上 下
30 / 500
第一章 転生アンマリア

第30話 バッサーシ領からの帰還

しおりを挟む
 さてさて、残りのテッテイの滞在は、すべて辺境伯たちと同行する事になってしまった私たち。それもこれもスタンピードのせいだわ。
 とはいえ、テッテイの文化というのは独特のような気がした。何と言っても鼻をつく香辛料の香り。さすがは領地の半分が高所にある場所というか、料理の味付けが独特だった。寒くなるので、味付けが薄いと味を感じなくなるという事なのかも知れない。露店の料理を味あわせてもらったら、ソースだとか香辛料だとか、とにかく味付けが濃かった。王都育ちのラムたちにはかなりきつかったようだけど、私はむしろ懐かしかった。これも前世の記憶のせいね。
(くうう……、テッテイには誘惑が多すぎるわ)
 私は食欲を押さえられずにいた。なにせ前世でのおいしい食事を彷彿とさせるものばかりだったのだから。だからといって、何でもかんでも食べるわけにはいかなかった。アンマリアはとにかく太りやすいのだ。このまま食欲のままに食べてしまうようでは豚を通り越してボールになってしまう。将来痩せるためには我慢よ、我慢。
 それ以外で私の興味を引いたのは、バッサーシ辺境伯の私兵の訓練だった。やっぱり体を鍛えるなら、兵士の訓練を見るのが一番参考になるものね。剣の素振りに走り込み、組み手に模擬戦と大体城の兵士たちと同じような訓練内容のようである。それでも屈強な辺境伯の私兵であれば、同じ内容でも迫力が全然違った。よく見ればサクラも混ざっている。そして、タンも混ざりたそうに目を輝かせていた。
「はーっはっはっはっ、タンには無理だな。この訓練に耐えきれるわけがない」
 笑ったのはタンの父親のミノレバー男爵だった。
「お前は家での稽古にすら耐えられぬのだ。すぐに音を上げて恥をさらすのが関の山だぞ」
「ぐぅぅ……」
 父親にこう言われてしまっては、タンは顔を背けて拗ねるしかなかった。おうおう、8歳児のいじける姿は可愛いのう。
(はっ、いけないいけない。思わずショタの可愛さに鼻血を噴きかけたわ)
 次の瞬間、私は我に返る。この手の事では先日も大失敗をやらかしたところだ。もう二度とするものかと強く誓ったはずなのに……、ふう。私はかすかに垂れた鼻血を、ハンカチで拭っておくのだった。
 訓練を見学した夜の食事の席では、ここまで聞いた事や見た事をバッサーシ辺境伯たちがまとめていた。こうやって全員が揃う場というのが食事時くらいなので、こうやって話をしているというわけである。
 視察を終えた事による感想は、テッテイから国境までの設備に問題はなし、私兵の戦力は十分というものでまとめられていた。
 ただ、クッケン湖で起きたスタンピードはしっかり国王に報告される事になった。一瞬で倒されたとはいっても、もし対処されていなかったらどうなっていたのか、それには誰にも分からなかった。そういう危険な事象であるために、国には発生場所と規模、それと魔物の種類が事細かくデータとして積み上げられている。それを、年に一回、魔法省の役人によってスタンピードの予測が立てられるのだ。だが、今回のスタンピードはまったく予測されたものではなかった。イレギュラーな発生として、国の膨大な記録情報の一つとなる事になったのである。これには、私たち子どもたちも、タン以外は聞き入っていた。同じ脳筋でもタンとサクラでどうしてこうも違うのかしらね。
 食事を終えた私は、ラムやスーラたちを先に部屋に帰らせて、一人で厨房へとやって来た。というのも、食事で使われていた調味料が気になり過ぎるのだ。
(なんて言うかねー、前世で言うところのケチャップやらソースを思い起こさせる味なのよね)
 単に食い意地が張っているというわけではない。そう、決して違う。前世の記憶があるから求めてしまうのだ。
 私が厨房の扉をノックして、声を掛けてから中に入ると、ちょうど厨房では料理人たちが食事をしているところだった。
「お食事中申し訳ありません。調味料についてお話を伺いたいのですが、よろしいでしょうか」
 私が尋ねると、さすがに太っているとはいっても客人の伯爵令嬢相手なので、全員が食事の手を止めていた。
「王都では味わう事のない味付けでしたので気になった次第です。どういったものか教えて頂きたいのですが……」
 私はこう言いながら、厨房の中を見回す。そして、気になるものを見つけたので、太った体を俊敏に動かしてそれに近付いた。
(これは……お酢!)
 鼻につくツンとしたにおい。間違いないお酢だった。お酢を見つけた私がぐふぐふと不気味に笑っていると、料理人たちがドン引きしていた。だが、私はそれに構わず調味料のあれこれを聞いて回ったのだ。私がだいぶしつこく食いついていたので、料理人たちは渋々調味料の事を話し始めた。聞き出すまで引かないと思われたのだろうが、実際そのつもりだった。
 こうして私は、滞在最終日にして欲しい情報を手に入れる事ができたのだった。
(うふふ、お酢があれば料理の幅が広がるものね。楽しみだわぁ~)
 内心うっきうきの私は、お酢を購入して王都への帰路へと就いたのだった。とりあえずお酢だけでもだいぶ違ってくるのだ。
 その隣ではスーラが呆れた様子で見ていたものの、私は嬉しさのあまり、それにはまったく気が付いていなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~

涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!

婚約破棄されたので王子様を憎むけど息子が可愛すぎて何がいけない?

tartan321
恋愛
「君との婚約を破棄する!!!!」 「ええ、どうぞ。そのかわり、私の大切な子供は引き取りますので……」 子供を溺愛する母親令嬢の物語です。明日に完結します。

悪役令嬢?いま忙しいので後でやります

みおな
恋愛
転生したその世界は、かつて自分がゲームクリエーターとして作成した乙女ゲームの世界だった! しかも、すべての愛を詰め込んだヒロインではなく、悪役令嬢? 私はヒロイン推しなんです。悪役令嬢?忙しいので、後にしてください。

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。

木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。 彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。 こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。 だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。 そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。 そんな私に、解放される日がやって来た。 それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。 全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。 私は、自由を得たのである。 その自由を謳歌しながら、私は思っていた。 悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

悪役令嬢に転生しましたが、行いを変えるつもりはありません

れぐまき
恋愛
公爵令嬢セシリアは皇太子との婚約発表舞踏会で、とある男爵令嬢を見かけたことをきっかけに、自分が『宝石の絆』という乙女ゲームのライバルキャラであることを知る。 「…私、間違ってませんわね」 曲がったことが大嫌いなオーバースペック公爵令嬢が自分の信念を貫き通す話 …だったはずが最近はどこか天然の主人公と勘違い王子のすれ違い(勘違い)恋愛話になってきている… 5/13 ちょっとお話が長くなってきたので一旦全話非公開にして纏めたり加筆したりと大幅に修正していきます 5/22 修正完了しました。明日から通常更新に戻ります 9/21 完結しました また気が向いたら番外編として二人のその後をアップしていきたいと思います

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます

宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。 さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。 中世ヨーロッパ風異世界転生。

無能だとクビになったメイドですが、今は王宮で筆頭メイドをしています

如月ぐるぐる
恋愛
「お前の様な役立たずは首だ! さっさと出て行け!」 何年も仕えていた男爵家を追い出され、途方に暮れるシルヴィア。 しかし街の人々はシルビアを優しく受け入れ、宿屋で住み込みで働く事になる。 様々な理由により職を転々とするが、ある日、男爵家は爵位剥奪となり、近隣の子爵家の代理人が統治する事になる。 この地域に詳しく、元男爵家に仕えていた事もあり、代理人がシルヴィアに協力を求めて来たのだが…… 男爵メイドから王宮筆頭メイドになるシルビアの物語が、今始まった。

処理中です...