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第二章 ゲーム開始前
第60話 その子は王女様
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「ぶ、ぶったな? この王子たる俺に手を上げおったな?!」
アーサリーが頬を手で押さえながら文句を言っている。こればかりはフィレン王子も擁護はできなかった。なにせレディーの部屋にノックや声掛けもなく勝手に入ったのだから、これは平手打ち程度で済んでいるだけマシと言えるからだった。
「あのですね、王子だからといっても人の部屋に勝手に入っていいと思ってますの? 私たちが着替え中でしたらどうなっていたと思いますの。浅慮な殿方など、平手打ちだけで済んだだけマシだと思って下さいませんこと?!」
私が怒ってアーサリーに詰め寄る。だが、この王子、まったく怯まないどころか、逆に私を睨んできた。平手打ちを食らって逆上しているようである。
「黙れ! 下等貴族の分際で!」
そう騒いでいると、後ろからドタドタトいう走ってくる音が聞こえてきた。
「お兄様! いい加減にして下さいまし!」
バシーンといい音が部屋に響き渡る。後頭部を思い切り叩かれたアーサリーは勢いよく前に吹き飛ぶ。私は太っているにもかかわらずそれを華麗に躱した事で、アーサリーはそのまま床に口づけをする事になってしまった。
入り口から入ってきてアーサリーを吹き飛ばしたのは、煌びやかなミルク色のドレスを身にまとった、頭にティアラを着けた少女だった。サーモンピンクとも言えるウェーブのかかった髪に海のようなマリンブルーの瞳の少女。その少女が手に持っていたのは、私の前世で見た事のあるハリセンという紙でできたツッコミ専用の打撃武器だった。
「お兄様が失礼を致しました。わたくし、ミール王国王女のエスカ・ミールと申します。サーロインの王国のフィレン殿下、それとアンマリア様、モモ様、サキ様でございますね。兄に代わって謝罪致しますわ」
ハリセンを消して、カーテシーを取りながら挨拶と謝罪をするエスカ。実に可憐で気品のある動きである。どうやらハリセンは魔法で出した物のようだった。
それにしても、このエスカという王女、私たちの名前を知っているとは一体何者なのかしらね。
「お名前を存じ上げている事に警戒なさっておられるのですね。わたくしはお兄様とは違って、勉強を頑張っておりますの。特に陸地で隣り合うサーロイン王国の王族と貴族に関しては、商人を通じてすべて調べ上げておりますわ。別に悪い事をするつもりはございません。王族としては、近隣の王族と貴族を網羅しておく事は基本かと思いますので、それで勉強させて頂きましたの」
エスカは早口で説明してくれた。聞いてもないのにね。ただ、それはすごく殊勝な心掛けだと思う。私だって国内の貴族くらいは全員押さえているつもりである。だが、このエスカはそれを軽く上回ってきた。大体サーロイン王国内の貴族だけでも近年取り潰された家督を含めていくつあると思っているのよ。それを家族構成まで含めて顔まで覚えようとすれば、それこそ恐ろしい記憶力である。
そう感じていた私だったが、エスカの近くで妙な魔力の動きがあった。これは何かしら反則的な魔法を使っていると感じた私は、ゆっくりとエスカに近付いた。
「何でしょうか、アンマリア様」
「あなた、転生者ですわね」
私は、周りに聞こえないようにしながら、ドストレートにエスカに言葉を掛ける。その言葉に、エスカは目を丸くしていた。どうやらビンゴのようである。
「えっと? アンマリア様?」
「今さっきアーサリー殿下を殴った道具、ハリセンですわよね。この世界にそんなものは存在しないですから、間違いないですわ」
私は外回り用のお嬢様言葉で、エスカに迫っていく。体形の事もあってかその迫力たるやシャレにならないレベルだった。エスカは目を点にして、私を凝視していた。
「うっそだぁ……。あのくそ乙女ゲーのヒロイン、こっわ……」
驚きのあまり、キャラが崩壊しているエスカである。
「乙女ゲー……、やっぱり『アンマリアの恋愛ダイエット大作戦』の事を知っていますのね?」
「あ、やっば……」
エスカは口をぱっと押さえていた。
「心配しなくてもいいですわよ。私も転生者なんですから」
「あっ……」
私がはっきりと言うと、エスカの動揺がようやく止まった。そして、
「こほん、取り乱して申し訳ございませんでした。ルーゴ、お兄様を回収しておいて」
「畏まりました」
冷静さを取り戻して、無礼を働いていた自分の兄であるアーサリー王子を護衛に回収するように命令を出していた。
「本当に、愚兄がご迷惑をお掛け致しまして申し訳ございませんでしたわ。アンマリア様、後ほど個人的にお話をしたいと思いますが、よろしいでしょうか」
エスカが私に頭を下げてきた。まあ転生者というキーワードを出したので、断るつもりはないので了承はしておく。
「殿下、モモ、サキ。ちょっと私はエスカ王女殿下とお話しをしてきます。侍従たちの言う事を聞いて、おとなしくしていて下さいね」
誰が一番言われるべきセリフだろうか。はい、私ですね、分かります。
とりあえず私は、スーラを連れてエスカが取ったという宿まで案内してもらう。私の居る宿は私たち一行のせいでほぼ満室だから仕方がないものね。
それにしても、まさか私以外にもこの世界への転生者が居るとは思わなかった。しかも、本編の関係ない場所に。
