上 下
29 / 487
第一章 転生アンマリア

第29話 イベントの先取りでした

しおりを挟む
 その日のテッテイの街では、私が倒したスタンピードの魔物の素材が解体されていた。もやが魔物に変わり切る前に対処したので、数はそれほど多くはなかったのだけど、テッポウギョやサハギン、アクアシューターといった魚系や水鳥の魔物に紛れて、なんと恐ろしい事にケルピーまで混ざっていた。ケルピーというのは上半身というか前半分が馬で、後ろ足に当たる部分が魚という水棲の魔物である。水辺にやって来た獲物を水中に引き込んでむさぼるという凶暴な魔物である。ちなみに陸に居るからといって安心はできない。なにせ後ろ足も馬になって追いかけ回してくるのだから。早めに対処できてよかった。
 まあ、私たちがスタンピードの魔物の構成を聞いたのは夕食の席だったわけだけれども、自領の魔物をよく知るサクラの表情は青ざめていた。
「なあ、ケルピーって強いのか?」
「強いも何も、わたくしたちなどまともに相手ができる魔物ではありません。水中どころか陸上でも動きが速いですし、その蹴りは一発で致命傷です。今回は運良く冒険者が倒して下さいましたが、普通ならわたくしたち全員が死んでいたはずですからね」
 タンの疑問に、サクラは半分怒りながら答えていた。もう半分は呆れである。
「はっ、それほどまでに強いというのなら、それは戦ってみたかったな。俺様の目標は、王国、いや世界一の騎士となる事だからな。うわっはっはっはっ!」
 ところがどっこい、タンは逆に燃えていたようである。正直言って、タンの残念なところはその頭の弱さなのよね。筋肉がすべて解決してくれるような考え方で、魔法だって無意識の身体強化しか使えないんだもの。サクラも脳筋だけど、それ以上に脳筋の極みみたいなところがある。
「はあ、そんなに言うのでしたら、お父様に掛け合って、体験入隊でもされてみるとよろしいかと思います。言っておきますけれど、我がバッサーシ家の鍛錬は王都の騎士団とは比べ物になりませんので、ご了承下さい」
「望むところだ!」
 サクラが脅すように言うと、タンは間髪入れずに乗ってきた。さすがにこれにはサクラもびびって目を丸くしていた。さすが脳筋。
 とまぁ、サクラとタンがメインになって喋っていた夕食は、あの件について特にツッコミがされる事なく終わったので、私は安心して客室に戻っていた。
 客室に戻ると、私はサクラと部屋の中でくつろぐ。かと思いきや、鍛錬は欠かせないという事で、二人してふくよかな肉体でストレッチをしていた。サクラから教えられた鍛錬法を実行しているのである。うーんさすがにこのまん丸な体形でストレッチはきついわね。
「アンマリア様」
「何でございますでしょうか、ラム様」
 ラムが話し掛けてきたので、反応する私。アキレス腱を伸ばしてる最中で話すのはやめた方がいいとは思うんだけど、まぁ、格上の公爵令嬢から話し掛けられたら反応せざるを得ない。
「わたくしにも魔法を教えて頂けませんか?」
 ラムの目が輝いている。私が放った雷魔法が相当に印象に残ったらしい。しかし、洗礼式の記憶が確かなら、ラムの適性は風と水。雷魔法は使えたとしてもしょぼいものにしかならないはずである。とはいえ、魔法の根本は属性が違っても同じなので、せっかく興味を持っているのなら私が手伝ってもいいかなと思った。
「承知致しました。私でよろしければそうさせて頂きます」
 さすがにアキレス腱伸ばしの体勢での会話はきつかったので、私は姿勢を直立に戻した上で話をする。いや、マジでキツイ。
 しかし、私たちの間で話がついても、父親たちを説得できなければ実行に移す事はできない。なにせ私たちはデビュタントを終えたとはいえ、まだ8歳の子どもだからだ。
 ところが、今はもうさすがに夕食後で時間が遅い。この話は明日にでもする事にしよう。スタンピードのせいで滞在が一日延びてしまったので、その気になればいつでも話ができるはずだ。帰りの馬車だってある。
 そう思って楽観視していた私だったけれど、よく思えばバッサーシ辺境伯領に私の両親がついて来ていなかったのである。なにせ父親は城で要職に就いているのだ。私は正直頭を抱えた。
(まっ、公爵様を説得できれば、お父様たちはなし崩し的に了承してくれるわよね!)
 悩みに悩んだものだが、最終的にもうどうにでもなれと考える事を放棄したのだった。一人でころころと動く私を見ていたラムがこらえきれずに笑っていたのに気が付いて、私はかあっと顔を真っ赤にしたのはみんなに内緒だよ!
 そうして、寝床に入った私は、夕方のスタンピードについてちょっと思い出していた。
(聞いた構成を思い出してみたけれど、よくよく思えば夏合宿のタンルートのイベントよね、あのスタンピード)
 そう、出現した魔物の構成が、スタンピードイベントの構成そのものだったのだ。戦闘シーンではタンとサクラとパーティーを組んで、魔物の群れとの10連戦をこなすというものだった。そのボスとして君臨したのが話題に出たケルピーなのである。高い素早さと攻撃力でごり押ししてくる魔物で、育成が中途半端ならじり貧となって好感度を大幅に下げるかゲームオーバーとなる魔のイベントだった。敵の構成のせいで魔法と物理の両方を育てないと対処できないので、多くのプレイヤーが初見で沈んだものである。
(それを雷魔法一発で沈めちゃったのかあ、私ったら……)
 なんともやっちゃった感が残る私だったけど、終わった事なので気にしない事にしたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

