安定している。これは痩せればとても美しくなるぞ」
 おっと、脳筋一族からお褒めの言葉を頂きましたよ。聞きましたか、奥さん。でも、褒められると本当に不思議と嬉しいものよね。サクラの表情を見る限り、相当に異例な事なんだと認識させられちゃうわね。
「しかし、私の講義を受けるからには、その体格だからといっても一切遠慮はしない。アンマリア嬢にその覚悟があるかどうか、見極めさせてもらうので覚悟をするように」
「望むところでしてよ。そもそも、その覚悟がなければ、この講義を選択なんてしておりませんわ」
 私の言葉を聞いて、ミスミ教官は少し驚いた後、嬉しそうに笑っていた。こいつは本当にやりがいがありそうだと。
「いい覚悟だ。その覚悟に免じて、君には特別メニューを組んでやろう。次回の講義を楽しみにしておくようにな」
 あかん、これは本気でめちゃくちゃ鍛えてくるつもりだわ。私はそう直感した。
 でも、それだからこそ私はかえって燃えてきてしまった。これをうまく利用すれば、もっと痩せる事が可能なのだから。目指すは50kgよ。筋肉があるなら50kgでも問題ないわ。それでいて体を鍛えられるのだから一石二鳥よ。
 鼻息を荒くする私の姿に、サクラからもミスミ教官からも笑いがこぼれていた。
「はっはっはっ、こいつは驚いたな。サクラ、実に面白い友人を持ったものだな」
「はい、アンマリア様はすごいお方なんです」
 サクラが同意してるけど、なんかくっ付いてる形容詞が二人で違ってる気がするんですけど?!
「っと、そろそろ行かないと君たちは次の講義に遅れるぞ。どっちも必須強化だっただろう?」
「はい、そうですね」
「確かに、私は魔法型だから講義棟の移動があるから大変だわ」
 ミスミ教官の言葉に私は慌てる。
「それでは、急ぎますのでこれで失礼します」
「うむ、次の講義の時を楽しみにしているよ」
 私は急ぎ足で教室を出ると、瞬間移動魔法で魔法型の講義棟へと戻ったのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後

空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。 魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。 そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。 すると、キースの態度が豹変して……?

私が死んだあとの世界で

もちもち太郎
恋愛
婚約破棄をされ断罪された公爵令嬢のマリーが死んだ。 初めはみんな喜んでいたが、時が経つにつれマリーの重要さに気づいて後悔する。 だが、もう遅い。なんてったって、私を断罪したのはあなた達なのですから。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

そして乙女ゲームは始まらなかった

お好み焼き
恋愛
気付いたら9歳の悪役令嬢に転生してました。前世でプレイした乙女ゲームの悪役キャラです。悪役令嬢なのでなにか悪さをしないといけないのでしょうか?しかし私には誰かをいじめる趣味も性癖もありません。むしろ苦しんでいる人を見ると胸が重くなります。 一体私は何をしたらいいのでしょうか?

【完結】お花畑ヒロインの義母でした〜連座はご勘弁!可愛い息子を連れて逃亡します〜

himahima
恋愛
夫が少女を連れ帰ってきた日、ここは前世で読んだweb小説の世界で、私はざまぁされるお花畑ヒロインの義母に転生したと気付く。 えっ?!遅くない!!せめてくそ旦那と結婚する10年前に思い出したかった…。 ざまぁされて取り潰される男爵家の泥舟に一緒に乗る気はありませんわ! ★恋愛ランキング入りしました! 読んでくれた皆様ありがとうございます。 連載希望のコメントをいただきましたので、 連載に向け準備中です。 *他サイトでも公開中 日間総合ランキング2位に入りました!

処理中です...