というわけで、私はエスカとの対話に密かに期待をしながら、彼女の泊まる宿へと案内してもらうのだった。
アーサリーが頬を手で押さえながら文句を言っている。こればかりはフィレン王子も擁護はできなかった。なにせレディーの部屋にノックや声掛けもなく勝手に入ったのだから、これは平手打ち程度で済んでいるだけマシと言えるからだった。
「あのですね、王子だからといっても人の部屋に勝手に入っていいと思ってますの? 私たちが着替え中でしたらどうなっていたと思いますの。浅慮な殿方など、平手打ちだけで済んだだけマシだと思って下さいませんこと?!」
私が怒ってアーサリーに詰め寄る。だが、この王子、まったく怯まないどころか、逆に私を睨んできた。平手打ちを食らって逆上しているようである。
「黙れ! 下等貴族の分際で!」
そう騒いでいると、後ろからドタドタトいう走ってくる音が聞こえてきた。
「お兄様! いい加減にして下さいまし!」
バシーンといい音が部屋に響き渡る。後頭部を思い切り叩かれたアーサリーは勢いよく前に吹き飛ぶ。私は太っているにもかかわらずそれを華麗に躱した事で、アーサリーはそのまま床に口づけをする事になってしまった。
入り口から入ってきてアーサリーを吹き飛ばしたのは、煌びやかなミルク色のドレスを身にまとった、頭にティアラを着けた少女だった。サーモンピンクとも言えるウェーブのかかった髪に海のようなマリンブルーの瞳の少女。その少女が手に持っていたのは、私の前世で見た事のあるハリセンという紙でできたツッコミ専用の打撃武器だった。
「お兄様が失礼を致しました。わたくし、ミール王国王女のエスカ・ミールと申します。サーロインの王国のフィレン殿下、それとアンマリア様、モモ様、サキ様でございますね。兄に代わって謝罪致しますわ」
ハリセンを消して、カーテシーを取りながら挨拶と謝罪をするエスカ。実に可憐で気品のある動きである。どうやらハリセンは魔法で出した物のようだった。
それにしても、このエスカという王女、私たちの名前を知っているとは一体何者なのかしらね。
「お名前を存じ上げている事に警戒なさっておられるのですね。わたくしはお兄様とは違って、勉強を頑張っておりますの。特に陸地で隣り合うサーロイン王国の王族と貴族に関しては、商人を通じてすべて調べ上げておりますわ。別に悪い事をするつもりはございません。王族としては、近隣の王族と貴族を網羅しておく事は基本かと思いますので、それで勉強させて頂きましたの」
エスカは早口で説明してくれた。聞いてもないのにね。ただ、それはすごく殊勝な心掛けだと思う。私だって国内の貴族くらいは全員押さえているつもりである。だが、このエスカはそれを軽く上回ってきた。大体サーロイン王国内の貴族だけでも近年取り潰された家督を含めていくつあると思っているのよ。それを家族構成まで含めて顔まで覚えようとすれば、それこそ恐ろしい記憶力である。
そう感じていた私だったが、エスカの近くで妙な魔力の動きがあった。これは何かしら反則的な魔法を使っていると感じた私は、ゆっくりとエスカに近付いた。
「何でしょうか、アンマリア様」
「あなた、転生者ですわね」
私は、周りに聞こえないようにしながら、ドストレートにエスカに言葉を掛ける。その言葉に、エスカは目を丸くしていた。どうやらビンゴのようである。
「えっと? アンマリア様?」
「今さっきアーサリー殿下を殴った道具、ハリセンですわよね。この世界にそんなものは存在しないですから、間違いないですわ」
私は外回り用のお嬢様言葉で、エスカに迫っていく。体形の事もあってかその迫力たるやシャレにならないレベルだった。エスカは目を点にして、私を凝視していた。
「うっそだぁ……。あのくそ乙女ゲーのヒロイン、こっわ……」
驚きのあまり、キャラが崩壊しているエスカである。
「乙女ゲー……、やっぱり『アンマリアの恋愛ダイエット大作戦』の事を知っていますのね?」
「あ、やっば……」
エスカは口をぱっと押さえていた。
「心配しなくてもいいですわよ。私も転生者なんですから」
「あっ……」
私がはっきりと言うと、エスカの動揺がようやく止まった。そして、
「こほん、取り乱して申し訳ございませんでした。ルーゴ、お兄様を回収しておいて」
「畏まりました」
冷静さを取り戻して、無礼を働いていた自分の兄であるアーサリー王子を護衛に回収するように命令を出していた。
「本当に、愚兄がご迷惑をお掛け致しまして申し訳ございませんでしたわ。アンマリア様、後ほど個人的にお話をしたいと思いますが、よろしいでしょうか」
エスカが私に頭を下げてきた。まあ転生者というキーワードを出したので、断るつもりはないので了承はしておく。
「殿下、モモ、サキ。ちょっと私はエスカ王女殿下とお話しをしてきます。侍従たちの言う事を聞いて、おとなしくしていて下さいね」
誰が一番言われるべきセリフだろうか。はい、私ですね、分かります。
とりあえず私は、スーラを連れてエスカが取ったという宿まで案内してもらう。私の居る宿は私たち一行のせいでほぼ満室だから仕方がないものね。
それにしても、まさか私以外にもこの世界への転生者が居るとは思わなかった。しかも、本編の関係ない場所に。
というわけで、私はエスカとの対話に密かに期待をしながら、彼女の泊まる宿へと案内してもらうのだった。
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