よくある父親の再婚で意地悪な義母と義妹が来たけどヒロインが○○○だったら………

naturalsoft
恋愛
なろうの方で日間異世界恋愛ランキング1位!ありがとうございます! ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 最近よくある、父親が再婚して出来た義母と義妹が、前妻の娘であるヒロインをイジメて追い出してしまう話……… でも、【権力】って婿養子の父親より前妻の娘である私が持ってのは知ってます?家を継ぐのも、死んだお母様の直系の血筋である【私】なのですよ? まったく、どうして多くの小説ではバカ正直にイジメられるのかしら? 少女はパタンッと本を閉じる。 そして悪巧みしていそうな笑みを浮かべて── アタイはそんな無様な事にはならねぇけどな! くははははっ!!! 静かな部屋の中で、少女の笑い声がこだまするのだった。

悪役令嬢の去った後、残された物は

たぬまる
恋愛
公爵令嬢シルビアが誕生パーティーで断罪され追放される。 シルビアは喜び去って行き 残された者達に不幸が降り注ぐ 気分転換に短編を書いてみました。

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

【完結】公爵令嬢はただ静かにお茶が飲みたい

珊瑚
恋愛
穏やかな午後の中庭。 美味しいお茶とお菓子を堪能しながら他の令嬢や夫人たちと談笑していたシルヴィア。 そこに乱入してきたのはーー

記憶を失くして転生しました…転生先は悪役令嬢?

ねこママ
恋愛
「いいかげんにしないかっ!」 バシッ!! わたくしは咄嗟に、フリード様の腕に抱き付くメリンダ様を引き離さなければと手を伸ばしてしまい…頬を叩かれてバランスを崩し倒れこみ、壁に頭を強く打ち付け意識を失いました。 目が覚めると知らない部屋、豪華な寝台に…近付いてくるのはメイド? 何故髪が緑なの? 最後の記憶は私に向かって来る車のライト…交通事故? ここは何処? 家族? 友人? 誰も思い出せない…… 前世を思い出したセレンディアだが、事故の衝撃で記憶を失くしていた…… 前世の自分を含む人物の記憶だけが消えているようです。 転生した先の記憶すら全く無く、頭に浮かぶものと違い過ぎる世界観に戸惑っていると……?

どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~

涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!

悪役令嬢?いま忙しいので後でやります

みおな
恋愛
転生したその世界は、かつて自分がゲームクリエーターとして作成した乙女ゲームの世界だった! しかも、すべての愛を詰め込んだヒロインではなく、悪役令嬢? 私はヒロイン推しなんです。悪役令嬢?忙しいので、後にしてください。

処理中です...